
2025.09.02Vol.701 SHIKOJUKU
例のごとく3人の子ども達を母に預け、3泊4日の北海道旅行を妻と2人で楽しんで来た。主な目的は、トマムに宿泊して、グラングリーン大阪での安藤忠雄展において十字架が原寸大で再現されていた「水の教会」を実際に訪れることと雲海を見ることであった。「水の教会」も「雲海テラス」もいずれも宿泊したホテルの敷地内にある。レプリカの十字架ですら、それを前にして心地良さを感じながら何をするわけでもなく15分ほどそこに身を置いていた。他の人は5分ぐらいで立ち去っていたはずである。日頃ゆったりとした時間を過ごさない私にとっては珍しいことであった。それがきっかけで今回の旅行先を決めたぐらいなので、相当な期待感を抱いての訪問であったが裏切られることはなく、朝2回、夜1回で合計1時間ぐらいはボーっとしながら教会の椅子に座っていた。日中は結婚式場として使われるため、朝は6時半から、夜は20時半から、それぞれ1時間ずつしか開放されていないので、それを踏まえた上で、朝起きる時間や夜ご飯をいつどこで食べるかなど滞在中の計画を立てていた。雲海は、ホテルが前日に発表している予報では発生確率が30%であったにも関わらず、見事なものを目にすることができた。後からホテルの人に尋ねると、予報では30%ぐらいであることが多く、今シーズンの実際の発生率は50%強であるとのことだったので、期待値を上げすぎないように少し低めに設定しているのであろう。「30%やのに見れてめっちゃラッキーやん」となったのだが、そういうからくりがあったのだ。だからと言って、人生初の雲海の価値が減じられるわけではない。
さて、ここからはタイトルとも関係する本題へ。冒頭、「例のごとく」としたが、それは去年妻とスイスに行ったときにも2週間ほど面倒を見てもらっていたからだ。国内外を問わず家族旅行をするときは時期も場所も基本的には私が決めて、妻や子どもたちの要望を反映して行くという手順を踏む。スイスのときは、それがチューリッヒ郊外にあるリンツの工場見学であった。まったく気が進まなかったのだが、結果的には楽しかった。現在のチョコレートの起源は、カカオ豆から作られた苦い飲み物にあること、それをスペイン人がアステカからヨーロッパに伝えたこと、試行錯誤を経て液体から固体にすることができたことなどを学べからだ。また、カカオ豆の原産地はアフリカだと思い込んでいたが中南米だった。生産量1位のコートジボワールには宗主国のフランスが、2位のガーナにはイギリスが、大量生産するためにカカオの木を移植したのだ。知的好奇心は人並みにはあるものの特別強いわけではない。だが、新しいものに触れると、単純に「おお、そうだったのか」という軽い感動のようなものを覚える。念のために断っておくと、上で「まったく気が進まなかった」と述べたが、さすがの私でもそれを口や態度には出さない。「水の教会」や雲海のときのように、事前にワクワクしないだけの話である。
今回は先にトマムに二泊して、その後札幌に一泊することを伝えた上で、「どこか行きたいところ探しておいて」ということだけを告げておいた。そして、妻が挙げたのが、前回に続き工場見学ツアーであり、「自分だけの香水を作る」ということしか事前に知らされていなかった。特段の興味が無かったので私が何も尋ねなかったからだ。ナビは住所を入れて設定したので、会社名を知ったのは現地を訪れてからであった。道中、参加費を尋ねると一人千円ちょっとで随分と安いし、砂川町と聞いたこともないような田舎にあるしで、他に参加者などいるのだろうか、という疑問が頭をもたげていたこともあり、駐車場に着き、ガラス張りの工場内を見たときの私の第一声は「あれっ!?結構、人いるやん」であった。訪れたのは株式会社シロ。昨日行った美容院の担当の美容師も、もちろん知っていますよ、ということだったので、多くの女性にとっては馴染みがあるのだろうが、私同様にその名前すら聞いたことがないという男性は少なくないはずである。結論からいうと、リンツと比べものにならないぐらいの刺激をもらえた。とにかく企業理念が素晴らしい。そのうちのいくつかを示すと、ガラス張りにして包み隠すことなく作業している様子をさらけ出していて、すべての動物が出入り可能であり、子どもたちが楽しく遊べるような仕掛けもあった。自分で言うのも何なのだが、業界は違えど、私がやりたいことと彼らのやっていることのベクトルの向きはそれほど違わないはずである。しかし、その長さが全然違うのだ。「自分で言うのも何なのだが」から始まる一文は思い付くままに表現したのだが、それが現実を物語っているのだろう。まだ私はメンバーを巻き込め切れているという実感を持てていないので単数になっていて、かつ未来形なのだが、彼らは複数形で現在進行形なのだ。それはとりもなおさずトップの力量の差である。才能の差ではない。私が気持ちを入れ替え、行動をし始めれば今すぐにでも少しずつ埋めて行けるものである。
株式会社シロの前身は株式会社ローレルであった。世界進出を目指そうとなったときに、その名前では商標登録ができずに、現在会長を務める今井浩恵氏が、自らの下の名前から”hiro”を取り、二人の息子の名前の頭文字が共に”s”であったことからそれらを組み合わせて”shiro”となった。そして、あるタイミングで、世界的なハイブランドは大文字だけで構成されていることが多いことに気づき、”SHIRO”に変更した。実際に調べてみると、Louis VuittonやHermèsなど、例外もそれなりにあるが、大事なのはその行動に気持ちがこもっているかどうかである。
比較することが目的ではない。彼らに限らず良い取り組みをしているところから学び、自分たちのベクトルを少しずつ長くして行くことこそが重要である。ベンチマークという言葉はそういうときにこそ使うものなのであろう。