
2026.07.31社員のビジネス書紹介㉞
徳野のおすすめビジネス書
堀田秀吾 『大事なことだけ聞く力』 サンマーク出版
多くの冊数を手に取ってきたわけではないものの、心理学や脳科学の本を読んでいて面白いと思うのが、「人類は石器時代と比べて大して進化しているわけではない」という事実である。本作は、とりわけ日本人が「人の話を聞きすぎる」という状態に陥いりがちな背景を人類学、行動心理学、言語学といった様々な分野の観点から分析した上で、人々の悩みを根本的に軽減していくための具体的な仕組みを状況に応じて提示してくれている。著者は明治大学法学部の准教授なのだが、世間一般でイメージされるような「文系」の枠組みに収まらない知見を生かした研究を行っている。実際、堀田氏は著作のタイトルに「科学的」という言葉を盛り込むのを好んでいるようだ。(『科学的に証明された すごい習慣大百科』、『科学的に元気になる方法集めました』など。)
さて、本作が取り扱っている「聞く」には主にニつの意味が含まれている。一つ目は「周囲にアドバイスを求める」で、もう一つは「傾聴する」だ。そういった姿勢を心がけるのは良い事とされているが、時代が進むにつれて過剰になっていき、真面目な人ほど心身共に消耗してしまうという側面も忘れてはならない。では、なぜ、誰かとコミュニケーションを取ると疲労感が生まれるのか。人類は狩猟中心の生活を送っていた大昔以来、共同体内の結束力を強めることで生存確率を上げ、さらには技術と文化の水準を高めてきた。だから、集団内での孤立を本能的に恐れるようになり、身近な人からの言葉をきちんと受け止めたり、仲間内での合意形成に努めたりする傾向を強く示すようになったのだ。さらには、マスメディアとSNSの発達に伴い、一人の人間が一日に触れる情報量は膨大なものとなり、日常の中で選択と判断を求められる機会も増えていった。すると、脳は思考に費やすエネルギーを節約しつつ失敗を避けるために、他者からの声に依存するような動きを見せるようになる。その反面、色々な意見に触れるうちに決断ができなくなったり、聞き役に徹してどっと疲れたりという皮肉な事態を引き起こしてもいるのだが。
繰り返しになるが、「聞き上手」は社会生活を営むのに欠かせない素質である。重要なのはバランス感覚だ。疲弊しないためには、➀必ずしも真剣に受け止める必要のない情報を見極めることと、➁相手と会話のキャッチボールをすることを、意識した方が良い。
まず➀については、主語が「みんな」で、語尾に「するべき」「するのが普通」と付くような、つまりやや乱暴な一般論に過ぎないような意見には注意を払う必要がある。そもそも、ある人にとっては常識でも、他の人にも当てはまるわけではないケースなど幾らでもありうる。そこを認識せずに、自分の軸を持たないまま周囲、特に目上の人から「正解」を教えてもらおうとしても物事は進んでいかない。「自分は何をどうしたいのか」と己に問いかける時間を作るためにも、迷った時はその場で結論を出そうとせずに(期限を決めた上で)後日に持ち越す判断も有効だ。
そして、➁は当たり前ではないかと思うかもしれない。しかしながら、良くも悪くも「聞き上手」な人の場合、他者が一方的に語るような形を容認してしまう。話している方は気分がすっきりするかもしれないが、ひたすら耳を傾けるだけでは相手との関係はそれ以上深まっていかない。親密度はお互いが自己開示することで深まっていくものだからだ。「一人ぼっちになりたくない」「嫌われたくない」という消極的なモチベーションを越えて思い切った言動を見せた方が人生の幸福度は高くなる。
しかしながら、➀と➁はあくまで、数ある改善策のうちの一部に過ぎない。様々な方法にあれこれ手を出すより先にすべきなのは、どういった場面で「聞きすぎる」のか、そもそも「聞きすぎている」のではないかと自覚することだ。そういった客観視のためにも、自分が置かれている状況と、その時に湧いてくる感情を言語化する習慣から身に着けておきたい。
竹内のおすすめビジネス書
金川顕教 『AIに負けないためにすべての人が身につけるべき「営業学」』 KADOKAWA
「営業の電話がかかってきた」「営業トーク」という言葉が用いられる際、あまり好意的に取られていないことが多い。そもそも営業の仕事では自社サービスが顧客のニーズに応え得るものであることを提示し、契約を結ぶことが目標とされる。自分たちの持っているものが何で、それが相手の求めているものと合致しているか、もしくは相手の困りごとを自分たちならどのように解消できるのか、そういったものを見せられることが不可欠である。しかし、それが一方的な押し付けになると、先のような印象を相手に与えることになる。人を介さずともオンライン上で買い物などの手続きを済ませられるのが当たり前になっている昨今、関わる人がどのような人物であるかによって対面での購買意欲は変わってしまう。
教室では随時体験授業を行っているが、隈なく志高塾のサイトを見てくださっている方がほとんどである。そうやって気に入り、期待を込めてお子様を通わせてくださっていることに応え、子どもたちを強くしなやかにしていくことがまず第一である。ただその上で、一度は扉を叩いてくれたはずの方に、そのまま足を踏み入れてもらえるようにできなかったことは自分の中に強く残る。「ニーズに合わなかった」と言ってしまえばそれだけかもしれないが、色々な子がいて、一人ひとりに寄り添いながら前進させていく我々のスタイルに、本来「合わない」と断言できるものはないはずなのだ。
