
2026.06.30Vol.740 あの時ああして
何かしらうまく行かなかったことに対して、あの時ああしていれば、となることがある。旅行記(Vol.732, 733, 738)に絡めると、充電がうまく行かなかったとき、スタックしたとき、ばっちり自らの選択を後悔した。その場合の「あの時」はそれほど遠くない過去であり、また、「ああしていれば」の「ああ」はかなり限定的で分かりやすいものが頭に浮かぶ。イギリスでガソリン車を、アイスランドで4WDを借りていれば、となる。だが、子育てにおいてはどこまで遡れば良いかも分からず、それもあって「ああしていれば」の「ああ」はものすごくぼやっとしたものであることが多い。実際は、「ああ」を否定する形の「ああしていなければ」であり、その代わりの「ああしていれば」が無いままに、何かもっと理想的なやり方があったかもしれない、の状態で留まっていることが少なくないのではないだろうか。言葉遊びのようになってしまっているが、我慢してお付き合いいただきたい。元々この段落は話のまとめとして最後に持って行く予定にしていた。結論部分のアイデアが思い浮かんだので忘れないうちに書いているうちに、折角だから冒頭に持って来よう、となった。意見作文に取り組んでいる生徒に「いろいろな書き方をしなさい」というようなことをよく伝える。つい先日も、高校生に「俺のブログは700を超えた。『あの人、内容も構成もいつも似たようなばっかり』と思われたくないから、そうならないように工夫をしようとしている。ただ、一人の人間のやることなのでどうしても同じような感じになってしまうけど」という自らの例を挙げながら説明していた。結果としてバラエティに富んだものになれば良いのだが、決して簡単なことではない。だからこそ、少しでも良いから違ったものになるようにしよう、と心がけることこそが大事なのだ。
前回のブログ『Vol.739 ウェビナー集客のための旧友からの寄稿文』の中で、友人は、「私の息子は、東京のインターナショナルスクールに通っています。息子をインターナショナルスクールに通わせるという選択は、私たち夫婦にとって非常に大きな決断でした。私自身が米国と日本を行き来しながら仕事をしていることもあり、息子の教育については、米国の現地校、東京のインターナショナルスクール、私立小学校受験など、さまざまな選択肢を検討してきました。」と書き始めて、その後に、インターナショナルスクールに通わせるに至った経緯を詳しく紹介してくれている。私の場合で言えば、園庭が広いところでのびのびと育って欲しいという理由で幼稚園選びをし、小学校に関しては3人とも地元の公立小学校に通った。長男と二男は共に中学受験をしたが、三男はそうではない。
「あの時ああしていれば」となるが、別の道を歩ませていたとしても、かなりの確率でそれなりに多くの親が「あの時ああしていれば」となる気がしている。そう考えると、「あの時ああしていても」なのだ。開き直ってしまうと、子育てなんて思ったようには全然行かない。彼が寄せてくれた文章を読んで、夫婦で子育てについてそんなにちゃんと話し合えるのはすごいな、と感じた。とてもではないが私にそんな芸当はできない。だからと言って、私が、我々夫婦が適当に考えてきたわけではない。「その時そうすること」を決断してきているのだ。「決断」は少し大げさかもしれない。「その時そうすること」が良い、という判断を積み重ねてきた。
それこそ700以上のブログの中で何度か書いてきたはずなのだが、20代の頃はとにかく人生がうまく行かず、「こんなはずじゃなかった」という思いが強かった。そんなときに去来したのは「俺は、どこでどう間違えたんだろうか」という思いであった。内定が出ていた別の会社を選んでいたら、もっとうまく行っていただろうか、などと考えもした。でも、やはり「あの時ああしていても」だったはずなのだ。30歳目前で志高塾を始めたとき、30代の10年間は自らが成長する期間に充てよう、という思いがあった。立て直しには10年は必要だ、と感じるぐらい、人として根本的な問題を抱えていたのだ。思考の柔らかさや深さが明らかに欠如していたのだ。そんな状態で未来のある子供たちを教えていたのか、とのそしりを受けるかもしれないが、体験授業に来られたときでもこのブログでも、大きく見せようとすることなくその時のありのままの自分をさらけ出し、志高塾を選んでくださった方には、その期待に応えられるようにやってきた。
