
2026.09.29Vol.752 人生の折り返し地点
前回の引用から。
「旅行中の3日間は直島と豊島にある美術館を訪れる以外にはほとんど何もしないはずである。いつもと違う環境に身を置くことで、宙ぶらりんになっていることの中から1つぐらいは、『あっ、そういうことか』となるものが出て来てくれるかもしれない。」
出発を1日早めて結果的に3泊4日の旅となった。今回はその旅行記にする予定にしていたのだが、宿を構えた岡山県玉野市の宇野港にある寿司・割烹店のことだけに焦点を当てることとする。
1日目の火曜の夜にまずは本店を訪れた。連休期間中は市場が閉まっていて、かつ、翌日の水曜は店自体がお休みとのことで、残っている食材が少なくできるメニューがかなり限られるということを注文の前に謝罪された。10巻ぐらいの寿司のセットを注文したら、同じネタのものが確か2種類ぐらいはあったが、事前に事情を聞いていたし、おいしかったのでまったく問題はなかった。最後は私一人になり、カウンター越しに大将とおかみさんと少し話をさせていただいた。翌日に豊島美術館に行くこと、それが楽しみであることを伝えると、設計者である西沢立衛が以前にお店に来たことを教えてくれた。何でも、奥さんは先にそれを見に来たものの、当の本人は開館後3年経ってようやくその機会を得られたとのことであった。少し話はそれるが、情報というのはその事実から何を得られるのか、ということが重要である。数日前に「シーズン“無冠”の大谷翔平」というタイトルのネット記事を目にした。何も考えずに読めば「ああ、今年は無冠だったの」で終わるのだが、逆に言えば、タイトルを取ることが当然のように思われているということである。同様に、世間の注目を集める建物であるにも関わらず3年も要したということからは、それだけ世界中でいろいろなプロジェクトに関わっていて忙しいということが分かる。「分かる」と断定したものの、これに限らず実際にどうかは定かではないことが少なくない。私は決して難しいことは考えないのだが、自分の身の回りのことについて自分なりに理由とセットにして推測してみることは頭の体操になる。大谷の話で言えば、「来年は打者に専念して何かしらのタイトルのではないだろうか」もしくは「大谷の性格上あくまでも二刀流を貫く可能性が高く、年齢的な体力の衰えもあるから今年以上に成績を落とすのではないだろうか」などとなる。スポーツは特に数字で結果が出るので、その答え合わせがしやすい。単に、当たった外れた、で終わるのではなく、当たっていたとしても理由が違うことがあり、外れていたとしても良い線を行っていたということもある。テスト同様、きちんとやり直し、考え直しをして初めて自分の血となり肉となる。
閑話休題。帰り際おかみさんから、明日うちはお休みなので、是非大将の弟さんがやっている姉妹店に行ってみて下さい、と勧められた。しゃりもあえて2つの店で違いを出しているということであった。翌日、その店に向かいながら、「明日は、おいしかった方にもう一度行こう」と考えていた。カウンターには私1人だったものの、後から団体客が来るのかその準備に忙しそうだったので、邪魔をしない程度に前日にお兄さんの店で食べたことなどを話すと、「兄貴はほんとすごいですよ。本当によく仕事をやります」、「私は56歳で、兄は9歳上です」ということなどを教えていただいた。会計の際、おかみさんに「兄弟で同じ仕事をしているとライバル心を燃やしそうなものなのに、お互いに一目置きあって仲が良いってすごいですね」と伝えると、大将に聞こえないような小さな声で「それは最近のことで、若い頃はバチバチでしたよ」と返って来た。
私は弟さんの店の方が気に入ったものの、連休期間中は休みなく店を開けていたこともあり、イレギュラーで木曜の夜は閉めるとのことであった。3日目の晩、お兄さんの店への道中、「弟さんの店の方がおいしかった、というのは何か失礼だな。どちらがおしいかではなく単なる好みの問題だな」などと考えていた。ちなみに、2つの店は徒歩6分程度、私の泊まっていたところからはいずれの店にも徒歩6分程度。偶然にも、正三角形の3つの頂点の位置関係にあったので非常に便利であった。当日、予約の電話を入れた時点で私のことを認識してくださっていた。その日もカウンターに座った。外国人の老夫婦が先客としていて、8人ほどは座れるところに我々3人だけだったこともあり、いろいろと話をさせてもらった。アメリカのミシガンから来ていること、18泊の旅行であること、だんなさんの方は75歳であること、息子さんと娘さんはそれぞれ独立して家族を持っているから自分たちは自由であること、など。敬老の日はリスベクトしてもらったというので、「あなたは若く見えるんだから、そんな必要はない」とすかさず突っ込み、少しだけ笑いが取れた。たとえ下手くそな英語でやり取りをしていても、しょうもないことを言ってしまいたくなるのは大阪人の性である。2人はとにかく世界中を旅しているので、「すごいですね」と感想を述べると、「だって、明日バスに引かれて死ぬかもしれないだろ。だから、今できることをやっているんだ。自分が知らなかった新しいことに触れるのはすごく楽しい」と良い話を聞かせてもらった。