自分たちの提供できるものが、必要とする人にきちんと届くようにするために、サービスの中身は当然のことだが届ける側の「人」を磨いていくことが同様に重要だということになる。子育てをしていての希望や不安、具体的に目指す学校などがあるはずで、それらを引き出し正確に掴む。それに対してどのような打ち手を挙げられるか。提供できる情報を持つことは信頼につながり、「この人から聞きたい」と思っていただけるようになる。情報収集は「インプット」ということになるが、「アウトプット」するからまた新たな情報が入ってくるとも言える。つまり、自分が知ったことを他者に伝えるからこそ、それによって相手が考えたことや思い出したことが返ってくるということだ。「営業」としてのマインドが多く紹介されていたが、その肩書であるかとは関係なく、自分が念頭に置くべきは情報を循環させることだといえよう。
三浦のおすすめビジネス書紹介
荒木博行 『努力の地図』 クロスメディア・マーケティング
努力をすれば報われる、とは古来より語り継がれてきた言葉だろう。あるいは、努力が報われることはないという諦めも同様に。私自身は努力家からはほど遠い自覚があり、「努力をするのも才能のひとつ」と思い込んでいる節がある。本書の冒頭では、まず「努力」とは何か、「報われる」とはどういうことかを定義しないまま、努力論について語られていると述べている。確かに、努力と聞いて想像するのは漠然とした我武者羅なもので、報酬と聞いて想像するのは漠然とした成功だ。
まず「努力」について、著者は四つに分けられるものだという。真っ先に浮かぶ「量をこなす」努力だけでなく、「質を高める」もの、そして目標に何が必要かを見定める俯瞰的な「設計」の努力、そして何より目標を正しく定める「選択」の努力。単純な目標であれば取れる手は限られるため、必然的に「量と、できれば質」が重要になる。しかし目標が高く、そして複雑になればなるほど、そういった力任せなものだけでなく、頭を使って考える努力も必要になってくるという。定期テストで特定の教科の点数を取ることと、志望校に合格することでは、まったく違う努力のやり方が必要になるというわけだ。
そして「報酬」。報酬は、本人が目指していた目標からどれだけ離れているか、そしてそこに辿り着くまでの時間によって分類されるという。離れた報酬とは、いわば副産物だ。ギターの上達を目標に練習していたところ、腕前はそれほど上がらなかったものの友人関係が増える。これは目標から離れた報酬で、無意味ではないが、「本気で上手くなりたいだけ」の人間には意味がない。あるいはアスリートなどのストイックな分野ではなおさらだろう。本当に目標に向かいたいのなら、この副産物を報酬として目的にしてはいけない、という。
私はどちらかといえば、副産物にこそ意味があると思うタイプだ。目標を達成して終わりというよりは、そこに辿り着くための過程にこそ意味がある、と。しかし、当の本人が目標を叶える前に、「こっちでいいや」と思ってしまうのは本末転倒だ。講師としての視点に立ち返ってみれば、生徒を含めた他者の努力に対して「こういうポジティブな結果が出ている」と認めつつ、本人の本来の目標からずれないようにサポートする。そしてその道程のため、適切な「努力」の形を共に模索する。それが、見守る側に必要なことなのではないか、と思う。
2026.07.03Vol.98 でこぼこな連帯(徳野)
【社員ブログ 更新頻度変更のお知らせ】
いつも 『志同く』をご覧いただき、誠にありがとうございます。
この度、弊塾広報媒体の運用体制を見直し、2026年7月より本ブログの更新頻度を以下の通り変更することといたしました。
変更前:毎週金曜日更新
変更後:毎月第2週および最終週の金曜日に更新
※初月(2026年7月)のみ、第2週分は7/3(金)に更新させていただいた本ページとなります。
今後隔週にはなりますが、皆さまにより一層興味深く読んでいただける内容をお届けできるよう邁進いたしますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
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映画館の上映室でたった一人、という事態に遭遇したことがある人はどれくらいいるだろうか。つい先日、他ならぬ自分が経験者になってしまった。そして、実際に経験してみてまず湧き上がってくるのが、静かな恐怖である。以前、夜の大阪ステーションシネマで中年男性と二人きりになった時よりも緊張感があった。特に怖かったのは終映後である。室内灯が点いてから係員さんがドアを開けてくれるまで1分ほどの間があったのだが、ほんの60秒間ポツンと待たされただけでも、「このまま永遠に、誰も助けてくれなかったらどうしよう」という不安に襲われた。世界から隔絶される気分とはこういうことなのではないだろうか。
さて、アップリンク京都にて、唯一の観客として鑑賞したのは≪熱狂をこえて≫という作品である。1994年に日本初のプライド・パレードを開催し、自身も男性パートナーと同居している南定四郎(みなみ ていしろう)氏の半生を振り返るドキュメンタリーだ。まず印象的だったのは、御年94歳とは思えぬ南氏の旺盛な活力だ。アルコールと高カロリーな食事に舌鼓をうち、一回りも二回りも若い仲間たちと豪快な声で談笑する彼に、私は体力も気力も負けている気がしてならない。さらに、カルチャー誌の編集に長年携わってきただけあってファッションセンスにも優れ、ショッキングピンクのジャケットを粋に着こなしてパレードの先頭に立つ姿には惚れ惚れとしてしまった。エネルギーとカリスマ性に溢れた魅力的な人物である。そして、当事者だからこそ持ち得た(当時としては)先進的な己の価値観を信じ、世間から向けられる偏見のまなざしを相手取ってきた南氏の闘姿は、まさに「生きた歴史資料」と言えるだろう。