親から見て中2の三男がかなり大きな問題を抱えているので、そのことについて具体的に言及した上で文章を展開して行く予定にしていたのだが、先に述べたように結論部分から書き始めたら、偶然にもいつもとは違った展開のものになった。「今この時どうすれば良いのか」を考えながら、生徒たち、息子たちと接して行きたい。彼ら自身が、親御様が、私が「あの時ああしていれば」となり過ぎないで済むように。
2026.06.23Vol.739 ウェビナー集客のための旧友からの寄稿文
『帰国生のミカタ』という媒体を使って、7月6日(月)の日本時間11:00~12:00に、志高塾として初めて、海外在住・帰国子女の保護者向けのオンラインセミナーを行う。「志高塾として初めて」は「オンラインセミナーを行う」に掛かるので、「海外在住・帰国子女の保護者向け」も当然のことながら初体験である。それに向けてプレゼンテーションの準備を進めているわけだが、私の心配事は、時間通りに話をできるか、という一事に尽きる。「脱線(かなり長い)」は、文章に限ったことではないからだ。
タイトルにあえて「ウェビナー集客のための」と直接的な言葉を入れ込んだが、集客というのは単に申し込みをしていただければ良いというものではない。志高塾に関する最低限の知識や興味を持った上で参加していただかなければ私の話は響かなくなってしまうからだ。そこで、実際にオンライン授業を受講している生徒の親御様や生徒に文章を寄せていただき、それを事前に配信するウェブ記事の中で盛り込むことにした。それらに関しては今後、HPに掲載予定である。また、それらに加えて、米国企業で役員を務めている私の旧友にも文章をお願いしたので、今回はそれを紹介する。彼とは年に1, 2回ご飯を食べに行き、お互いの近況報告をしている。その前に、セミナーに関する案内を貼り付ける。
【帰国子女受験に勝つ国語力】作文・面接・読解で差がつく思考力・表現力を育てる無料Zoomセミナー(海外在住・帰国子女の保護者向け) – 帰国生のミカタ
私の息子は、東京のインターナショナルスクールに通っています。息子をインターナショナルスクールに通わせるという選択は、私たち夫婦にとって非常に大きな決断でした。私自身が米国と日本を行き来しながら仕事をしていることもあり、息子の教育については、米国の現地校、東京のインターナショナルスクール、私立小学校受験など、さまざまな選択肢を検討してきました。実際、東京の某私学受験対応塾にも通いました。ただ、小学校受験のプロセスを親として体感する中で、私たちが子どもの教育に何を求めるのかを改めて考えるようになりました。そして、私たち自身の価値観を見つめ直す機会にもなりました。そして最終的には、世界に開かれた環境の中で息子を育てたいという思いから、インターナショナルスクールという選択をしました。ただ、日本人でありながら、日本の義務教育を受けるのではなく、インターナショナルスクールに通わせることに不安がなかったわけではありません。その中で夫婦で何度も話し合い、一つの方針にたどり着きました。それは、息子が日本人としてのアイデンティティと、日本語という母国語をしっかり身につけながら成長できるよう、インターナショナルスクールでの教育に加え、家庭においてもその土台となる環境を整えるということです。一見すると少し欲張りな考え方に思われるかもしれません。しかし、子どもを海外で育てる、あるいは日本でインターナショナルスクールに通わせるという選択をする以上、自らのルーツや母国語を自然に育める環境を整えることは、親としてできる大切なサポートの一つだと私は考えています。私たちが米国の現地校ではなく東京のインターナショナルスクールを選んだ理由も、少なくとも小学校段階においては、世界に開かれた環境と、日本語や日本文化に自然に触れられる環境との両立を重視したからでした。
