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2026.10.09Vol.101 真面目に笑う(徳野)

 9月26日、東京の虎ノ門ヒルズで開催されていた「トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま〜魔術、メディア、アート」展に、最終日に駆け込んだ。アウスラーは公式ホームページでは「マルチメディアの巨匠」と紹介されているが、アメリカに拠点を置く大物映像作家、くらいの認識で大丈夫だろう。彼の名前と顔が結びついたのは展示会の告知がきっかけだった。というのも、実は何年も前から、私が最も敬愛するミュージシャンであるデヴィッド・ボウイのドキュメンタリー番組でインタビューを受けるアウスラーの姿を目にしていたのだ。ミュージックビデオや舞台装置のためにボウイに色々と協力をした際のエピソードを語っていたのもあり、アウスラーもてっきり音楽業界の人だとばかり思っていたので、彼が大都市のパブリックアートを手がけるほどの実績がある美術家だと知った時には驚いた。ボウイのファンになって10年以上が経つが、「今でも色々な事を教えてもらっているなぁ」と実感したものの、今回のメインはアウスラー展の方である。
 「巨匠」の回顧展だけあって展示構成は綿密に練られ、作品解説と参考資料も豊富だった。「スクリーンとは四角い平面」という固定観念を壊すインスタレーション(空間芸術)がアウスラー作品の大きな特徴であり、球形や雲形のオブジェに投影された万華鏡のような映像や、人間の眼球と唇の気色悪い動きには不思議な魅力があった。かなりシュールな作風ではあるものの、「個々人の存在がデータ化された監視社会」や「インターネットに蔓延する陰謀論」といった、情報通信技術の持つ暴力性と現代人の不合理な側面を表現する批判精神も窺わせるあたり、やはり只者ではない。そこを来場者にきちんと伝える学芸員の手腕も見事だった。
 ここまでの内容だと、私が大真面目に展示に向き合っていたかのような印象を与えるかもしれない。しかし、実際は笑いをこらえる瞬間が多かった。アウスラーはオカルト好き、というより超常現象に過剰に魅入られている人々に強い関心を持っているらしい。参考資料の中には、19世紀末から20世紀前半に撮られた幽霊や妖精の存在を「証明」する写真が沢山あったのだが、現代人の目にはフェイクだと一目瞭然な代物なのだ。生成AIなど無い時代に図画工作の技術を駆使して世間の耳目を集めようとする健気な姿勢には微笑ましさすら覚えた。生意気を承知で述べると、おそらくアウスラーも私と同じような感情を抱いているはずだ。彼の作品には先述の偽造写真に関わった人々からインスピレーションを受けたような設定の人間たちが頻繁に登場するのだが、彼ら彼女らの真剣な面持ちとぎこちない挙動は意味不明な部分が多いのと同時に、どこか滑稽だからだ。個人的には、展示物をきちんと見た上であれば「www」と軽く笑い飛ばすくらいの気楽さがアートの場では許されても良いと思う。
 話は変わるが、マウリツィオ・カテランによる≪コメディアン≫というアート作品をご存知だろうか。恥ずかしながら、私は数年前にある生徒に教えられるまで知らなかった。大学で美学を専攻していた者としてはあるまじき事態であった。それはさておき、作品の内容を説明すると「本物のバナナを壁にテープで貼り付けただけ」である。無理やりにでもジャンル分けするなら彫刻になるのかもしれない。すると、そもそも「彫刻」の定義とは何なのか、という風に新たな疑問が湧いてくる。そうやって観る者を思考の渦に引き込むくせ者なのだが、問題は、それが由緒ある競売会社サザビーズ主催のオークションで620万ドル(9億6000万円)で落札された事実だ。 