しかしながら、同作の狙いは南氏の功績への称賛だけにあるわけではない。彼の、引いては1980年代後半から90年代前半にかけてのゲイ・コミュニティによる内省と「懺悔」を記録することにもある。
南氏はパレードを主催する以前から、同性愛者の人たちのための居場所づくりに心血を注いできた。1984年に国際レズビアン・ゲイ協会(略称はILGA、当時の組織名は「国際ゲイ協会」だった)の幹部から日本支部の設立を持ち掛けられたのをきっかけに、欧米での事例を手本にしながら様々な取り組みを展開していった。出版業で得た豊富な資金を元に、映画祭の企画、電話相談窓口の開設、パブリックスペースの運営など、意義を感じたアイデアには次々と手を出し、その果てに満を持して実施したイベントが≪第1回レズビアン&ゲイパレード≫だったのだ。1980年代末期の「エイズパニック」に立ち向かわねば、という切実な気概もあっただろう。年表的な実績だけを踏まえると南氏は「身を粉にして働く精力的な人権活動家」に見えるし、その人物評が決して間違いではない点は強調しておきたい。だが、実態はもっと複雑である。彼が良かれと思って実現させてきた取り組みは長くは持たず、パレードも第3回目にして早くも休止に追い込まれた。原因は「独善」にあったと、南氏が自ら認めている。外部からの圧力に負けたのではなく、内側から崩壊が起こったのだ。
南氏が作中で繰り返していた言葉の一つが「連帯しなくちゃいけない」である。その発言に関して鑑賞中は「結束を強要したら、かえって組織の足並みが揃わなくなるんだな」程度の感想しか浮かんでいなかったのだが、後日改めて「連帯」の定義を調べていたところ、NHK出版デジタルマガジンの『「連帯」は、バラバラな私たちが、バラバラなまま共に生きていくためのノウハウ』という記事を見つけた。南氏が前提にしているのであろう意味合いとはかなり違う。さらに読み進めてみると、人種や性的指向といったアイデンティティ面での共通点を持つ人々が団結して政治活動を行うことの功罪にも言及されていた。危険性については「自分たちとは異なるアイデンティティを持つ集団との差異を強調するあまり、国内の精神的分断を招く」という、まさに昨今のアメリカで顕著になっている問題が指摘されている。さらに、《熱狂をこえて》が浮き彫りしているのは、社会的少数者のコミュニティが「不寛容な世論」という巨大なものと戦おうとしていたにも関わらず、集団内の多様性を自ら軽視する方向に動いてしまった様子である。具体的には、当時のILGA日本支部に属していたゲイ男性の中には、年下のメンバーや女性に対して高圧的な態度を取ったり、彼ら彼女らからの意見を切り捨てたりする者も存在したらしい。そして、トップに立っていた南氏の我の強い人柄が、風通しの良くない雰囲気を助長していた面は否めない。今となっては一大イベントとなったプライド・パレードに対してさえ、当初は反発の声が少なくはなかったらしい。そんな組織に対して積もりに積もった怒りが爆発したのが第3回パレードでの出来事だったのだ。その後、取り返しのつかない悲劇が起こったのを機に自責の念に駆られた南氏は活動から身を引き、沖縄で20年近く隠遁生活を送ることとなった。久しぶりに再会した仲間たちと酒を酌み交わす際にも「記憶に残るのは嫌な思い出のほうだね」ときっぱりと言い切っていたのは印象的だった。
ILGA日本支部が事実上の解散をしてから数十年。南氏の生きざまを映像に残した松岡弘明氏も自身のセクシュアリティを公表している。LGBTQ+の尊厳を守るべく紆余曲折してきた社会運動の歩みを自己批判的に辿っていくような構成は、若い世代の当事者だからこそ編み出せたものだろう。そんな監督の人物像も知るべく、インタビューが掲載されている『LGBTR.』というサイトを覗いてみたところ、時代の変化を実感した。松岡氏を含め様々な背景を持つ性的マイノリティの人々の言葉に触れられたのだが、自身とは異なるアイデンティティや主義主張を持つ他者との間に壁を作らないことを強く意識している様子が窺えた。例えば、「自分は生きているうちに親しい人に打ち明けられた方が良いと考えているけれど、カミングアウトするのが正しい、と言ってしまうのは違うと思うんです」と発信する形で個々人の選択を大切にしたり、「異性愛者の人たちも皆、何かしらの悩みを抱えている」という風に視野を広げてみていたりと、新しい意味での「連帯」、言い換えると「包括」を目標に掲げたメッセージが数多く盛り込まれている。自身について語りながら、他者の語りに徹底的に耳を傾ける。松岡氏が常にその姿勢で物事に向き合っているからこそ、被写体となった南氏も心を開き、苦く重い己の過去に対峙できたのだろう。
私が「LGBT」という枠組みを知ったのは大学生の頃だ。正直に言うと、27年間生きても自分のセクシュアリティに未だに確信が持てない。そんな立場なので、いつの間にか言葉の末尾に「Q」と「+」が増えている現在に戸惑いを覚えている。当事者および賛同者の方々の熱量にまだまだ付いていけていないのだ。しかしながら、私と同じような感覚を持っている人、もしくは、性の多様性に元から興味が薄い人も少なくないのだと思うし、アップリンク京都の客席が残酷にもそれを物語っている。だが、奇しくも「世界にたった一人きり」を思わせるような状況に身を置いたことで、閉鎖的な故郷で南氏が味わっていただろう孤独感に近い何かをほんの60秒間だけ窺い知れた気がしている。それもまた一つの「連帯」である。