20代の頃はヨーロッパの田舎町を訪れても「また来よ」となっていたのが、40代の中頃ぐらいになってからだろうか、国内なのに「もしかしたら、これが見納めかも」という思いが自然と湧き起ってくるようになった。別に感傷的になっているわけではない。「Vol.749子育ての折り返し地点」に倣って「人生の折り返し地点」というタイトルにしただけなので、中身はそれにそぐわない軽いものになっている。一人旅の途中、少し前に「人生では一番大切なことが教えられていない。それは、『いつ死ぬか』ということだ」というのを何かで目にしたことを思い出していた。すると、偶然にも2日ほど前に、サッカー日本代表の元監督の岡田武史の「人生における3原則」という動画(https://www.youtube.com/shorts/Ai4pUZJDCZU)が流れて来た。「人は必ず死ぬ」、「人生は1回しかない」、「人はいつ死ぬか分からない」。いつ死ぬか分からないのだから今できることをやる、というのは頭で分かっていてもつい怠けてしまう。でも、もうちょっと頑張ってみようかな、と少し前向きになるだけのエネルギーが得られた4日間であった。
2026.09.15Vol.751 「緩める」とはどのようにすることなのか
来週1週間教室がお休みをいただきますので、それに伴いブログもお休みとなります。
しりとりのように一直線に、とまでは行かないまでも、行きつ戻りつしながら頭の中に思い浮かんでいる複数の事柄をうまく結びつけることを目的の一つとして話を進めることとする。まずは、以下の記事に関することから。
OpenAI、最先端AI開発ペース緩めるのも選択肢-CEOが社員に語る(Bloomberg) – Yahoo!ニュース
冒頭の段落で、次のことが述べられていた。
「米OpenAIは最先端のAI開発ペースを緩めることを検討している。ChatGPTを手がける同社のサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は、他のAI企業も同調することを期待している。」
「緩める」という言葉の取り方にもよるだろうが、そのようなことは不可能であろう。これに関連して思い出したことが3つある。1つ目は、クローン技術。1996年にスコットランドで生まれたクローン羊のドリーは当時ニュースでもよく取り上げられていた。その後、倫理的・安全上の懸念から、人間の個体を作り出す「生殖用クローン」を禁止する法律が日本を含む世界各国が作られた。その少し後ぐらいに私が読んだ記事では、「中国が密かにクローン人間の開発を進めるかもしれない」ということが述べられていた。上記の提案にイーロン・マスクも賛同しているが、アメリカが一休みしている間に中国が開発を進めるのではないか、ということが懸念されている。そして、2つ目がAI同士の会話。AI同士に会話をさせたところ、人間が理解できない新たな言語を生み出して、やり取りを始めたということが話題になった。既存の言語ではまどろっこしいからというのが、その理由らしい。その他、OpenAIにおいて、自律型のAIエージェントがサイバーセキュリティーに関する課題を解くために自律的に隔離環境を脱出し、他社のシステムに侵入するという暴走事案が起こっている。