 ここで、読者の皆様に改めて問いかけたい。たかがバナナ1本に大金が支払われた事に対してどのような感情を抱いただろうか。おそらく大半の人の中に「はぁっ!?」と、怒りが混じった戸惑いの気持ちが生まれていることだろう。先述の生徒も「あんなの誰でも作れるじゃないですか」と憤慨気味だった。至極真っ当な反応である。しかしながら、そこから「現代アートなんてくそくらえ。いっそのこと無くなってしまえ。」とまで言い切ってしまうほど極端で口の悪い人はさすがに少ないのではないだろうか。そして、それは、美術館やコレクターが扱うような「芸術」に対して、たとえ親しみは無くとも、どこか高尚な価値(のようなもの)を漠然と感じているからではないだろうか。だからこそ、作者、販売者、購入者の全員がふざけているようにしか見えない作品の存在に釈然としないのではないだろうか。
 ちなみに私自身は例のバナナの一件に対して憤りは覚えていない。「あぁ、またやっているな」という風に半ば呆れはしたが。根本的な話をすると、アートに付けられる値段は作品そのものの質だけで決まる訳ではない。作者の知名度、制作時期、サイズ、所蔵ギャラリーの格といった「情報」に大金が支払われていると言える。加えて、美術作品には年数を重ねるにつれて価値が上がっていく傾向があるため、富裕層の中には手堅い資産にするべく買い求める者がいる。特にここ10年は投資目的での落札が過熱しているため、アート市場は価格高騰が著しい。例えば2017年には、サウジアラビアの皇太子が、レオナルド・ダ・ヴィンチの≪サルバトール・ムンディ≫を4億5030万ドル(510億円)で購入した。個人的にはダ・ヴィンチによる絵画の中では出来が良いとは思わないし、そもそも真作なのか疑っている研究者も少なくないらしい。利潤第一の人々にとっては問題にならないのだろうが。それと比べたら、620万ドルのバナナなんてまだマシではないか。挑発的な作風が特徴のカテランなのでアート市場の欺瞞を知った上で販売を許可しているだろうし、自身の作品が多くの人の反感を買うであろうことも予想済みだろう。鑑賞者である我々は得体の知れない物のために大金が動いた事実を批判しても良いし、「こんなの自分にだって作れる」と憤慨しながら志高塾の壁にバナナやら青リンゴやらを貼り付けて公開してみても良いのである。(ただし、1日という限定付きで。)また、そこまでの気力が無くとも、オークションに関わった全ての人の確信犯的な行動を「アホらしい」と鼻で笑って終わらせるのでも十分なのだ。なぜなら、題名は≪コメディアン≫なのだから。
 私は、自分が大学で美術史と芸術哲学をかじったことの効用は、一つひとつの作品を「俯瞰」する癖がついたことにあると考えている。制作年の時代背景やアーティストの経歴などを知っていた方が価値を理解しやすくなるとはよく言われる。実際、いわゆる教養を身につけていくうちに個人的な好き嫌い以外の物差しを持てるようになった実感があるし、そのおかげで気が楽になった面もある。それは美術作品に限らず、映画、洋楽やJ-POP、ミュージカルなどのサブカルチャーに触れる場合にも当てはまる。だが、今回の文章で強調したいのは、知識があれば物事をむやみやたらに神格化せずに済む、という点だ。当たり前だが、創作に携わる者も生きている(生きていた)人間なので、馬鹿げた言動や性根の曲がった振る舞いをやらかさない方が難しい。中にはあえて実践するような者もいて、それが創作物の面白さに繋がることだってありえる。作品を受け取る側が持っておいた方が良い「ユーモア」とはそういうことではないだろうか。