2026.06.26社員のビジネス書紹介㉝
徳野のおすすめビジネス書
山崎エマ 『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』 新潮新書
タイトルが結論を示してしまっているものの、それは著者があくまで自身のお子さんの為にする選択だ、という点を念頭に置いて本書に触れてほしい。さて、ドキュメンタリー作家の山崎氏は2023年の監督作《小学校〜それは小さな社会〜》がアカデミー賞の候補作に選ばれ、スクリーン上に描き出された日本の公教育も肯定的に評価された。私はSNSを通して映画の存在を知ったのだが、その際、公式PRを含め作品を好意的に取り上げる投稿に対する批判もちらほらと見かけた。例えば「同調圧力や厳格なルールが生む息苦しさに目を向けていない」、「教員の負担を美化している」といったコメントだ。そして、それらを初めて見た時の私の感想は「今の時代、学校についての否定的な意見が出ても仕方がないよね」という、半ば諦念に近いものだった。だが、昨年から高槻教室の責任者となり、色々な公立校の様子を親御様から教えていただく中で、自分自身が慣れ親しんできたはずの「学校」という場をネガティブな色眼鏡で捉えすぎているのではないかと、疑問が湧いてきた。不登校が社会全体の問題となっている昨今だからこそ、日本の公教育が持つ力を改めて具体的に知りたいという好奇心から、山崎氏の自伝とも位置づけられる本書を手に取ってみた。
日本人とイギリス人をご両親に持つ山崎氏は、茨木市立の小学校、六甲のカナディアン・アカデミー、ニューヨーク大学という風に、多彩な学習環境で育ってきた。ご両親はバイリンガル教育を徹底しており、「娘が大学に進むまでは、自分で判断し行動する力を養わせ、言語能力と計算力の土台を固めることが保護者の使命」という方針の下で教育計画を立てていた。「自分で判断し行動する力を養う」となると、生徒の自主性を重んじるインターナショナルスクールの方が適しているのではないか、という見方もできる。だが、物事の本質を十分に理解できていない12歳以下の子どもが、将来を見据えた決定や自己主張をするのは難しい。だから、集団内でまずはマナーや常識を学び、自分で身の回りの管理をする習慣を身に着けさせるための場として日本の公立小学校を選んだのだ。整理整頓をしたり、約束の時刻を守ったりするのは当たり前のことかもしれないが、それを自然と実践できるのは、国際的に見ると立派な能力とみなされる。また、運動会や音楽会に向けてクラス一丸となって練習に励むことを教員から求められた経験が、後年、夢を実現させるためにひたむきな努力を続け、周囲の人たちと協力しながら作品を完成させていく姿勢の原点だったという。つまり、教師がある程度の強制力を示すことで生徒の可能性を広げる場合もあるのだ。その分、教師は取り組ませる内容とその目的をよく練らなくてはならない。
ただ、山崎氏は日本的な価値観を手放しで礼賛しているわけではない。特にアイデンティティに関する画一的な捉え方に反発を覚えて高校卒業後に渡米したのは、国籍と人種が異なるご両親の元に生まれた「ミックス」としての複雑な立場ゆえだ。加えて国内の教育に関しても、中学校からは生徒一人ひとりの個性や意志を大事にする方向に転換させるべきだと、山崎氏は提案している。子どもの自我が最も発達する時期に抑圧的とも言える指導を受けていることが、少年少女たちの生きづらさに少なからず影響している面は否めないからだ。
冒頭でも述べたように、日本の小学校は選択肢の一つにすぎない。しかしながら、学業やスポーツの成績が優秀な子でも、自己中心的で、日常生活にまつわる物事を平気で全て親任せにするような態度を許してはならない。どのような場で学ばせるにせよ、子どもが心身ともに自立し、他者と気持ちの良い関係を築いていくために、人間としての基礎部分を成長させられているか、という軸は常に持っておくべきだ。そして、そういった面を育てる役割を担うのは一人の人間、一つの場所に限定させる必要は無い。家庭、学校、習い事先にいる全ての大人の間で「分業」しても良いのだ。
竹内のおすすめビジネス書
清川照美 『崖っぷちの会社を立て直したスーパーな女 なぜ、普通の主婦がたった6年半で300億円の借金を返済できたのか?』 主婦の友社
鹿児島県を中心に約90店舗のスーパーを運営するタイヨー。筆者は2代目社長の妻として主婦業に専念していたが、経営不振の状況打開のために自社の監査役取締役を務めていた経験を活かして約4年ぶりに現場に復帰した。当時(2012年7月時点)は店舗数こそ増やしていたものの売上は10年前と比べて大差なく、人件費がかさむ状況に陥っていた。そのため、小売業界内ではタイヨーの買収がまことしやかにささやかれてもいたのだが、それを回避するために選んだのがMBO(マネジメント・バイアウト)である。上場を廃止して、経営陣が身を切って自社株式を買い取ることで経営権を握り、株主からの短期的な利益要求に縛られることなく小さな組織内で迅速な意思決定や改革を行えることが利点とされている。他企業からの買収が実現した場合、経営方針の転換等による大幅なリストラは免れない。それは、従業員やその家族を守れなくなるということでもある。その方向に進ませないための判断だった。清川氏が重視したのは、鹿児島を基盤にした企業であるという点でもあった。鹿児島県は第一次産業が盛んであるゆえ、地産のものを積極的に扱うことで町全体を勢いづかせることができる。自分たちが地域で果たすべき役割を理解しているからこそ、そして地域のことも理解しているからこそ、自分たちの手で会社を変え、立て直す必要があった。
