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2026.07.21Vol.743 ウェビナーでいただいたご質問に対する回答(作文編)

 前回に引き続き、7月6日(月)に行った海外在住・帰国子女の保護者向けのオンラインセミナーでいただいたご質問の中で、時間の都合上お答えできなかったものを中心に取り上げる。「作文がカリキュラムの中心」と謳っておきながら、なぜ初回が(作文編)ではなく(漢字編)だったのであろうか。
 一昨日の日曜日、通っているジムのサウナでの一幕。共に50代ぐらいの中小企業の社長と社員、もしくは上司と部下のいずれかの関係だと推測される2人が私の横で話をしていた。
「この前の俺のセミナーどやった?」
「良かったですよ」
「どういうところが?」
「生保、損保、変額(保険に詳しくないが、確か「へんがく」と言っていたはず)の3つに分かれていたところが特に良かったです」
「内容に関してはどうやった?」
「そうですねぇ、『なんか、自分が成長できそうやな』って感じがしました」
「もう少し具体的に教えてくれへんか」
しばしの沈黙の後、
「あっ、そう言えば、セミナーの最後に『この値段なら受けやすいな』って思いました」
直後に質問していた人の顔を横目でちらっと見ると、眉間に皺を寄せながら黙って目を瞑っていた。あの苦渋の表情は、熱さに耐えかねてのものだったのか、それとも頓珍漢な答えへの怒りだったのだろうか。
 私は、自分から上のような形で感想を求めることは基本的には無い。良い答えしか返ってこないからだ。運営主体の『帰国生のミカタ』が用意してくださったアンケートに、セミナー後に感想を述べてくださった方がそれなりにおられた。ありがたいことである。中には手厳しいものも含まれていたが、ライブでのウェビナー初体験の私にとっては励まされるものが多かった。来年の春にもう一度行うことになっているので、今回のことを踏まえて、聞いてくださった方に、参加して良かった、ともっと感じていただけるようなものになるよう準備をしたい。
 さて、作文。一番困るのは、どのように教えたら良いのか分からないことではないだろうか。子供の頃から算数が苦手であったとしても、小学校の教科書レベルのことであれば、大抵のことはどうにかなる場合が多い。一方で、それより得意であったはずの国語、特に作文ではどこから手を付ければ良いのかさえ見えてこない。理由は単純である。教わったことが無いからだ。学校で作文を書かされることはあっても、ひらがなを漢字に直されたり誤脱字を修正されたりするだけで、後は「楽しめて良かったですね」というどうでも良いコメントが添えられるだけだったので、作文を書く力が向上することはなかったのだ。仮に習ったことがあったとしても、結論を書いて、それに3つの理由を付けることで説得力を持たせることであったり起承転結のことであったりと、ネットで検索したらすぐに出てくるような「書き方」のことに限定されてしまっていたはずなのだ。それゆえ、教え方を知らないことはある種当然だとまずは開き直ることである。次に、自分も作文が苦手だったから、という場合でも、我が子のものを見て、「こりゃアカン」と感じるということは、そのテーマに対して自分の方が明らかにうまく書けるということの現れであり、それだけで教える資格はあるのだ。この前、ネットでアグネス・チャンの記事を読んだが、子どもから質問されたことに対しては「後で」と言わずに、たとえ料理中であっても手を止めて、分からなければ一緒に調べていた、ということが書かれていた。『スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法』は、出版されてすぐに読んだが、かなり面白かった。うまく教えられなくてもまったく問題はない。適切な表現が思い浮かばなければ一緒に辞書を引けば良い。そのときは、やはりデジタルではなく紙のものを使った方が良い。検索すると候補が一気に出てきて、その中のどれにしようか、と選ぶだけの作業になってしまうからだ。親が教えるには物理的な時間とそれ以上に精神的な忍耐が不可欠である。
 ここで、少し具体的な話に移る。「日記を毎日書かせるというのはどうでしょうか?」というようなことを聞かれることがあるが、私は賛成しない。毎日はもちろんのこと、1週間に1回何かの出来事について書くのも簡単ではない。日常生活にそんな目新しいことは起こらないからだ。志高塾では、小学生のうちは要約作文を徹底させるのだが、ここでは意見作文に関する例を挙げることとする。「昨日、ぼくはお父さんと海に釣りに行った」。5W1Hというが、この一文には、「Who」、「What」、「Where」、「When」はきちんと入っている。それらがあることで伝わりやすくはなるが、興味深いものになることは無い。ポイントになるのは、「Why」と「How」である。それらを意識すると次のようになる。
「昨日、ぼくはお父さんと海に釣りに行った。これまで岸からやったことは何度かあったが、船は初めてだったので前の夜はきんちょうしてしてすぐにはねられなかった。それなのに、目覚ましをセットした5時よりもさらに早く目が覚めた。夏休みはいつも9時ぐらいに起きているのできせきだ。船よいも心配していたが、海に着くとほとんど波が無かったので薬は飲まないことにした。お父さんに『眠くなるし、きっとこれぐらいおだやかなら大丈夫だ』と教えてもらったからだ。これまであじやいわしは釣ったことがあったが、たいは初めてだった。ほとんどは20センチぐらいのものだったのだが、一匹だけ大きいのがかかり、計ってもらうと43センチもあった。船長さんや周りの人たちから『ぼく、すごいな』とほめられてうれしかった。写真もとってもらったので、友だちにも見せびらかしてやりたい。帰り道、お母さんからたのまれたものを買うのにスーパーに寄った。いつもは車で待っていることが多いけど、その日はお父さんについて行って、真っ先に一人でお魚コーナーに向かった。たいの値段を調べたかったからだ。すると、僕が釣ったものより小さいのが3,500円で売られていた。後、熱中症対策もしっかりとしていたので全然問題がなかった。次はスーパーでたいの横に並んでいたタチウオに挑戦してみようかな。」
 これで500字程度である。日記であれば、事実に忠実になろうとし過ぎて、手が止まってしまったり「What」の羅列に終始してしまったりするので、子ども自身が経験したことに関して、一文を与えて、そこから想像を膨らませて作り話をすると意外とうまく行くかもしれない。先の文章は正に我が子と経験したことを元に創作したものである。
 もし、中々アイデアが出て来なかったら、ヒントを出したり質問をしたりしながら進めてみて下さい。うまく教える必要はありません。とにかく一に根気二に根気。三四も根気で五も根気です。
多分つづく

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