2026.10.03社員ブログの更新に関するお知らせ

いつも 『志同く』をご覧いただき、誠にありがとうございます。

これまで毎月掲載しておりました「社員のビジネス書の紹介」につきまして、当面の間、更新を休止させていただくこととなりました。また、各社員によるコラムにつきましても、11月度に掲載予定のものが最終回となります。

弊塾広報媒体の運用体制を見直す中、以上のように変更が相次ぎましたことを心よりお詫び申し上げるとともに、これまで各記事をお読みくださった皆さまに厚く御礼申し上げます。

今後更新を再開する場合は、改めて弊塾公式サイトならびにSNSにてご案内いたしますので、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

2026.09.11Vol.100 思い立たずは凶の今日(三浦)

 いつも、家から小一時間ほどかかる美容院に通っている。大学の最寄りにある美容院で、何かの技術が特別だというわけではないのだが(おそらく)、良い意味での惰性というか習慣で、十年近くの付き合いになる。きっかけは大学在学中、人生でほとんど初めて「思い立ったが吉日」を実行したことだ。
思い立ったが吉日。それ以外は全て凶、というのは何かで見た漫画の台詞だったかもしれないが、この「吉日」とは、行動における良い言い訳になる。
それまで私は家から徒歩十五分圏内の美容院に通い続けており、美容院の質というものに頓着したことがない。基準は気楽に過ごせるかどうか、それだけ。だから慣れた場所の方が良く、美容院を変えることもほとんどなかった。ただ、その日はなんとなく、「髪を染めてみたいな」と思った。きっかけが明確に何かあったわけでもないし、そういった欲求が常にあったわけでもない。本当にふと、染めたらどうなるだろう、と思い立っただけだ。
 普段であれば、思い立ったところで終わって、なあなあにしている。しかし、そこで他の美容院を探すでも、いつもの場所を予約するでもなく、講義の後にそのまま足が見知らぬ店に向いた。入った時、やんわりと「今日は偶然空いていたからいいけど、予約はしてくださいね」と言われたことを鮮明に覚えている。何色にしたいかも具体的に考えていなくて、全部おまかせにしたら、あまり目に見えての変化がなくてほんの少し肩透かしを食らった気がした。けれど、それから十年近くの付き合いになる。いつも予約画面が結構埋まっていて、「あの日は本当に偶然空いていたんだな」「申し訳ないことをしたな」としみじみ思う。
 そんなことを、この間、その美容院で髪を切ってもらいながら考えていた。従業員の顔ぶれが変わっていくほど、長い付き合いになった。
 志高塾の夏期講習期間、最終週の後半は連休になる。昨年はその二週間ほど前に、ふと「青森に行こう」と思い立った。青森は斜陽館などの記念館の関係でいつか行きたいと思い続けている場所で、けれども飛行機に対する腰が重く、なかなか踏ん切りがつかなかった。行きたい理由より、行けない理由を探すほうが早かった。しかし、八月末という猛暑の中、旅行先に選ぶならせめて涼しい場所が良いという極めて重要な条件を考えたとき、ようやく自然と候補に挙がった。そして初めて、青森に「行こう」と思った帰り道に旅程を調べた。弾丸旅行にはなるが一泊二日で目的地は回りきれそうなことがわかり、ChatGPTと相談する形で、その日のうちにある程度旅程を組んだ。しかしいざ飛行機を取ろうと思ったところ、ChatGPTが提示していた値よりも随分と高い数字が提示され、その値段に驚いてやめてしまった。そこで思いきれなかったことで、青森はかなり遠ざかったといえる。次に「思い立つ」日を待つばかりだ。せっかく青森に行くなら冬場がいいかもしれない。
 昨年は結果的に、城崎と倉敷で悩んで城崎にした。城崎の詳細な旅行記はすでに題材にしているので割愛するが、当時の私は温泉にまったく興味がなく、ただ「温泉街の雰囲気がよさそう」「それなりに近いし、午後から行って日が暮れてから歩き回れるだろう」というだけの理由で選んだ。しかしその旅でまんまと温泉というものにハマり、その後有馬温泉にも行くようになり、なんと今年の夏期講習も城崎に向かった。その際には昨年の「外湯巡り」で唯一入れなかった外湯にも訪れることができ、長期の改装中である一つを除けば、ひとまずコンプリートした形になる。
 基本的に無計画なので、思い付きで行動すると失敗することがほとんどだ。旅先ではじめて定休日に気付くとか、目的地までの移動方法がわからずに立ち往生するとか、無計画というよりは準備不足なことが多い。今年はその反省を生かして、以前はタイミングが合わずに寄れなかった飲食店三店ほどにも立ち寄ることができ、断念していた城崎マリンワールドにまで足を延ばせた。やりたいことは大抵叶ったが、それでも来年も足を運ぶのかもしれない。美容院のような、もはや「習慣」として。
 ある日思い立ったことが、思いのほか続いていくことがある。そうやってきっかけを多く持っている人を、「行動力がある」と評するのだろう。思い立ったが吉日。マリンワールドでは、釣り堀のようなコーナーがあったので、一人で人生初のアジ釣りをした。これは習慣にならない気もするが、挑戦のハードルは日々下がりつつある、のかもしれない。

2026.08.21Vol.99 長い瞬間(竹内)