私は大学を卒業するまで日本で育ちました。塾長の松蔭先生とは学生時代の旧友です。20代で渡米し、20年以上にわたり米国と日本の両方を拠点に仕事をしています。仕事柄、日々さまざまな国のお客様やチームメンバーと英語で仕事をしています。しかし今でも、物事を深く考えるときは意識して母国語である日本語に立ち返ります。それは英語力の問題ではなく、母国語だからこそ捉えられる感覚やニュアンス、物事の細やかな手触りがあるからです。英語を母国語としない私だからこそ、言語力を身につけることの重要性は身をもって理解しているつもりです。しかし同時に、グローバルな環境で仕事をしながら実感するのは、言語力はあくまで一つの手段に過ぎないということです。大切なのは、どの言語を話せるかではなく、自分なりの考えや伝えたい「こと」を持っているかどうか、そしてその思考にどれだけ深さがあるかだと思います。だからこそ私は、息子には母国語を通じて物事を観察し、構造的に捉え、想像し、問いを立て、創造し、自分の言葉で表現する力を身につけてほしいと願っています。その土台があってこそ、異なる文化や価値観を理解し、世界とつながることができるのではないでしょうか。
松蔭先生や私が育った時代には、今のようなテクノロジーのインフラはありませんでした。しかし、AIやインターネットがこれだけ普及した今の時代は違います。母国語である日本語をしっかりと習得し、日本文化への理解を深めながら、英語をはじめとする多言語や異文化も身につける。そんな新しい時代の、少し欲張りなバイリンガル教育が実現できる時代になったのだと思います。そして、私が子どもたちの教育について考える上で、もう一つ無視できないのがAIの存在です。私自身、一人の親として、2040年頃の社会がどのような姿になっているのかをよく考えます。その頃には、大学や企業の存在意義も今とは大きく異なるものになっているでしょう。その時代における「競争」とは何を意味し、「豊かさ」とは何を意味するのか。その答えはまだ誰にも分かりません。しかし、将来よい大学に進学するため、あるいはよい企業で働くために学ぶという考え方は、これから大きく変わっていくのだと思うのです。むしろ、AIによって人間により多くの余暇が与えられるのであれば、息子が大人になっても好奇心を持ち続け、本を読み、冒険し、探究し、学ぶことそのものに喜びを感じてくれたなら、それこそが豊かな人生なのではないでしょうか。だからこそ、学ぶことや考えることそのものの楽しさ、学び方、そして学び続けるリズムを教えてくれる場所が、今の子どもたちには必要なのだと思います。
幸いなことに、私には松蔭先生という心強い友人がいます。彼が志高塾で実現しようとしている世界は、まさに私が息子を含めた子どもたちに願う学びの姿そのものです。そして、いやがおうでもやってくるAI時代を生きる子どもたちにとって、新しい学びのインフラになると確信しています。
2026.06.16Vol.738 初体験×旅行ver.3
約1か月前のブログ「Vol.733 初体験×旅行ver.2」を以下のように締めた。「アイスランド2日目、雪が降り積もった駐車場で車がスタックして1時間ほど悪戦苦闘したことを中心に話を展開するはずだったのだが、例のごとく本題にたどり着くことなく私の文章自体が空転した。」
イギリスで電気自動車の充電に難儀したこと、アイスランドでスタックしたことを何人かに話したところ、異口同音に「チャレンジャー」という言葉をちょうだいした。確かに、日本で電気自動車に乗ったことも雪が積もったところを運転したことも無かった。ただ、イギリスにおける充電ステーションは日本と違い充実していること、また、アイスランドのレンタカーはどれもスタッドレスタイヤであることも確認済みであった。イギリスではスピード違反に気を付けること、有料区間が分かりづらいこと、アイスランドでは一般的なものに加えて飛び石の保険に入ること(舗装されていない道路がそれなりにあるため)、突風でドアが壊れることがあるので開け閉めの際には注意することなどについて調べていたので、「備えあれば憂いなし」の心境であった。