MBOを実施するためにメガバンクに掛け合ったものの、なかなか簡単には請け負ってもらえない。それでも最終的に融資を受けることができたのは、自社が地域にどのように貢献したいのかを繰り返し伝えること、またたとえ急遽決まった面会だとしてもそこで中身のある話ができるように資料準備を怠らないことによって、熱意が届いた結果である。ただ、これはあくまでも再建のスタート地点であり、次は現場の改革が求められた。消費者の目線で見てみると、赤字店舗では動線が悪かったり照明が薄暗かったりと利用したくない要素が散見していた。ただ必要なものを調達する場としてではなく、この店だから来たいと感じてもらえるような店づくりをする上では、自分の立場以外の視点を持つ必要があるということだ。タイトルにある「普通の主婦」に対しては、それまでも社内との関わりがあったことを踏まえると適切な表現ではない気がするが、主要な利用者層である主婦に最も近い存在として経営陣に新しい風を吹かせたことは間違いない。そして本来、このようなことは現場の従業員の方が経験則で分かりやすい。時間帯による来店客の違いや、地域性などがそれにあたる。そういった実感の伴う情報が運営の工夫に繋がるよう、吸い上げやすい環境の整備、関係の構築に注力したのも彼女の視点あってこそであった。また、チームを引っ張っていく立場として印象的だったのは、6年半の間で毎年、念入りに口にする言葉を決めていた点だ。それは自分たちの明確なテーマ設定を共有するだけでなく、自分自身が道に迷わないためにも大事な道しるべでもある。
三浦のおすすめビジネス書
ポール・ホーケン 『ビジネスの育て方』 ディカヴァー・トゥエンティワン
原著は1987年に出版されている。およそ40年前、そして日本語版は2005年の出版だから、こちらも20年前。ビジネスの世界の移り変わりは速いものだろうが、ここに述べられているのはテクニックなどの手法ではなく、「ビジネスとは」という根幹的な視点である。その一点は時代が移っていっても変わらない。
徹頭徹尾、著者が述べるビジネスとは、決して「金を稼ぐため」のものではない。冒頭、「ビジネスとは世界を変える手段であり、自己を表現するための手段である」という旨を述べている。自己表現というとどうしても真っ先に芸術、アートというものを浮かべるが、そこにビジネスが並ぶとは思わなかった。しかし読み進めていくと、そもそもビジネスのはじまりは、「世の中に足りないものはなにか」「自分は何をすべきか」を考え抜くところから始まることがわかる。「どうすれば儲けるアイデアが浮かぶか」ではない。身近なところに目を向けて、何が必要なのかを見極める。そしてその「必要」は必ず、自分のためではなく、世の中、そして顧客のための必要でなくてはならない。世の中に求められるビジネスこそが意味があるものだ、それは当たり前のことだが、金銭が絡むと忘れられていってしまうことでもある。
顧客のため、という精神は、本著の中で多く取り上げられている。筆者が設立した園芸商品専門のカタログ・小売企業である「スミス&ホーケン」では、とにかく顧客を第一に、働く誰もが顧客に徹底的に寄り添う姿勢を持っていることが述べられる。クレームともとれるような要望にも迷わず応える。信じがたいと思ってしまうのは、そういったクレームの話を耳にしすぎて、一般的に考えられる「顧客」を信用できていないからだろう。そもそも企業として信用されていれば、信用できる顧客がつく。顧客は製品に金を払いたいのではなく、サービスをしてくれる「人」に払いたいのだという。確かにその通りかもしれない。顧客に信用される企業になるためにどうするかは、事細かに決めるものではない。まずは自分自身が「よい顧客」になる、そしてその立場から企業を見直し、どうすべきか、「企業にどうされれば嬉しいか」を考える。そのひとつの軸が大切なのだという。
お客様第一、という考え方は、サービスに重きを置くはずの日本でも、少しずつ廃れてきている。それは客が企業に求めるものが薄くなったことの裏返しでもある。せっかく大企業ではない、相手の顔が見える場にいるのだから、「求められる」ようなつながりを意識していきたいと思う。
2026.06.19Vol.97 質問、疑問、応答(三浦)
志高塾の公式Instagramでインタビューを載せてもらった。
あまり自分の写真が好きではないので、スマホのカメラロールを遡っても自分の写っているものは滅多にない。数年分をたどって、二桁あるかどうか、そんなところだろうか。そのためどうしても慣れず、載せてもらったインタビューを見るのもときどき恐る恐るといった形になるのだが、綺麗に撮ってもらえたのは素直に嬉しいし、有難い。
恐る恐るの原因は、写真だけではない。こうして「志同く」で文章を載せてもらえるようになってかなり経つ。自分にとっては、自分の写った写真よりも文章を見てもらうほうがはるかにハードルが低いのだが、それでも、インタビューという形式は初めてだったので、掲載されて時間が経てば経つほど、「これでよかったのだろうか」と勝手にどきどきしてしまう。