夏期講習期間に入ってから、豊中校から池田市内の自宅まで週2ペースで徒歩で帰っている。やりたいやりたいと思うだけで思うように継続しないランニングをどうにか頑張る方が良いのだろうが、しなければならない帰宅そのものを運動にしてしまう方が心理的ハードルは低い。並走している宝塚線の線路とは蛍池で別れ、国道176号線をひたすら歩き続ければ池田駅の前に到着する。おおよそ授業1コマ分。Googleマップで経路検索しても所要時間は同じくらいなので、特段ペースが遅いわけではないようで一安心である。きっとこんなのは時間の無駄であろう。早く帰って夕食を取り、翌日に備えて寝るのが良いであろう。だが、私はできる限りこういうことをしたい。途中駅である蛍池や石橋阪大前ではほとんど下車することがないため、車窓から見える道を実際に通ってみると新鮮である。また、歩いてみることで道に起伏があることもよく分かる。

歩きスマホは危ないので基本的に他に出来ることはないのだが、耳は自由ということである程度周囲に注意を配っていた1回目以降はPodcastで適当に気になったものを聴いてみることにした。ある時は、たまたま前日に最新回がアップデートされていたことでおすすめ表示された文芸評論家である三宅香帆の「視点倉庫」を選んだ。ゲストは岡山出身の歌人、大森静佳。彼女のことをこの時初めて知ったのだが、その彼女が心を動かされた現代短歌として挙げていた吉川宏志の一首が印象的だった。

「海の場面に変わる映画のひかりにて腕の時計の針を読みおり」

時々テレビ番組などで短歌が特集されるのを見ていると2回詠まれているが、この時は文字情報がなかったことから「だから2回詠まれるのか」と解釈した。音だけでは2回でもぱっとはイメージできなかったのだが。スクリーンに映し出される場面の明かりで時計の盤面を確かめる様子。短歌はもっと熱っぽいというか、気持ちが前に出ている作品が多いように捉えていたのに対して、これは状況に焦点を当てている感じがした。退屈な時間を持て余しているのか、はたまた残り時間から今後の展開を予想しているのか。それは定かでないのだが、ささやかな光源を頼りにしてちらっと腕を動かす仕草は、自分の無意識の行為に含まれているように感じられる。

相手をあざ笑うこと、見下して馬鹿にすることという意味を持つ「冷笑」の姿勢がネット社会からじわじわと生身の人間のコミュニケーションにも広がりつつある。正面切って対峙することなく、盛り上がっている物事や本気で何かに取り組む人を一蹴する。自分がわからないものや、相容れないものを「笑う」ことで自分の下に置く。

いつかの日曜、夕方から甲子園で高校野球を観戦してきた。今回初めて球場に着いてから当日券を買った。内野席は売り切れていたので、普段の阪神の公式戦ではほとんどチケットが取れないことへのせめてもの慰めとしてライトスタンドで見ることにした。その際、売り場のスタッフに1塁側の出場校の一覧を提示され、そちら側の席で良いか念押しされた。目当ての学校があったわけではないので気に留めることもなくそのまま購入したのだが、「わざわざそんなこと確認するのか」と意外だった。そのように思う人は私のほかにもいるだろう。しかし、3点差を追いかけていた1塁側のチームが、終盤にかけて徐々に相手投手をとらえ始めたころから、応援団の音頭に合わせて手拍子するライトスタンドの人々が増えた。「1塁側」というちょっとした帰属意識があったのかもしれない。逆転サヨナラ勝ちになれば面白いよなと、分かりやすいドラマを求めるような空気。高校生くらいの自分なら同じように肩入れしていただろうが、その雰囲気に抵抗感があったので大人になったものだ。攻防戦に手に汗握る展開が大きな魅力であるのは確かな一方で、「熱狂」は刹那的だ。そういう意味で、瞬間的に評価を下す「冷笑」と通じる部分があるのではないだろうか。その時の盛り上がりに身を任せること、その時に軽妙にばっさり切り捨てること、それらは本来そのもの自体が持っている文脈をないがしろにしてしまう。