さて、スタック。駐車場に入ると、「これじゃあ他の車が出すの大変やん」という位置に何台かの車が止めてあったので、私は迷惑を掛けないように少し距離を取って駐車しようとしたところ、ふかふかの雪の中に前輪を突っ込んだのだ。突っ込んだ、と表現したが、その瞬間を認識したわけではなく、車をバックしようとしたときに「あっ」となり、他の人がなぜあのような無茶苦茶な止め方をしていたのかを悟った。初めての経験であったため内心それなりに焦りはしたが(これに関しても、その瞬間にその後にどのような苦労が待ち受けているかを理解していたわけではなかった)、二男がいる手前、それを表に出すことはできなかった。正確には、誰かが見ていないひとりのときでも、落ち着いて対処することを日頃から心がけるようにしている。何かしらのトラブルが起こったとき、「もし、この慌てている姿を息子たちや生徒たちが見てたらどう思うだろうか?」というのを意識するようにしている。それによってある程度は冷静に行動できるため、問題の解決にもつながりやすい。一方で、失敗は積極的に見せるようにしている。誰も失敗などしたくはないが、意に反してうまく行かないことがあれば包み隠さずにできる限り見せる、というのが適切な表現かもしれない。簡単にまとめると、「大人でも失敗することはそれなりにあるし、でも、そのようなときにできる限り落ち着いて解決を図ろうとするのが大人だ」ということを息子たちの親として、生徒たちに接する先生として見せる必要があると考えている。たとえば、読解問題では本文にだけ目を通した状態で、解答を見ずに丸付けをする。志高塾では、選択問題は消去法で解かせて、正解か不正解かを伝える前にその理由をすべて説明させる。時に生徒と私の答えがずれ、しかも生徒の方が正しいことがある。あまりにもそのようなことが多いのは好ましくないが、少々の間違いぐらいではぐらつかないような信用を得ていることが大事だと考えている。自分で解いたときは間違えたのに、あたかも最初から分かっていたような顔をして解答を見ながら解説をするだけでは役割を果たしたことにはならない。
さてさて、スタック。既に述べたようにそこから抜け出すのに1時間を要したのだが、私はそのほとんどを前輪周りの雪を取り除くことに、二男はタイヤの下にかます石を探すことに費やした。雪が積もっている中で適当なサイズの石を手に入れるのは大変な作業である。そのようなものを見つけても、転がっているわけではなく地中に埋まっていたので、二男は手元にある石をトンカチ代わりにして掘り出さなければなかった。後から振り返ると、そのときの二男は非常に頼りになった。きっと、3人の息子の中でそのような働きができるのは二男だけだろう。何をするかを理解した上で行動も伴っていたからだ。四字熟語を充てれば、臨機応変 当意即妙といったところだろうか。瞬間的な対応できれば、時に人から「機転が利く」といったような評価を得られるのだろうが、それに満足するのではなく、日頃から時間を掛けて、読書をするなどして広く知識を得て、深く考察をするという訓練を重ねて欲しい。それによって、その機転が利く、という強みがより生きるようになるからだ。そのことはまだ二男に直接伝えてはいない、折を見て話をしようと考えている。
さてさてさて、スタック。必死になって前輪周りの雪を除いたところ、タイヤがどれぐらい地面から浮いているか、また、駐車場のへりまでは右の前輪の方が断然近くにある、ということが分かった。石をかましてもうまく行かず、我々が格闘しているのを見つけた女2人、男1人の外国人3人組が助けに来てくれた。1人の女性に運転席に乗ってもらい、もう1人には指示役をお願いし、彼と我々親子の男性3人で押していた。それでもだめで、それを見かねた若い男性が1人そこに加わり、とにかく右の前輪が駐車場のコンクリート面に乗るように、真っ直ぐ後ろにではなく、右のヘッドライトの方に4人で固まって力を合わせたところどうにか抜け出せた。もちろん、その後はみんなでハイタッチである。もし、誰もいないところで同じような状況に追い込まれていたら、保険会社につたない英語で伝えなければいけなかった。そんなことを想像すると、冷や汗どころの騒ぎではない。