3つ目はAIのことから大きく離れるのでここで段落分けをする。受験のときの「余力を残す」ということについてである。目標に向かって一生懸命にできる限りのことをする、というのは決して悪いことではない。志高塾を始めた頃、私が教育業界に身を置いたことがなかったため、中学受験にあまりにのめり込む親子がいることに正直驚いた。私は適当に中学受験の勉強をして、ちゃんと不合格になったので、そんな私が「そこまでやる必要はないですよ」といったところで何の説得力も持たなかったこともあり、しばらくそれについて考えていた。正確には、頭の片隅に宙ぶらりんの状態で留まっていた。おそらくそこから何年か経って、「あっ、そういうことか」となった。余力を残す、というのは「本当は8時間勉強できるけど、少しセーブして6時間にしておこう」ということではない。具体例を提示する。灘を目指していた小6の男の子が夏期講習期間中に大手塾の貴重な休みを利用して、確か5時台か、遅くとも6時台には起きて直島に日帰りで行った、ということをお母様から教えていただいた。それは1日だけのことだが、彼は受験勉強がどんなに忙しくてもバイオリンはずっと続けていた。要はこういうことである。5年生までは勉強以外のことに4時間費やしていたが、さすがにそこまで割くことはできないので、最後の1年間は2時間だけにしよう、というのが余力を残す、の正体である。だから、AIも緩めるのではなく、これまでは開発に一辺倒であったが、それなりのエネルギーを規制強化の方に注ごうということなのであろう。
ここで、前回に引き続き塩田武士の『崩壊』から本宮と優子の登場である。
本宮には水やプラスチックがなぜ芸術なのか、ちんぷんかんぷんであった。一方の優子は興味があるようで、金沢の美術館や香川県の直島などにある施設について話すと、美嘉もこのときばかりは表情を和ませた。
「金沢には輝と二度行ったことがあるんですが、直島は一度もなくて。いつか二人で行きたいねって話してたんです」
金沢の美術館とは九分九厘、金沢21世紀美術館のことであり、2人の世界的な建築家、妹島和世と西沢立衛による建築ユニットSANAAが手掛けた。10年ほど前にそこは家族で一度訪れている。来週1週間の休みを利用して、二泊三日の旅程で、一人で直島に行く予定にしている。今回で3度目となる。また、直島からフェリーで20分ほどのところにある豊島にまで初めて足を伸ばす。そこにある豊島美術館を設計したのは西沢立衛である。
先の生徒は難なく灘に合格し、現在、京都大学工学部情報学科で学んでいる。大学入学のタイミングで一度お母様とコンタクトを取ったのだが、そのときにはバイオリンでプロを目指すかどうか、ということを話されていた。情報学科なので、間違いなくAIについて学んでいるはずである。旅行中の3日間は直島と豊島にある美術館を訪れる以外にはほとんど何もしないはずである。いつもと違う環境に身を置くことで、宙ぶらりんになっていることの中から1つぐらいは、「あっ、そういうことか」となるものが出て来てくれるかもしれない。
ここまで書き上げて、一休みした後に最終チェックをしてアップする予定にしていたのだが、その間に『崩壊』を読み進めていると次のような一節があったので、それを紹介して締めとする。塩田武士との相性はすこぶる良さそうである。「緩める」という言葉も使われている。
「神陽にやってからはさらに熱を上げましてね。しかしね、地元の中学ではトップでも、進学校に行ったら真ん中辺りを維持するんがやっとなんですわ。あいつは昔から絵を描くんとか、工作するんが好きでね。学校でも美術部に入ってたんです。俺はそれが気に入らんかった。美術なんかにかぶれてるから成績が上がらんのやと決めつけて。今考えたら、受験が終わってあいつもひと息つきたかったんかもしれません。締めるばっかりで緩めることをせえへんかったから。それに行きつけのスナックとかにも『息子を東大に入れる』って言うてしもてるんで、そういう変なプライドみたいなもんに自分で追い詰められてるとこもあって・・・・・・・」
プライドではなく単なる見栄だと、本宮は無言のうちに昌男の身勝手な言い分を胸の内で修正した。
「これは本腰入れなあかんと、美術部を辞めさせて京大生の家庭教師を付けたんです。それでも一学期の期末テストが散々でしたから、輝が持ってる漫画本と美術本を全部捨てたんです。三百冊ぐらいはあったんちゃうかな。そんときは泣いて抗議されてね。おもいきり張り倒したんですわ。ほんなら睨まれてね。子どもにあんな恨みのこもった目されたらたまりませんよ。かわいそうやと思いましたけど、なんやこっちも腹も立ちましてね。こいつは俺のことバカにしてるんちゃうやろかって。まぁ、被害妄想みたいなもんやけど」
2026.09.08Vol.750 出る杭と非破壊検査
電気を通すプラスチックを開発し、ノーベル化学賞を受賞した白川筑波大学名誉教授が8月24日に亡くなられた。「『プラスチックは電気を通さない』という従来の常識を覆す『導電性ポリマー』の発見と開発を先導」と記事にあったが、恥ずかしながら、これを読むまで私の中ではその従来の常識は生きたままであった。このことを取り上げるきっかけになったのは、訃報を伝えるテレビニュースの中で、「出る杭」について語っている映像が流れたからだ。「白川教授 出る杭」でググルとAIの概要は次の通りであった。「ノーベル化学賞を受賞した白川英樹さんは、『出る杭は打たれる』ということわざに関して、変わり者(出る杭)を異端視せず大切に育てることで個性やオリジナリティ豊かな人間が生まれると語っています。」