時間とは一瞬の連続である。瞬く間に過ぎていくたくさんの「瞬間」の、一つでも多くに自分なりの意味付けを行うことが自身を豊かにするのだろう。消費者になっている時があること、主体は自分にあることに気付けるか否か。

2026.07.31社員のビジネス書紹介㉞

徳野のおすすめビジネス書

堀田秀吾 『大事なことだけ聞く力』  サンマーク出版

多くの冊数を手に取ってきたわけではないものの、心理学や脳科学の本を読んでいて面白いと思うのが、「人類は石器時代と比べて大して進化しているわけではない」という事実である。本作は、とりわけ日本人が「人の話を聞きすぎる」という状態に陥いりがちな背景を人類学、行動心理学、言語学といった様々な分野の観点から分析した上で、人々の悩みを根本的に軽減していくための具体的な仕組みを状況に応じて提示してくれている。著者は明治大学法学部の准教授なのだが、世間一般でイメージされるような「文系」の枠組みに収まらない知見を生かした研究を行っている。実際、堀田氏は著作のタイトルに「科学的」という言葉を盛り込むのを好んでいるようだ。(『科学的に証明された すごい習慣大百科』、『科学的に元気になる方法集めました』など。)

さて、本作が取り扱っている「聞く」には主にニつの意味が含まれている。一つ目は「周囲にアドバイスを求める」で、もう一つは「傾聴する」だ。そういった姿勢を心がけるのは良い事とされているが、時代が進むにつれて過剰になっていき、真面目な人ほど心身共に消耗してしまうという側面も忘れてはならない。では、なぜ、誰かとコミュニケーションを取ると疲労感が生まれるのか。人類は狩猟中心の生活を送っていた大昔以来、共同体内の結束力を強めることで生存確率を上げ、さらには技術と文化の水準を高めてきた。だから、集団内での孤立を本能的に恐れるようになり、身近な人からの言葉をきちんと受け止めたり、仲間内での合意形成に努めたりする傾向を強く示すようになったのだ。さらには、マスメディアとSNSの発達に伴い、一人の人間が一日に触れる情報量は膨大なものとなり、日常の中で選択と判断を求められる機会も増えていった。すると、脳は思考に費やすエネルギーを節約しつつ失敗を避けるために、他者からの声に依存するような動きを見せるようになる。その反面、色々な意見に触れるうちに決断ができなくなったり、聞き役に徹してどっと疲れたりという皮肉な事態を引き起こしてもいるのだが。

繰り返しになるが、「聞き上手」は社会生活を営むのに欠かせない素質である。重要なのはバランス感覚だ。疲弊しないためには、➀必ずしも真剣に受け止める必要のない情報を見極めることと、➁相手と会話のキャッチボールをすることを、意識した方が良い。

まず➀については、主語が「みんな」で、語尾に「するべき」「するのが普通」と付くような、つまりやや乱暴な一般論に過ぎないような意見には注意を払う必要がある。そもそも、ある人にとっては常識でも、他の人にも当てはまるわけではないケースなど幾らでもありうる。そこを認識せずに、自分の軸を持たないまま周囲、特に目上の人から「正解」を教えてもらおうとしても物事は進んでいかない。「自分は何をどうしたいのか」と己に問いかける時間を作るためにも、迷った時はその場で結論を出そうとせずに(期限を決めた上で)後日に持ち越す判断も有効だ。

そして、➁は当たり前ではないかと思うかもしれない。しかしながら、良くも悪くも「聞き上手」な人の場合、他者が一方的に語るような形を容認してしまう。話している方は気分がすっきりするかもしれないが、ひたすら耳を傾けるだけでは相手との関係はそれ以上深まっていかない。親密度はお互いが自己開示することで深まっていくものだからだ。「一人ぼっちになりたくない」「嫌われたくない」という消極的なモチベーションを越えて思い切った言動を見せた方が人生の幸福度は高くなる。

しかしながら、➀と➁はあくまで、数ある改善策のうちの一部に過ぎない。様々な方法にあれこれ手を出すより先にすべきなのは、どういった場面で「聞きすぎる」のか、そもそも「聞きすぎている」のではないかと自覚することだ。そういった客観視のためにも、自分が置かれている状況と、その時に湧いてくる感情を言語化する習慣から身に着けておきたい。

 