今は高1の二男。中2の終わりに親子大喧嘩をして、そこから約半年間挨拶以外の言葉をまったく交わすことが無かった。そのようなことも旅行中のトラブルも無いに越したことはない。雨が降らなくても地を固めることはできるが、折角そのようなことを経験したのであれば、その分と言わずに、欲張ってその分以上に固くしたくなる。この前の土曜の夜、その二男がドアをノックして珍しく私の部屋に入って来た。サッカーがそれなりに強い公立高校に入学したのだが、1年生が20人以上いる中で3人だけトップチープの公式戦のベンチメンバーに入れることになり、その1人に選ばれたことを伝えに来たのだ。翌朝妻から聞いたのだが、「パパには自分で報告するから、ママは言わないで」と口止めされていたらしい。
息子たちにとっても生徒たちにとっても、何か良いことがあったときに知らせたくなるような、何か困ったことがあったときに相談したくなるような、そんな人でありたい。
2026.06.09Vol.737 満を持して「ファイルの法則」
授業の際に生徒が持って来るのは、ファイル、教室で借りた本、筆記用具の3つ。ファイルにはそれまで取り組んだ作文、読解問題、それにこちらか配布する月間報告などが挟まれている。
作文1つにつき、その中で書けなかったものをピックアップして大抵は3つほど漢字の練習をさせる。2つ目の要約作文教材である『ロダンのココロ』では、「勘違い」や「縁側」というのが何度も出てくる。ある程度ページが進んでいるにも関わらず、それらがまだ平仮名になっていれば、「これまで何度か練習してるやろ?」と尋ねることがある。「してない」と返ってくれば、「ほんまか?」と言いながらファイルを調べる。その結果、「おい、何回もやってるやんけ」となれば、通常3回のところを5回や10回書かせることもある。また、特に入塾して間もない生徒の場合、2, 3か月前のものを確認して、「随分と添削が入らなくなった」、「見直しでだいぶ自ら修正が入るようになった」などの成長を感じ取るために利用することもある。小学生の頃はほぼすべての生徒が持って来るのだが、中高生になると一気に忘れる生徒が増える。正確には忘れているのではなく、意図的にそうしている。確かに、小学生の頃のように我々が見返すことはほとんどなく、書き掛けの作文はこちらで預かるし、月間報告など手紙関連のものもクリアファイルを使えば事足りる。それゆえ、「ちゃんと持ってこい」とうるさく言うことは無いのだが、ある日、灘に通う生徒が学校や塾のテキストでいっぱいになった鞄から何食わぬ顔でファイルを取り出すのを見て、「あれっ?」となった。逆に、その少し前に、おそらくすべて学校に置きっぱなしにして、勉強関連の物が何も入っていない高校生が持って来ていなかったからだ。その灘の生徒は、「卒業生の声」にも載っている中森君だ。そのとき、高校の先輩にあたる現役で東大医学部合格した生徒も同じだったとことを思い出した。2人はいわゆるガリ勉タイプでは無く、中学時代は共にテニスにのめり込んでいたので成績もそこまで良くなかった。鞄は重く、志高塾でファイルを使うことはほとんどない。「じゃあ、いらへんか」となってしかるべきなのに、要領の良い彼らがそのような判断をしないことはすごく不思議であった。特別難解なことについて考えるわけではないこともあり、大抵の疑問はその場で解消されるのだが、これに関してはしばらく頭の中で宙ぶらりんのままであった。そして、ある瞬間納得の行く答えを見つけられた。ある生徒に「〇〇出して」と伝えたときに、「忘れました」と返って来たので、「じゃあ、□□は?」と尋ねると、「それも持って来てません」となったときに、「あっ、そういうことか」となった。