話は変わるが、「夏休み中は」、正確には「夏休み中はいつにも増して」とした方が良いのかもしれないが、うまくまとまらないなぁ、と思いながらブログをアップしていた。読んでいただく方に対して失礼極まりない。夏休みが終わったタイミングで落ち着いて言い訳をしよう、と考えていて、それが今回というわけである。このようなエッセイに限ったことではないが、文章において大事なこととして、
①オリジナリティがあること
②文章として一つのまとまりがあること
の2つが挙げられる。②を満たしていないことが引っ掛かりながらも、①の方は一応クリアしているから良いか、と自分を甘やかしていた。これまた、いつにも増して、となる。この文章の構想を頭の中でぼんやりと練っている段階で、①で用いた「オリジナリティ」という言葉が思い浮かんでいたのだが、奇しくも上の概要の中で同じ言葉が使われていた。オリジナリティや個性というのは垂直ではなく水平の関係の中でとらえる必要がある。良いとか悪いではなく、よく言われるように人は生まれながらにしてとにかく違うのだ。私の場合の①も、アイデアが優れているかどうかは横に置いておいて、「少なくとも自分の頭で考えている」ということに対する自負はある。生徒の作文でも、思ってもいない、どこかで聞いたことがあるような綺麗ごとを書いていれば「つまらんこと書くな」と注意をし、一方、粗削りであってもそこに少しでもその子らしさが出ていれば、時に大げさに褒める。私は「褒めて伸ばす」という考え方が基本的に好きではない。「とりあえず褒めておけば伸びる」と考え、どうでも良いような、褒めるべきことでないことでもその対象とする人がいるからだ。私の「大げさ」というのは、たとえ小さな欠片のようなものであっても、そこにその子を感じられれば「えーやん、えーやん」と心に響くように少し強めの声を掛けるということである。生徒からしたら「こんなん“で”良いんや」となるかもしれないが、「こんなん“が”良いんや」ということを私は伝えたいのだ。それが繰り返されれば、遠慮がちであった小さな欠片は、我々が注意深く見ようとしなくても自然と認識できるような明確な形を持つようになっていく。先述した「どこかで聞いたことがあるような綺麗ごとを書いていれば」だが、それがその子の本心の場合はどうなるのか。そのときは、「もし、本当にそう思っていたとして、そう思っていない人も書きがちなことや、ということを認識した上、『他の人たちと違って、私は心からそう思っているんですよ』ということを読み手に理解してもらえるようにせなアカン」という説明をする。そのためには自分なりの体験談や、それこそオリジナリティのある理由を添える必要がある。そのようなものが無い場合はどうするのか。別のアイデアを出すしかない。
さて、2週前の「Vol.748 自己肯定感とか」で触れた塩田武士の本、4冊目の『崩壊』に入り、4分の1ほど読み終えたところである。その中に次のような一節があった。
商店街南端の交番横に露天神社、通称お初天神の鳥居があった。近松門左衛門の「曽根崎心中」ゆかりの神社だ。本宮は境内へ行くと傘をたたみ、財布から五円玉を出して賽銭箱に放り投げた。犯人逮捕と娘との仲直り、関節痛の緩和など一分ほどかけて厚かましい祈願を終えた。
優子は礼をすることも手を叩くこともせず、ただ佇んでいた。見るからにゲン担ぎなどしなさそうだ。本宮は古い人間に見られたようで何となく恥ずかしかった。
本宮はベテランの男性刑事で、優子は殺人事件の捜査のため県警から所轄に応援に来た若手の女性であり、この日初めて顔を合わせた2人がペアになって聞き込みなどをしているときの一場面であった。先週の「Vol.749 子育ての折り返し地点」で、「信心深くもないのに、都合の良いときだけ神様や仏様にお願いするのは厚かましいことこの上なく、また、受験の合格ぐらいは自らの力で勝ち取らないといけないからだ」と書いていたこともあり、「おっ」となった。「Vol.748 自己肯定感とか」の中で、「要は、兵庫出身の塩田武士自身が『阪神タイガース』と『松本清張』が好きということなのであろう」と述べた。登場人物の描写からそれが読み取れたからだ。もちろん、間違えているかもしれない。神社にいったときの塩田武士は本宮派なのだろうか、それとも優子派なのだろうか。