竹内のおすすめビジネス書

金川顕教 『AIに負けないためにすべての人が身につけるべき「営業学」』 KADOKAWA

「営業の電話がかかってきた」「営業トーク」という言葉が用いられる際、あまり好意的に取られていないことが多い。そもそも営業の仕事では自社サービスが顧客のニーズに応え得るものであることを提示し、契約を結ぶことが目標とされる。自分たちの持っているものが何で、それが相手の求めているものと合致しているか、もしくは相手の困りごとを自分たちならどのように解消できるのか、そういったものを見せられることが不可欠である。しかし、それが一方的な押し付けになると、先のような印象を相手に与えることになる。人を介さずともオンライン上で買い物などの手続きを済ませられるのが当たり前になっている昨今、関わる人がどのような人物であるかによって対面での購買意欲は変わってしまう。

教室では随時体験授業を行っているが、隈なく志高塾のサイトを見てくださっている方がほとんどである。そうやって気に入り、期待を込めてお子様を通わせてくださっていることに応え、子どもたちを強くしなやかにしていくことがまず第一である。ただその上で、一度は扉を叩いてくれたはずの方に、そのまま足を踏み入れてもらえるようにできなかったことは自分の中に強く残る。「ニーズに合わなかった」と言ってしまえばそれだけかもしれないが、色々な子がいて、一人ひとりに寄り添いながら前進させていく我々のスタイルに、本来「合わない」と断言できるものはないはずなのだ。

自分たちの提供できるものが、必要とする人にきちんと届くようにするために、サービスの中身は当然のことだが届ける側の「人」を磨いていくことが同様に重要だということになる。子育てをしていての希望や不安、具体的に目指す学校などがあるはずで、それらを引き出し正確に掴む。それに対してどのような打ち手を挙げられるか。提供できる情報を持つことは信頼につながり、「この人から聞きたい」と思っていただけるようになる。情報収集は「インプット」ということになるが、「アウトプット」するからまた新たな情報が入ってくるとも言える。つまり、自分が知ったことを他者に伝えるからこそ、それによって相手が考えたことや思い出したことが返ってくるということだ。「営業」としてのマインドが多く紹介されていたが、その肩書であるかとは関係なく、自分が念頭に置くべきは情報を循環させることだといえよう。

 

三浦のおすすめビジネス書紹介

荒木博行 『努力の地図』 クロスメディア・マーケティング

努力をすれば報われる、とは古来より語り継がれてきた言葉だろう。あるいは、努力が報われることはないという諦めも同様に。私自身は努力家からはほど遠い自覚があり、「努力をするのも才能のひとつ」と思い込んでいる節がある。本書の冒頭では、まず「努力」とは何か、「報われる」とはどういうことかを定義しないまま、努力論について語られていると述べている。確かに、努力と聞いて想像するのは漠然とした我武者羅なもので、報酬と聞いて想像するのは漠然とした成功だ。

まず「努力」について、著者は四つに分けられるものだという。真っ先に浮かぶ「量をこなす」努力だけでなく、「質を高める」もの、そして目標に何が必要かを見定める俯瞰的な「設計」の努力、そして何より目標を正しく定める「選択」の努力。単純な目標であれば取れる手は限られるため、必然的に「量と、できれば質」が重要になる。しかし目標が高く、そして複雑になればなるほど、そういった力任せなものだけでなく、頭を使って考える努力も必要になってくるという。定期テストで特定の教科の点数を取ることと、志望校に合格することでは、まったく違う努力のやり方が必要になるというわけだ。

そして「報酬」。報酬は、本人が目指していた目標からどれだけ離れているか、そしてそこに辿り着くまでの時間によって分類されるという。離れた報酬とは、いわば副産物だ。ギターの上達を目標に練習していたところ、腕前はそれほど上がらなかったものの友人関係が増える。これは目標から離れた報酬で、無意味ではないが、「本気で上手くなりたいだけ」の人間には意味がない。あるいはアスリートなどのストイックな分野ではなおさらだろう。本当に目標に向かいたいのなら、この副産物を報酬として目的にしてはいけない、という。

