
2026.09.01Vol.749 子育ての折り返し地点
親にとって、子どもはいつまで経っても子どものままである。私自身が親として実感したことは当然のことながらまだなく、一般的にそのように言われていることに加えて、母が50歳に近づいた私のことを未だに心配しているのを見ると、それはきっと真理なのだろう。ここでの子育ては、子どもが親元を離れるまでを指しているのだが、寮や下宿などで家を出るまでなのか、それとも社会に出るまでなのか、社会に出ても実家で暮らしている場合はどうなるのか、など境界線をどこに引くのか、ということに関して明確に定義しない。今回は珍しく余談を挟むことなく、このことだけで2,000字以上書ける予感がしている。と言いながらも少しだけ。おそらくこの仕事を始めてからなのだろうが、「当然」に類する表現にすごく敏感になった。テレビやラジオなどで、「もちろん」というのを耳にした後に、「それは『もちろん』と言えるのか?」となることは少なくない。書き言葉の場合は推敲すれば良いのだが、話し言葉の場合は無意識のうちに発してしまわないように注意が必要となる。生徒たちの思考の柔軟性を高めるためには引き出しを増やしてあげなければならない。その際に気を付けるべきことは我々の意見を押し付けるのではなくできる限り無色透明に近い状態で、「こういう考え方もあるよ」といった感じで伝えることが理想である。「当然」と付けることで、白黒に限らず、その意見に明確な色を塗ってしまわないようにしなければならない。冒頭2文目で「当然のことながら」を用いたが、高3の長男含め3人とも親の庇護のもとにある子どものそのものなので、その言葉の選択は妥当である。
あの時はかわいかったなぁ、といったように小さかった頃を懐かしんだ時が折り返し地点だ、というのが今回のテーマに対する結論である。最初に思い浮かんだタイトルは「カウントアップからカウントダウンへ」であった。カウントアップとは無限大に向かって1、2、3と数え上げていくことであり、カウントダウンとはその反対に0という明確な終わりに向かって収束していくことを意味している。このようなことを考えたのは、先週の2泊3日の三重旅行がきっかけである。1日目は妻と二人で伊勢に宿泊し、2日目の夕方に三男が合流して志摩に宿を取り、3日目は4時起きで船釣りをしてきた。これまでは旅行と言えば、折角だからと、とにかく早起きしていろいろなところを巡るようにしていたのだが、今回は近場で、子どもたちがいなかったこともあり、初日に家を出たのは14時を回っていた。夕方にチェックインして、妻は2時間ほどマッサージに行き、その間、私は鳥羽の方に釣りに行ったときによく利用する伊勢にあるスーパー銭湯のサウナをのんびりと楽しんだ。いつもは、その後に2時間ほど掛けて釣りで疲れた状態で大阪まで車を運転して帰らないといけないので、さっと汗を流すだけに終わってしまうのだが、夜ご飯を食べる以外の予定が無かったので気楽そのものであった。面白いもので、それこそ「当然のこと」なのかもしれないが、心持ちが違えば、同じ場所でも感じ方が全く変わってくる。これまでおそらく10回近くは訪れているのに、随分と見える景色が違っていた。
1日目にのんびりした分、翌朝は予定通り早起きして6時台という涼しいうちに外宮を参拝し、朝食を取った後に一度ホテルに戻って、その後内宮に向かった。神社仏閣などに行けば手を合わせはするが、その場合、家内安全や、受験に関することで言えば、生徒や我が子が当日健康で迎えられるように祈願することはあっても、「合格させてください」とはならない。信心深くもないのに、都合の良いときだけ神様や仏様にお願いするのは厚かましいことこの上なく、また、受験の合格ぐらいは自らの力で勝ち取らないといけないからだ。お守りを買うことも好きではない。ただ、内宮に行く前に寄った猿田彦神社では良いものを見つけた。二男用の「藝能おまもり」には次のようなことが書かれていた。「藝能の祖神アメノウズメノ命様のお力をいただき、日々の努力が形となりますようお祈りいたします。」二男は、特にサッカーに関してはそれなりに頑張っている。本来は形にするところまで自分でやり切らないといけないのだが、「あなたがちゃんと努力をしているのであれば少しぐらいなら力を貸してあげましょう」というのが気に入った。三男には「みちひらきの大神 はじめの一歩御守り」を選んだ。「すべてのものは『はじめの一歩』から始まります。誰でも何でも、はじめてのことは勇気のいる事 猿田彦大神様の『おみちびき』の御力によって新しい一歩を踏み出しましょう」とあった。三男は勇気がないわけではなく単に怠惰なだけである。「もちろん」始めの一歩も自分自身で踏み出すべきなのだが、お力をお借りするなら、最初に背中をポンと押してもらうぐらいであればまだ良いか、と考えた。妻がどうしても三人にお守りを買って行きたがったので、それであれば、ということで二男と三男の分に関してはできる限り他力にならないようなものを選んだ次第である。
「あの時はかわいかったなぁ」が折り返し地点なのだが、カウントアップとカウントダウンの期間が半分ずつになっているわけではない。実際にはそうなのかもしれないが、カウントダウンが始まっていることに気づくのは遅れるからだ。私の場合、長男が高1のときに東京の大学を目指すと言い始めて、それが具体化した高2ぐらいのときに、一緒に暮らせるのも後2年ぐらいなのか、ということを意識し始めた。今の勉強の取り組み方を見ているとかなりの確率で後1年延びることになりそうではある。それにしても0が足音を立てながら近づいてきていることは紛れもない事実である。今年の1月に、2人で同じく三重を旅行した際にも、「こうやって長男と2人で旅行に来ることもこれで最後かな」ということを感じていた。感傷に浸っているわけではない。両親も似たような思いを抱いていたのかもしれないが、子どもの頃の私はそんなことを想像したことも無かった。年が離れた末っ子や孫を猫かわいがりするというのは、未来永劫続くと思っていたカウントアップの期間に終わりがあることを経験的に知っているからではないのだろうか。
これまでにも子どもたちを残して夫婦2人で海外に行くことはあったが、国内となると長男が生まれる前まで遡らないといけないはずである。子供たちが巣立てば自然とそのような機会が増える。2日目の途中まで妻と2人で過ごしたことで、子育てのこれまでとこれからについて考えた2泊3日の三重旅行であった。








