志高塾

志高塾について
志高塾の教え方
オンライン授業
読み聞かせクラス
卒業生の声
志高く
志同く
採用情報
お知らせ
お問い合わせ
体験授業申込 カレンダー
志高く

2026.01.20Vol.719 息子との2人の時間~長男編~

 この週末は、共テの実施日であり関西の中学受験の統一入試日でもあった。この2つの試験は毎年同じ日に行われる。私は一浪しているのでセンター試験を計4日間受けたのだが、そのうちの何日かは小雪が舞っていたし、寒かった記憶しかない。それからの約30年間で、これほど温かかった年は私の記憶にはない。私立高校に通っている2年生の長男、土曜日は基本的に授業なのだが、中学入試の試験会場となるため学校は立ち入り禁止でクラブもなかった。その貴重な休みを利用して、金曜の晩から久しぶりに2人で旅行に行った。話はそれるが、「スマホ使用、のぞき込み...共通テストでカニング 受験生7人失格」という毎日新聞のネットニュースに触れ、「なんでそんなばれるようなことをするんやろか」という感想が瞬間的に浮かんだのだが、「もしかしたら、この何倍もの人がカンニングをして、うまくやり通せているのかも」と思い直した。実力で受けるより、見つからないわずかな可能性に掛けた方がまし、と判断した結果なのだろうが、ずるが怖いのは、一度成功してしまうとやめられなくなることである。それと比べものにならないぐらい問題なのは、繰り返して行くうちに、そのようにして得られた結果に対して心からの喜びが得られていないということに本人自身が気づけなくなってしまうことであろう。まるで経験者の語りのようだが、そういう類のことは昔から大嫌いである。
 閑話休題。まずは自宅から電車を乗り継ぎ、JRの近江八幡駅まで向かい、そこでレンタカーをして、城巡りはスタートした。初めに訪れたのは安土城。入り口から続く坂道を、陽光が降り注ぐ中を汗ばみながら、2人で日本初の天守閣が建てられた跡地のある頂上を目指した。その間、歩みの遅い長男がちゃんと付いて来ているかを何度も振り返っては確認した。浅井長政の居城であった小谷城も訪れた際には、山道の途中で「熊に注意」の看板を見つけ、「こんなところで出るわけないやろ」と思いつつも、若干気にしながらの散策ではあった。その日は、岐阜城からすぐのところにある旅館に泊まった。翌朝、予定より早く目が覚め、一人朝風呂に行こうと支度をしていると、その音で長男が起きたので、「一緒に行く?」と尋ねると、「うん」と返って来た。そのときの光景を今でもはっきりと覚えている。
 今回の旅行の主な目的は鳥羽の少し南にある国崎(くざき)漁港から5時半に出る船に乗ってのヒラメ釣りであった。早朝4時45分に起きて、5時にはホテルを出発した。釣果は私が2匹、長男が1匹。期待していたような大きいものは混じらなかったが、小さいなりに肉厚であった。買うとなればそれなりにはしたのであろう。ちなみに、釣りをする人は、スーパーの鮮魚コーナーなどで魚の値段をチェックしがちである。昼過ぎには港に上がり、鳥羽の方で釣りをしたときによく利用する伊勢にあるスーパー銭湯で汗を流し、おかげ横丁で伊勢うどんと赤福のぜんざいを食べ、伊勢神宮を参拝して、一泊二日の2人だけの充実した旅は終わりを迎えた。
 長男とは、旅行や釣りなど、これまでたくさんの時間を過ごしてきたので、この先も、小さい頃にもっと一緒にいておけば良かった、と後悔することはないのだろうが、意外なことに2人だけで旅行したのは年長のときに城巡りをして以来なのだ。そのような事実に気づいたこともあり、今回は少し変わった話の展開を試みた。文章の構成についてわざわざ説明するというのは野暮ではあるが、「歩みの遅い長男がちゃんと付いて来ているかを何度も振り返っては確認した」や「そのときの光景を今でもはっきりと覚えている」で、読み手が「どういうこと?」と疑問を抱いてくれることを願いながら、その次の段落で種明かしをする予定にしていたのだが、もう少し先延ばしにしてみた。
 人間の記憶はあいまいなものである。冒頭で述べた気温の話も、直近30年の2日間の最高気温の平均を調べてみると、今年のそれは5位にも入っていなかった。「センター試験の日はなぜか毎年寒い」という私の思い込みが、温かい年もあった、という事実を受け付けてこなかったのだ。親から聞いた話や写真を見返すことなどで、後から小さい頃の記憶を作り上げるということはよくあることなのだろうが、それは子どもに限ったことではない。後ほど、インスタに100名城のスタンプ帳に長男自身が拙い数字で日付を書き記した写真を載せてもらう予定にしているのだが、それが無ければ年中のときだったか、年長のときだったかははっきりしなかった。その旅が一泊二日、二泊三日のどちらであったかは定かではない。でも、なぜだか、あの朝、お風呂に行くまでのこと、お風呂でのことだけははっきりと覚えているのだ。きっと、どのような部屋でしたか、どのようなお風呂でしたか、とそれぞれ4枚と言わず10枚ぐらいの写真を与えられても正解を選べる自信がある。だから何なのか、と尋ねられても、何も答えられない。ただ、私の中にそういう大事な思い出があるだけの話である。
 長男は、一橋大学の商学部を志望している。中学受験の頃から課題であった苦手な数学を克服しないことには合格は見えてこない。一橋のある国立駅は、私が若い頃に一時期住んでいた立川駅の隣である。これまで具体的なことを考えたことはなかったのだが、「立川に泊まればいいわ。何かあるかもしれないから、お父さんも付いて行くわ」と伝えると、「ただ、遊びに行きたいでしょ」と返って来た。その通りである。面倒くさいという理由で、中学受験の付き添いを妻にお願いしたぐらいなので。卒業以来一度も会っていない大学時代の同級生と新年ラインで少しやり取りをしたのだが、立川在住なので、久しぶりに顔を見に行こうかな。今なお優秀であるはずの彼が、ゼネコンでこれまでどのようなキャリアを積み、今どのような仕事をしていてどんな未来を描いているのかに興味がある。
 順調に行けば、長男と一緒に暮らせるのは残り1年である。春に引退するまではクラブが忙しいだろうし、その後は本格的に勉強を始めるので、出かける機会もほとんども無いのだろうが、長男との日々をできる範囲で楽しみたい。きっと、そんな感傷的な思いも2, 3日もすればきれいさっぱり消え去ってしまうのだろうが、旅行をきっかけに長男とのことをいろいろと考えられた数日間であった。

PAGE TOP