お分かりだろうか。灘の2人は、必要なときに困らないように準備をしているのだ。それゆえ、確実に要らないもの以外は鞄に入れている。ここでも何度か述べてきたが、現代版の「コスパ」、「タイパ」という考えが好きではない。効率性を重視することは本来悪いことではないのだが、短期的な視点しかないことが問題なのだ。「確実に要らないもの以外は鞄に入れる」と対になるのは「確実に要るもの以外は鞄に入れない」という考えである。「確実に要るもの」以外を「要らないもの」と判断する思考は非常に危険である。そんなことに思いを巡らせていたら、昨日の朝、教室に向かう電車の中で読んでいた塩田武士著『存在のすべてを』の中で次のような一節に出くわした。「当初は計画のバカバカしさに自分でも呆れていたが、今は違う。無駄と無意味との間にある本質的な差が見えるようになってきたから―。」。
小学生が「先生、こんなん意味ないやん」と漏らすことがある。それに対して、いかにそれが価値あることかを論理的に説明することは無い。そのようなものを求めているわけではなく、自分がそれをしたくない理由として「意味がない」と切り捨てているだけだからだ。そんなとき私は「意味があるかないかの判断をできるだけの材料なんて持ってへんねんから、ぐちゃぐちゃ言わずにやれ」と伝えて終わりである。いつの頃からか「子供と同じ目線で」、「子供が納得するように」ということに重きが置かれ過ぎる世の中になってしまった。もちろん、そういうことが必要なときもあるが、私に言わせれば非常にまれである。「ぐちゃぐちゃ言わずにやれ」と一方的に上から押さえ付けるからには、それ相応の責任が生じる。それは、彼らが後から振り返ったときに「松蔭先生が言っていたことの中には間違いもあったけど、おおよそ正しかった」となるようにしなければいけない、ということである。私という一個人が認められるかはどうでも良い。「意味が無さそう」、「めんどくさそう」という理由で切り捨てようとしたことをやってみたら面白かったり、自分を成長させてくれたりすることが意外とあるいうことを経験的に知ることこそが彼らの未来にとって大事なのだ。それがあれば、「コスパ」、「タイパ」に惑わされることなく、適切な選択ができる可能性が高まるからだ。
昨日の帰り道、先の小説の中で次のような一文に出会った。「情熱と非効率は親和性が高い」。情熱もないのにうまくやろうとするから結果が出ないのだ。だからと言って、ただがむしゃらにやるのもそれはそれで違う。まずは心を動かす。次に体を動かす。その上できちんと頭が働いているかを確認する。心と体を動かす順番が逆になることはある。頭が先頭に来たとき、得られる結果はきっと想定の範囲内に留まるのであろう。
2026.06.02Vol.736 構想の起点
こんな言葉を一度も使ったことが無い気がするが、「ギャン泣き」というのが一番しっくりと来るような惨状であった。3歳ぐらいの女の子が、東京行きの機内で30分ほど泣き叫び続けていた。その母子は通路を挟んで私のすぐ斜め後ろにいたので、少し振り返ることで2人の様子をうかがうことができた。お母さんが必死に手を打つのだが効果は無く、万策尽きて、最終的には「泣き止んで」と懇願する始末であった。もちろん、そんなものが功を奏することはない。誰も咎める人はいなかったし、仮にそのような人がいたとしてもキャビンアテンダントが間に入ってくれるのでそれほど問題は大きくならなかったであろう。電車やバスであったらもっと大変なことになっていたかもしれない。そんなことを考えながら、我が子たちのことを思い出していた。3人とも0歳か、遅くとも1歳のときから飛行機に乗っていたが、ただの一度もそんな苦労をした記憶が無い。5時間以上のフライトも含めて、である。