そう、まさしく人生初のインタビュー。雑誌やテレビなどで当たり前のように見かけるが、実際にこうして答えてみると、なかなか難しいものだった。頭の中にぼんやりと答えはあるのに、どう言葉にするのかが上手く掴めない。普段の文章はテーマを自分で設定するので、その段階である程度は展望が見えている。しかしあらかじめ質問が設定されていると、それに答えるという形で思考を整理していくため、その中で「これで言いたいことは伝わるだろうか」、「そもそもこの問いに答えられているだろうか」と何度も自答し、何パターンか用意したものもあった。そんな意味では、自由に自分で文章を書くのとはまた別の部分から、思考を深掘りする良い機会をもらえた。有難い限りだ。
話は少し変わって、NHKの「NHKアカデミア」というコンテンツがある。公式サイトの説明文は「各界のトップランナーがオンラインで参加した1000人規模の受講生を前に、「自らが歩んできた道」を語る“講座コンテンツ”」。山中伸弥氏や落合陽一氏、穂村弘氏などの回が記憶に残っている。
ともかくそんな「NHKアカデミア」のコンテンツの一部が番組として放送されているのだが、その中で、オンラインで繋がっている受講者がリアルタイムで登壇者に口頭で質問をする場面がある。今募集している講座の案内を見たところ、100人程度の参加者のうち、10人前後がその機会をもらえるらしい。番組を見ていると受講者の幅というのも面白く、宇宙やスポーツに関する内容だと小学生くらいの子どもがいる確率も高く、良い経験になるだろうなと思う。
参加者からの質問は多岐に渡る。もちろん登壇者の専門分野に関するものがほとんどだが(それに興味を持って応募しているので)、より普遍的な、メンタルの保ち方、将来の決め方、そういった質問も時にはある。それに対する答えも当然多岐に渡る。その中で、時には、「言っていることはすごく良いけど、聞かれていることに答えていないんじゃないか?」「その答えだと質問者の意図を汲み切れていないのではないか?」と思ってしまうような回答もゼロではない。
しかし、求められる答えをそのまま返す必要はないのではないか、と、ふと思う。質問に対して、その質問者の意図を汲んで、それに即して答えなければならない場面がある。一方で、その質問を起点にして、もっと他の話へと展開させていく方が効果的な場面がある。もちろん回答によって問題を解決したい質問者もいるだろう。けれど、答えとなる中心の回答をひとつ与えられるより、その周囲を与えられた方が、咀嚼する過程で新たなヒントを見つけられることもあるかもしれない。
とはいえ、世間的にはきっと、前者の場面の方が多いことは目に見えている。後者のような芸当ができるのは、それこそトップランナーのような、「話すべきこと」をたくさん蓄えている人に違いない。そしてそんな人々は、既にいろいろと思いを巡らせてきただろうから、いざ前者の場面にあたっても答えられるはずだ。
完璧な一答。準備に準備を重ねたつもりでも、なかなか一度でうまく返すことはまだできない。すでに考えたことがあるような内容でも、いざ聞かれると答えに窮することも少なくない。今回のインタビューも、普段からぼんやりと考えていたはずなのに、実際に言葉にするのに苦労した。それでも、その苦労のおかげで、今改めて読み返して「なるほど」とも思える。
来年、再来年と時を重ねるごとに、それがまだ「なるほど」なのか、あるいは「今なら違うかもしれない」へと変わるのか。自分がどれだけ振り返り、どれだけの事を蓄積できているのか、来年の今頃に少し思いを馳せる。
2026.06.12Vol.96 他愛もない時を(竹内)
プロ野球読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が逮捕。事件や事故の速報が入った時、驚きを持ってその詳細を確かめることは珍しくないが、「誤報を疑う」レベルは滅多にない。この時がそれにあたる。本人が娘に対する暴行を認めており、結果的には監督辞任に至った。書類送検された旨が先日報じられたが、警察からは「寛大処分を」という意見が付されている。
今回、氏が逮捕されるに至った経緯として特徴的なのは、手を上げられた娘がAIに相談して児童相談所への報告を助言された点である。それを受けた児相が警察に通報している。阿部親子のことをよく知っているわけでは当然ないので、彼らの関係性に首を突っ込むつもりはない。その日から一夜明けると「娘からの手紙」なるものが公表されたものの、真相も心境も、はっきりとは分からないままであろう。しかし、AIに助けを求め、その回答に身を委ねたということについてはきちんと目を向けたい。
そもそもの話として、「児相に連絡せよ」という返答を一体どれだけの人間ができるだろうか。今回のような親が著名人で、被相談者がその人物の経歴を知っているような場合、「その先」を想像するとそのように助言することには尻込みしてしまうのではないだろうか。今回のものは「AIだからこそできた提案」だとも言える。
実際のところ、大事なことを打ち明けるのには勇気が要る。ちゃんと受け止めてもらえるか、相手に背負わせすぎないか、そんなことを気にしてしまう。振り返ってみるとそれは杞憂に終わることが多いのだが、それでもなお躊躇ってしまうので、人間は面倒くさい。そういう時に、様々な背景を一旦無視してくれるAIは意外とありがたい。