私はどちらかといえば、副産物にこそ意味があると思うタイプだ。目標を達成して終わりというよりは、そこに辿り着くための過程にこそ意味がある、と。しかし、当の本人が目標を叶える前に、「こっちでいいや」と思ってしまうのは本末転倒だ。講師としての視点に立ち返ってみれば、生徒を含めた他者の努力に対して「こういうポジティブな結果が出ている」と認めつつ、本人の本来の目標からずれないようにサポートする。そしてその道程のため、適切な「努力」の形を共に模索する。それが、見守る側に必要なことなのではないか、と思う。

2026.07.03Vol.98 でこぼこな連帯(徳野)

【社員ブログ 更新頻度変更のお知らせ】

いつも 『志同く』をご覧いただき、誠にありがとうございます。
この度、弊塾広報媒体の運用体制を見直し、2026年7月より本ブログの更新頻度を以下の通り変更することといたしました。

変更前:毎週金曜日更新
変更後:毎月第2週および最終週の金曜日に更新
※初月(2026年7月)のみ、第2週分は7/3(金)に更新させていただいた本ページとなります。

今後隔週にはなりますが、皆さまにより一層興味深く読んでいただける内容をお届けできるよう邁進いたしますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

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映画館の上映室でたった一人、という事態に遭遇したことがある人はどれくらいいるだろうか。つい先日、他ならぬ自分が経験者になってしまった。そして、実際に経験してみてまず湧き上がってくるのが、静かな恐怖である。以前、夜の大阪ステーションシネマで中年男性と二人きりになった時よりも緊張感があった。特に怖かったのは終映後である。室内灯が点いてから係員さんがドアを開けてくれるまで1分ほどの間があったのだが、ほんの60秒間ポツンと待たされただけでも、「このまま永遠に、誰も助けてくれなかったらどうしよう」という不安に襲われた。世界から隔絶される気分とはこういうことなのではないだろうか。
さて、アップリンク京都にて、唯一の観客として鑑賞したのは≪熱狂をこえて≫という作品である。1994年に日本初のプライド・パレードを開催し、自身も男性パートナーと同居している南定四郎(みなみ ていしろう)氏の半生を振り返るドキュメンタリーだ。まず印象的だったのは、御年94歳とは思えぬ南氏の旺盛な活力だ。アルコールと高カロリーな食事に舌鼓をうち、一回りも二回りも若い仲間たちと豪快な声で談笑する彼に、私は体力も気力も負けている気がしてならない。さらに、カルチャー誌の編集に長年携わってきただけあってファッションセンスにも優れ、ショッキングピンクのジャケットを粋に着こなしてパレードの先頭に立つ姿には惚れ惚れとしてしまった。エネルギーとカリスマ性に溢れた魅力的な人物である。そして、当事者だからこそ持ち得た(当時としては)先進的な己の価値観を信じ、世間から向けられる偏見のまなざしを相手取ってきた南氏の闘姿は、まさに「生きた歴史資料」と言えるだろう。
しかしながら、同作の狙いは南氏の功績への称賛だけにあるわけではない。彼の、引いては1980年代後半から90年代前半にかけてのゲイ・コミュニティによる内省と「懺悔」を記録することにもある。
南氏はパレードを主催する以前から、同性愛者の人たちのための居場所づくりに心血を注いできた。1984年に国際レズビアン・ゲイ協会(略称はILGA、当時の組織名は「国際ゲイ協会」だった)の幹部から日本支部の設立を持ち掛けられたのをきっかけに、欧米での事例を手本にしながら様々な取り組みを展開していった。出版業で得た豊富な資金を元に、映画祭の企画、電話相談窓口の開設、パブリックスペースの運営など、意義を感じたアイデアには次々と手を出し、その果てに満を持して実施したイベントが≪第1回レズビアン&ゲイパレード≫だったのだ。1980年代末期の「エイズパニック」に立ち向かわねば、という切実な気概もあっただろう。年表的な実績だけを踏まえると南氏は「身を粉にして働く精力的な人権活動家」に見えるし、その人物評が決して間違いではない点は強調しておきたい。だが、実態はもっと複雑である。彼が良かれと思って実現させてきた取り組みは長くは持たず、パレードも第3回目にして早くも休止に追い込まれた。原因は「独善」にあったと、南氏が自ら認めている。外部からの圧力に負けたのではなく、内側から崩壊が起こったのだ。