それにしても知らないというのは恐ろしい。電気を通すプラスチックもそうなのだが、お初天神の中を何度か通っているし、その近辺の地名が曽根崎であることも知っていて、国語のテストのために近松門左衛門『曽根崎心中』を暗記して、今なお頭に入っているのに、それらが結びついていなかったのだ。知らないことは恐ろしく、知ることは楽しい。
夏休み中であれば、既に2,300字も超えたし、そろそろ締めるか、となっているところたが、②の条件を満たせるようにもうひと踏ん張りする。ここでようやく冒頭の今回のテーマに戻る。白川教授は、「優秀な科学者を育てるには」ということを念頭に話をしていたはずである。「科学者」に限定してはいなかったにしても、「優秀な」は明確に意識していたはずである。私は、ここでもやはり垂直ではなく水平を意識する。その子がその子らしく生きて行くために、志高塾として何ができるかが重要なのだ。出る杭は打たない。そんなのは当たり前の話であって、我々の役割は、出る杭タイプのその子が将来に渡って打たれないようにする術を身に付けさせてあげないといけない。私がそうであったように思ったことをそのまま口にしていては衝突するばかりでだめなのだ。ごまをするわけでも妥協するわけでもなく、明確な目的を意識した上で、時に応じて押したり引いたりできないといけない。また、ほとんどの子は出る杭ではない。そこで最初に思い浮かんだのが、私自身が年長か小1のときにおこなったタケノコ掘りのことである。少しだけ芽が出たタケノコを傷つけないように優しく周りの土を取り除いて行ってあげないといけないと教わった。タケノコは、たとえ少しであっても出てはいる。次が、カブトムシのさなぎである。息子たちと初めて育てたとき、幼虫がちゃんとさなぎになっているかを確かめたくて、子どもたちと一緒に土を掘り起こして手に取ってしまい、それが原因で死んでしまった。そのことを思い起こしていると、10年以上前に行った面談で、お母様から、だんな様が非破壊検査用の機器を製造している会社を経営しているという話を聞いたことを思い出した。医療に例えると、レントゲンやCTに当たる。土中に埋まったままでも立派な杭である。それを掘ることなく、どうにかしてどのような状態かを見極めなければいけない。地表に出てきても出てこなくても、少しずつでもその子らしい形を作り上げて行って欲しい。縁の下の力持ち、という言葉があるように、見えないところで役に立つ杭もたくさんある。むしろ、そちらの方が多いのかもしれない。②を満たそうとしたら3,000字を超えてしまった。これはこれで読む方には迷惑な話のような気がする。
2026.09.01Vol.749 子育ての折り返し地点
親にとって、子どもはいつまで経っても子どものままである。私自身が親として実感したことは当然のことながらまだなく、一般的にそのように言われていることに加えて、母が50歳に近づいた私のことを未だに心配しているのを見ると、それはきっと真理なのだろう。ここでの子育ては、子どもが親元を離れるまでを指しているのだが、寮や下宿などで家を出るまでなのか、それとも社会に出るまでなのか、社会に出ても実家で暮らしている場合はどうなるのか、など境界線をどこに引くのか、ということに関して明確に定義しない。今回は珍しく余談を挟むことなく、このことだけで2,000字以上書ける予感がしている。と言いながらも少しだけ。おそらくこの仕事を始めてからなのだろうが、「当然」に類する表現にすごく敏感になった。テレビやラジオなどで、「もちろん」というのを耳にした後に、「それは『もちろん』と言えるのか?」となることは少なくない。書き言葉の場合は推敲すれば良いのだが、話し言葉の場合は無意識のうちに発してしまわないように注意が必要となる。生徒たちの思考の柔軟性を高めるためには引き出しを増やしてあげなければならない。その際に気を付けるべきことは我々の意見を押し付けるのではなくできる限り無色透明に近い状態で、「こういう考え方もあるよ」といった感じで伝えることが理想である。「当然」と付けることで、白黒に限らず、その意見に明確な色を塗ってしまわないようにしなければならない。冒頭2文目で「当然のことながら」を用いたが、高3の長男含め3人とも親の庇護のもとにある子どものそのものなので、その言葉の選択は妥当である。