少し話が変わるが、私には高校生の頃に開設したTwitter当時のアカウントがある。10年以上の使用ということになるのだが、そうなるとスマホを買い替えたことをきっかけにログインできなくなってしまったのだろうと推察される友人も多い。反対に私のように新しいスマホになろうが染みついて忘れないパスワードを入力して自分のアカウントを大切にし続けているような仲間もいる。とはいえ、私含め、発信する量はめっきり減っている。数か月ぶり、数年ぶりに浮上して何か言ったかと思えばまたしばらく鳴りを潜める。私がそうだからそう思うだけなのかもしれないが、そのような時は「残しておきたい」と感じるからわざわざ投稿する。だから久しぶりのポストを見て「なんかあったんやな」と考えながらそのまま読み流したり、ごくまれにLINEを開いて連絡を取ってみたりする。逆も然りで、私が何かしら発言する時は、同じように誰かが何かを思うんだろうな、と頭をよぎる。だから、どのような言葉を用いるかを吟味する。私にとってのSNSはそういうものだ。
Chat GPTを使う時の態度も根底ではそうなっていて、結構心を開いてべらべらと記録のために考え事を話している。生成AIはSNSとは異なるので、単なる壁打ちツールではなくグラフを作ったりデータを探してきたりと形として出力してもらうこともよくあるが、自分の状態を映してくれる側面をやはり孕んでいる。Excelで表作成するときにイメージはあるのにそれを落とし込めないということがよくあったので、AIを頼って用いるべき関数を教えてもらった。この過程で面白かったのは1、2回では思っている通りのものにはならなかったことである。自分の指示が上手く通らないことによって頭に浮かべているものをより具体化することになったし、それを繰り返す中で書き換わっていく関数によって仕組みも以前よりよく分かるようになった。そんなわけで私はまだ生成AIでの時短が十分には実現できていない。
昨今は生成AIに課題のレポートを書かせている事例が問題視されている。私が学生の頃なら参考文献からの引用ばかりで済ませるタイプのものがあったが、そのようなものは自身の主張がまともに入っていないので手抜きなことが明瞭である。しかしAIの場合だと、一見すると意見も結論もはっきり述べられているのでたちが悪い。複数の課題が与えられ、部活やバイトで忙しくて、時にはそこまで興味のない内容もあって、となると簡単に終わらせてしまいたくなるのは理解できるが、それはやはり、レポートを書くことを通して得られる学びを自ら手放してしまっていることになる。「答えを出す」ことが第一になっているともいえる。だが、区切りはつけられたとしても、生きていくうえでは簡単に答えが出ないものばかりである。何度も考えて自己の中で確立されていくものもあるが、宙ぶらりんになっているものが私にはたくさんある。それらがある時に誰かとの何気ない会話や、たまたま目に触れた言葉をきっかけに徐々に整理されていく。「終わってない」と思うことは重要で、そのために必要なのは一度腰を据えてやってみること、そういうものが一つはあること。いざ外に出してみたものがまとまりきっていないままではいけないが、消化されていないものを持って周りを見続けていないと、与えられたデータをもとに瞬間的に答えを出しているAIと何ら変わらない。
また、子どもたちには「私たちは見てるで」ということを伝えたい。以前中2の男の子と記述問題のやり取りをしていた際にニュアンス的には「恐怖」と熟語にした方が良いところで「恐ろしい」としていたので、漢字が分からないのであれば平仮名でも構わないから伝わり方に気を付けるようにと指摘した。後日お母様からメールを頂き、「『怖』が分からないことが一瞬でバレてた、と嬉しそうに報告してきました」と教えていただいた。その人の発する言葉、仕草や表情、「言わない、しないこと」全てが情報だ。その子の意図が分かったのと同様に、その子も自分が見られていると汲み取ってくれたことは喜ばしいことである。大げさかもしれないが、生徒が何かに気付く瞬間に立ち会えているのだ。
2026.06.05Vol.95 「一期一会」のその先へ~其の二~(徳野)
cafe出町びぎんはつくづく不思議な場所である。店員が馴染みの客と雑談に興じる飲食店じたいはたまに見かける。しかしながら、店主と常連客、そして私のような新参者という組み合わせで食卓を囲むような喫茶空間は他になかなか無いのではないか。4月末に初めて足を踏み入れてからおよそ1か月後、今週の6月1日に久しぶりにお邪魔した。店内にはコーヒー休憩にやって来ているご近所さん達がほぼ常にいるのだが、店主のKさんは必ず、私をその人たちと同じテーブルに案内してくださる。偶然ご一緒したご近所さんの中には、青木悠さんの『京大生、出町にダイブ!』にも頻繁に登場する方々もいた。一読者として内心では「えっ、あの○○さんがここにいるの!?」と驚いたり、胸を躍らせたりしていたものの、当然ながら実際はお互い初対面である。相手の方のほうが気を遣って会話のきっかけを作ってくださるのだが、特に一度目の来店の際、私の振る舞いは痛々しいほどぎくしゃくとしていたはずだ。己の人見知り具合を後から振り返ってみると、ちょっと思い出すだけでも穴があったら入りたい気分になる。だが、しつこく何度でも書くが、私はとりわけプライベートでは「穴」にこもり、他者との交流を避けるような人生を送ってきた。それには後悔しか無い。だから、28歳が目前に迫る今、赤っ恥をかいたからといって逃げ続けてはいけないのだ。二度目のcafe出町びぎんへの訪問は、自分の中では「楽しい修行」という何だか矛盾した位置付けだった。