南氏が作中で繰り返していた言葉の一つが「連帯しなくちゃいけない」である。その発言に関して鑑賞中は「結束を強要したら、かえって組織の足並みが揃わなくなるんだな」程度の感想しか浮かんでいなかったのだが、後日改めて「連帯」の定義を調べていたところ、NHK出版デジタルマガジンの『「連帯」は、バラバラな私たちが、バラバラなまま共に生きていくためのノウハウ』という記事を見つけた。南氏が前提にしているのであろう意味合いとはかなり違う。さらに読み進めてみると、人種や性的指向といったアイデンティティ面での共通点を持つ人々が団結して政治活動を行うことの功罪にも言及されていた。危険性については「自分たちとは異なるアイデンティティを持つ集団との差異を強調するあまり、国内の精神的分断を招く」という、まさに昨今のアメリカで顕著になっている問題が指摘されている。さらに、《熱狂をこえて》が浮き彫りしているのは、社会的少数者のコミュニティが「不寛容な世論」という巨大なものと戦おうとしていたにも関わらず、集団内の多様性を自ら軽視する方向に動いてしまった様子である。具体的には、当時のILGA日本支部に属していたゲイ男性の中には、年下のメンバーや女性に対して高圧的な態度を取ったり、彼ら彼女らからの意見を切り捨てたりする者も存在したらしい。そして、トップに立っていた南氏の我の強い人柄が、風通しの良くない雰囲気を助長していた面は否めない。今となっては一大イベントとなったプライド・パレードに対してさえ、当初は反発の声が少なくはなかったらしい。そんな組織に対して積もりに積もった怒りが爆発したのが第3回パレードでの出来事だったのだ。その後、取り返しのつかない悲劇が起こったのを機に自責の念に駆られた南氏は活動から身を引き、沖縄で20年近く隠遁生活を送ることとなった。久しぶりに再会した仲間たちと酒を酌み交わす際にも「記憶に残るのは嫌な思い出のほうだね」ときっぱりと言い切っていたのは印象的だった。
ILGA日本支部が事実上の解散をしてから数十年。南氏の生きざまを映像に残した松岡弘明氏も自身のセクシュアリティを公表している。LGBTQ+の尊厳を守るべく紆余曲折してきた社会運動の歩みを自己批判的に辿っていくような構成は、若い世代の当事者だからこそ編み出せたものだろう。そんな監督の人物像も知るべく、インタビューが掲載されている『LGBTR.』というサイトを覗いてみたところ、時代の変化を実感した。松岡氏を含め様々な背景を持つ性的マイノリティの人々の言葉に触れられたのだが、自身とは異なるアイデンティティや主義主張を持つ他者との間に壁を作らないことを強く意識している様子が窺えた。例えば、「自分は生きているうちに親しい人に打ち明けられた方が良いと考えているけれど、カミングアウトするのが正しい、と言ってしまうのは違うと思うんです」と発信する形で個々人の選択を大切にしたり、「異性愛者の人たちも皆、何かしらの悩みを抱えている」という風に視野を広げてみていたりと、新しい意味での「連帯」、言い換えると「包括」を目標に掲げたメッセージが数多く盛り込まれている。自身について語りながら、他者の語りに徹底的に耳を傾ける。松岡氏が常にその姿勢で物事に向き合っているからこそ、被写体となった南氏も心を開き、苦く重い己の過去に対峙できたのだろう。
私が「LGBT」という枠組みを知ったのは大学生の頃だ。正直に言うと、27年間生きても自分のセクシュアリティに未だに確信が持てない。そんな立場なので、いつの間にか言葉の末尾に「Q」と「+」が増えている現在に戸惑いを覚えている。当事者および賛同者の方々の熱量にまだまだ付いていけていないのだ。しかしながら、私と同じような感覚を持っている人、もしくは、性の多様性に元から興味が薄い人も少なくないのだと思うし、アップリンク京都の客席が残酷にもそれを物語っている。だが、奇しくも「世界にたった一人きり」を思わせるような状況に身を置いたことで、閉鎖的な故郷で南氏が味わっていただろう孤独感に近い何かをほんの60秒間だけ窺い知れた気がしている。それもまた一つの「連帯」である。

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