あの時はかわいかったなぁ、といったように小さかった頃を懐かしんだ時が折り返し地点だ、というのが今回のテーマに対する結論である。最初に思い浮かんだタイトルは「カウントアップからカウントダウンへ」であった。カウントアップとは無限大に向かって1、2、3と数え上げていくことであり、カウントダウンとはその反対に0という明確な終わりに向かって収束していくことを意味している。このようなことを考えたのは、先週の2泊3日の三重旅行がきっかけである。1日目は妻と二人で伊勢に宿泊し、2日目の夕方に三男が合流して志摩に宿を取り、3日目は4時起きで船釣りをしてきた。これまでは旅行と言えば、折角だからと、とにかく早起きしていろいろなところを巡るようにしていたのだが、今回は近場で、子どもたちがいなかったこともあり、初日に家を出たのは14時を回っていた。夕方にチェックインして、妻は2時間ほどマッサージに行き、その間、私は鳥羽の方に釣りに行ったときによく利用する伊勢にあるスーパー銭湯のサウナをのんびりと楽しんだ。いつもは、その後に2時間ほど掛けて釣りで疲れた状態で大阪まで車を運転して帰らないといけないので、さっと汗を流すだけに終わってしまうのだが、夜ご飯を食べる以外の予定が無かったので気楽そのものであった。面白いもので、それこそ「当然のこと」なのかもしれないが、心持ちが違えば、同じ場所でも感じ方が全く変わってくる。これまでおそらく10回近くは訪れているのに、随分と見える景色が違っていた。
1日目にのんびりした分、翌朝は予定通り早起きして6時台という涼しいうちに外宮を参拝し、朝食を取った後に一度ホテルに戻り、その後内宮に向かった。神社仏閣などに行けば手を合わせはするが、その場合、家内安全や、受験に関することで言えば、生徒や我が子が当日健康で迎えられるように祈願することはあっても、「合格させてください」とはならない。信心深くもないのに、都合の良いときだけ神様や仏様にお願いするのは厚かましいことこの上なく、また、受験の合格ぐらいは自らの力で勝ち取らないといけないからだ。お守りを買うことも好きではない。ただ、内宮に行く前に寄った猿田彦神社では良いものを見つけた。二男用の「藝能おまもり」には次のようなことが書かれていた。「藝能の祖神アメノウズメノ命様のお力をいただき、日々の努力が形となりますようお祈りいたします。」二男は、特にサッカーに関してはそれなりに頑張っている。本来は形にするところまで自分でやり切らないといけないのだが、「あなたがちゃんと努力をしているのであれば少しぐらいなら力を貸してあげましょう」というのが気に入った。三男には「みちひらきの大神 はじめの一歩御守り」を選んだ。「すべてのものは『はじめの一歩』から始まります。誰でも何でも、はじめてのことは勇気のいる事 猿田彦大神様の『おみちびき』の御力によって新しい一歩を踏み出しましょう」とあった。三男は勇気がないわけではなく単に怠惰なだけである。「もちろん」始めの一歩も自分自身で踏み出すべきなのだが、お力をお借りするなら、最初に背中をポンと押してもらうぐらいであればまだ良いか、と考えた。妻がどうしても三人にお守りを買って行きたがったので、それであれば、ということで二男と三男の分に関してはできる限り他力にならないようなものを選んだ次第である。
「あの時はかわいかったなぁ」が折り返し地点なのだが、カウントアップとカウントダウンの期間が半分ずつになっているわけではない。実際にはそうなのかもしれないが、カウントダウンが始まっていることに気づくのは遅れるからだ。私の場合、長男が高1のときに東京の大学を目指すと言い始めて、それが具体化した高2ぐらいのときに、一緒に暮らせるのも後2年ぐらいなのか、ということを意識し始めた。今の勉強の取り組み方を見ているとかなりの確率で後1年延びることになりそうではある。それにしても0が足音を立てながら近づいてきていることは紛れもない事実である。今年の1月に、2人で同じく三重を旅行した際にも、「こうやって長男と2人で旅行に来ることもこれで最後かな」ということを感じていた。感傷に浸っているわけではない。両親も似たような思いを抱いていたのかもしれないが、子どもの頃の私はそんなことを想像したことも無かった。年が離れた末っ子や孫を猫かわいがりするというのは、未来永劫続くと思っていたカウントアップの期間に終わりがあることを経験的に知っているからではないのだろうか。
これまでにも子どもたちを残して夫婦2人で海外に行くことはあったが、国内となると長男が生まれる前まで遡らないといけないはずである。子供たちが巣立てば自然とそのような機会が増える。2日目の途中まで妻と2人で過ごしたことで、子育てのこれまでとこれからについて考えた2泊3日の三重旅行であった。