夫婦で子育ての方針がぴたりと合うことは珍しい。それであれば話し合いによってずれを修正すれば良いのだが、それはそれでとても難しい。私は昔からどうしても外して欲しくないポイントだけを妻に伝えるようにしている。子供の叱り方はそのうちの一つである。「どのように叱るかは任せるが、場面によってやり方を変えることだけは止めて欲しい」というお願いをしていた。家の中で怒鳴るのであれば、たとえ人目が気になっても外でも同じようにしないといけない、ということである。使い分けをしてしまえば、親の言葉が響かなくなってしまうからだ。私は、あまりにも聞き分けが悪くぐずぐず泣いていると、「もうそれ以上泣くな!」と怒っていた。それでそれなりに収まっていたのだが、一度だけどうにもならないことがあった。2歳下の二男がまだ生まれる前なので、おそらく長男が1歳の頃、家族での沖縄旅行でそれは起こった。妻がマッサージに行っている間、私は長男と2人きりであった。寝ていた長男が目を覚まし、お腹を空かせて泣き始めたので、妻から教えられた通りに、混ぜて、少し冷ました上で粉ミルクを飲ませようとしたのだが、哺乳瓶を何度口に入れてもすぐにペッと吐き出すのだ。中々の地獄であった。そのとき心誓った。2人目以降が生まれたら、母乳をあげられるときでも週に何度かは粉ミルクを与えてあの人工的な感触に慣れさせておこう、と。そのかいあってか、二男、三男で同じ苦労をすることは2度となかった。
前回、「マツカゲ武者は、私の文章がどのように構成されているかは把握できても、私がどのような手順で構想しているかを掴めていない。そして、それがおそらく私の文章を特徴づけている一番の要因なのだ。次回、私が発見した『ファイルの法則』を例に取った上で、それについて説明をしていく予定にしている。」と文章を締めたにも関わらず、例のごとく「ファイルの法則」の出番はなくなった。それは私がどのように文章を構想しているかということと強く関係している。マツカゲ武者は、テーマを決めた後に、それに関連する具体例を集めて来ているとおそらく勘違いしているがそうではない。出来事こそが構想の起点にある。今回で言えば、「ファイルの法則」について書く予定だったのだが、「ギャン泣き」しているのを目の当たりにしたことで、そのことを取り上げたくなってしまったのだ。
マツカゲ武者が、「『抽象 ⇄ 具体』を何度も往復する構造」と分析していたことに倣うと、ここで一度抽象化しておく必要がある。女の子の「ギャン泣き」と我が子の哺乳瓶の例から言えるのは、「日頃やっていないことはいざというときにできない」ということ。推測の域を出ないが、あの子は日頃からある程度わがままが許されているはずなのだ。ちなみに、「脱線(かなり長い)」に関しては、今回も「泣く」ということに端を発して、そこからLGBTQの話に飛ばすべく書き始めたのが、それこそかなり長くなりそうだったので割愛することにした。
抽象化を終えたので、もう1つ具体例を持って来る。たまには中学受験の話を。志高塾では教室で過去問を解かせる際、60分のテストであればタイマーを63分に設定させて、その3分間で「どの順番で解くか」、「日頃どのようなミスをしがちで、それを防ぐために何に気を付ける必要があるか」などについて黙って考えるようにさせている。もちろん、問題、解答用紙は伏せた状態で、である。それにも関わらず、私の目を盗んで他の受験生とこそこそ話しているのを見つければ、大抵はテストを取り上げてビリっと破いて終わりである。別に大声で怒鳴るわけでもなく、たらたらと説教をするわけでもない。まだ小学生なので、そのようなことをしてしまうのも理解できる。大事なのは、2度、3度と同じことを繰り返さないことである。また、前受けについて尋ねられることは少なくないが、私は基本どちらでも良いと考えている。どちらかと言えば、不要派である。ただ、第一志望のボーダー上にあるのであれば、その1日が無駄になるので止めに行くことが多い。前受けの一つの目的として「本番の緊張感を味わう」というのが挙げられるが、前受けと第一志望とでは入れ込み具合が全然違うのでその経験は大して生きない、というのが私の考えである。1回や2回の前受けよりも、何十回と練習する過去問を毎回最大限の集中力を持って解くことを積み重ねる方が断然効果がある。
次回取り扱うのは、「ファイルの法則」になるか、「アイスランドでスタックした話」になるか、それとも私の周りで起こった出来事になるか。よく考えてみると、1週間生活していて、それなりに深く考えるようなことが何もないという方がおかしなことであるような気がする。