お店を再訪したのは「精神の鍛練」のためだけではない。純粋に、Kさんに直接お話ししたいこともあったからだ。初めてお会いした際、青木さんの本を通じて興味を持ったこと、そして、作文をカリキュラムの中心にした国語専門塾で働いていることを伝えたところ、Kさんが「私も悠ちゃんに触発されたのよ」と、ご自身で書かれた文章を途中まで朗読してくださったのだ。終盤に差し掛かった頃に別の来客があったため、メールでファイルを送っていただき、残りを自宅で拝読した。題材は「ルパン3世」を自称する元常連さんとの交流の日々だ。「元」なのは彼がすでにこの世にはいないからである。
ルパンさんはお店のすぐ近くにあるアパートに一人で暮らす初老の男性だった。(けっして悪名高き泥棒ではない。)野球と相撲の観戦や読書といった日々の娯楽はあれど、おそらく、社会から半ば孤立したような生活を長い間送っていたのだろう。そんなルパンさんにとって、社会福祉士の資格を持つKさんが切り盛りするcafe出町びぎんは食堂でもあり、他者との繋がりを取り戻せる場でもあった。日に3回、週に5日も食事に来ていた時があるというのだから、「居場所があること」がもたらす安心感がどれだけ人間の根幹に関わっているかを痛感させられる。「姉さん」と慕うKさんとたまに大喧嘩しつつも、彼女からの助言を聞き入れて身だしなみに気を配るようになり、地域のコミュニティに受け入れられていった。彼が身に纏う空気はどんどん朗らかになっていった様子が文面から伝わってくる。しばらくして、ルパンさんが養護施設に入所していたお母さまと一緒に故郷の青森に戻る決意をしたと言うので、お店では送別会の日程と参加者が決められた。寂しくはあるが、これから始まる新生活を応援しよう。誰もが前向きな気持ちで過ごしていた矢先、ルパンさんの突然の他界が発覚する。まさに青天の霹靂。そして、Kさんにさらなる衝撃を与えたのが、彼が無縁仏として供養されることになった事実である。だから、文章の題名は「遺体引取拒否」なのだ。ルパンさんとご家族の間にどのような確執があったのか、今となっては分からない。だが、本来なら弔ってくれるはずの親兄弟に拒絶されるというのは、あえて強い表現を使わせてもらうと「遺族の記憶に残されるべき存在になる」のを許されなかったことではないだろうか。独身で一人暮らしをしている私にとっても他人事とは言えない、悲しい最期である。
ルパンさんとそのご家族以外の者が干渉しえない事情がある中で、Kさんが綴った言葉は、亡き後の居場所を失ってしまったかのような彼が確かに生きていた証だ。ルパンさんを直接知らない私のような者は、本当の意味で彼を偲ぶことはできない。だが、文章を介して、その姿かたちや人柄を思い描くことで、弔いの輪の末席に(誠に勝手ながら)加わらせていただけたような気がしてきた。実は、読了した段階で感想文はまとめられていたのだが、「ただ返信するだけではいけないのではないか」という思いが湧いてきた。「身近な人の死」という普遍的なテーマに対して、電子メールでやり取りを完結させる形式は軽すぎる。あと、能天気な話をすると、その時点ではcafe出町びぎんのランチにありつけていなかったので、次こそ味わいたい、という気持ちも少なからずあった。
そして、二度目の訪問時。文章を共有してくださったことへのお礼を改めて伝えたところ、Kさんは私に「ルパンさんってどんな人だと思った?」と尋ねてきた。思いがけない質問に少し戸惑いつつ「愛嬌のある方だと感じました」と答えると、更に「どんなところが?」と聞かれたので、「初対面のKさんに向かっていきなり、『私はルパン3世だ。この店にめぼしいものはあるかな?』と言いながら登場したところですね。すごく寂しがりやだから冗談で人の気を引いてるような印象を受けました。」と、どぎまぎしながら返した。それを聞いたKさんは「寂しがりやな人、か」と呟いて、ほんの数秒ほど遠い目をした。その時の表情はどことなく、自分が探し求めているものはまだ見つかっていない、と語っているようにも見えた。あれだけ密に関わっていたKさんにとってでさえ、ルパンさんにはベールに包まれた部分がまだ沢山残っている存在なのだ。だからこそ、執筆を通して彼の人物像を改めて浮き彫りにしようとされたのだろうし、文字にする過程でご本人の中で「見えて」きた事もあった様子が窺えた。それと同時に、特に故人について考える、というのはゴールの無い、しかも幾つもの分かれ道がある旅路をずっと進むようなもの、いわゆるライフワークだ。これまた勝手な想像だが、Kさんはルパンさんのために、そしてご自身のためにも「旅」を続けていかれるような気がしている。
さて、話はがらりと変わって、高槻校でのことになる。研修中の学生講師によるレポート課題を少しだけ紹介させてほしい。以下が抜粋である。
感動や、感情、認知した事象全てを、余すことなく伝え切ることが可能な言語など、おそらくこの世界には一つもありません。しかし、それでも、私たちが一つの言葉を知り、十の表現を模索することに意味はあります。そのものまでとは叶わずとも、近い地点を表現することができるのなら、その為に努力することができるのなら、そこに意味がないはずがありません。
その時その場で紡ぎ出した言葉は、今の自分に出来る最善を尽くした結果である。また、そうなるように向き合うべきである。でも、いくら調べても考えても満足する域に到達できていない、と思わせてくれる何かを見つけることも大切だ。少しでも理解し表現するために読んだり、出かけたり、人に会ったり、そして書いたりする経験は、より良く生きる糧になるからだ。








