
2026.10.06Vol.753 直島&豊島旅行記
町へのイメージは、訪れたときの天候と体調に大きく左右される。フィレンツェには春に行ったこともあり2, 3日滞在したが常に曇天模様で、かつ風邪気味であったためネガティブな印象しか残っていない。ジャンルを問わず、「何が一番好きですか?」と問われると、多くの場合、複数のことが頭に思い浮かんで来て、別に一番を決めなくてもなぁ、となってしまい、大抵その時点で思考を止め、どうしても答えないといけないときは、しょうがなくその候補の中からどれが一つを選ぶといった感じになる。学生の頃、英語の「one of the 最上級 ~」という「最も~なうちの1つ」に納得が行かなったことが嘘のようである。当時、「最上級なんやったら元々1つに決まってるんやから、”one of”という表現自体が不要やん」と心底思っていたからだ。そのような変化(私自身は「変化」ではなく「成長」だと思い込んでいるのだが)が生まれたのは年を重ねたことよりも、仕事が影響しているのかもしれない。たとえば、高校では将来就きたい仕事を決めさせて、そこから学部を逆算させるという手順を先生が生徒に踏ませることが多い。私は仕事なんてどうでも良くて、大学で何を学ぶのが楽しいかを複数、できれば3つ以上見つけなさい、ということを伝えるようにしている。その3つに対して、400~800字ぐらいの文章にしてある程度説得力のある説明ができるのであれば、きっと良い選択ができるはずで、仮にその”one”が思ったようなものでなく、大学入学後転部することになっても次こそはうまく行くはずなのだ。「成長」した私でも「どの町が一番好きですか?」と聞かれれば、迷わず「パリ」と答える。パリだけに2週間ほど滞在したこともあるし、それ以外にも行きや帰りに寄ったことも2, 3度はあり、合わせて1か月ほどは寝泊りをしたはずである。1度はバルセロナからパリへ夜行列車で向かい、4人部屋で私以外の3人はコンゴ民主共和国人の男性グループで、その日はバルセロナで友人の畑仕事を手伝った後、ということであった。彼らは疲れているので列車の消灯前に電気を消され、いびきをかき始めたので私は寝られず、逆に朝は起床時間の1時間ほど前に勝手に電気を付けられて起こされた。駅について、眠さとだるさを感じながらスーツケースを引いたことを覚えている。その後、1日か2日は体調が悪かった。ちなみに、彼らと話したことで、地理で習ったザイールという国名がコンゴ民主共和国に変わったことを知った。また、妻と夏に訪れたときには、ベルサイユ宮殿での花火観覧チケットを購入していたのだが、私が熱を出したせいで行くのを諦めざるを得ず、そこらへんにいた現地の若いカップルに、もし良ければどうぞ、とチケットを譲った。パリはここまで述べきたようなことも経験したが、楽しい思いをしたことの方が断然多いので全部ひっくるめて良い思い出なのだ。
今回の旅のハイライトは、何といっても直島にある安藤忠雄設計の「杉本博司ギャラリー 時の回廊」(https://benesse-artsite.jp/art/sugimoto-gallery.html)を訪れたことである。前述のように、1番とか2番とかどうでもええやん、と思うようになった私が、そんなことを考えようとしてもいないのに「あそこがぶっちぎりで一番良かった」と思えるのが、そのギャラリーなのだ。秋の何とも言えない心地良い天気が効果的な舞台装置として働いたこともあるのだろうが、大学生の頃からこれまで、国内外を問わず安藤さんの建物はかなり見てきて「めっちゃええなぁ」となることも何度もあったが、その中でも一番な気がしている。新鮮さも大きなプラス材料として働いているため、実際は「one of the 最上級 ~」なのだろうが、ここで大事なのは「これまでの中で一番なのではないだろうか」と錯覚してしまうぐらいの心地良さを感じられたことにある。恥ずかしながら杉本博司という名前すら初めましてであった。上のギャラリーのHPには次のようにある。「1948年東京生まれ。1970年渡米、1974年よりニューヨーク在住。活動分野は、写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐に渡り、世界のアートシーンにおいて広く支持を得ている。杉本のアートは歴史と存在の一過性をテーマとし、そこには経験主義と形而上学の知見をもって、西洋と東洋との狭間に観念の橋渡しをしようとする意図があり、時間の性質、人間の知覚、意識の起源を探求している。」ギャラリーでは、無料の呈茶(お茶とお菓子)が振る舞われるのだが、そこに置かれている彼に関する本や雑誌を読みながら1時半から2時間ぐらいは過ごしたのではないだろうか。「杉本博司 ギャラリー 時の回廊 所要時間」でググルと、「直島にある『杉本博司ギャラリー 時の回廊』の所要時間は、約30分から1時間が目安です。」と返って来た。また、その場で「杉本博司」とアマゾンで検索すると、「BRUTUS(ブルータス) 2026年07月15日号 No.1057[結局、杉本博司って何者だ?]」、「Pen(ペン)2026年8月号【特集:揺さぶる写真/杉本博司、森山大道、レバホン・ハンイェ――知っておくべき写真表現のいま】」の2冊が含まれていた。偶然にも今年の7月と8月に特集が組まれた雑誌が発売されていたのだ。すぐに購入したが、少しめくった程度でまだ読めてはいない。
前回、「20代の頃はヨーロッパの田舎町を訪れても『また来よ』となっていたのが、40代の中頃ぐらいになってからだろうか、国内なのに『もしかしたら、これが見納めかも』という思いが自然と湧き起ってくるようになった。」と書いた。そんな私が、20代、30代、40代でそれぞれ1回ずつ足を運んだ直島。50代のうちに少なくとも1回は来るだろうという予感めいたものがある。もちろん、「杉本博司ギャラリー 時の回廊」は外さない。今度は別の顔を見てみたいから違う季節に行ってみようかな、という思いもあるが、やはり秋を選んでしまうのだろうな。








