
2025.05.23Vol.58 壁に向かって(三浦)
ずっと仕事用にと思っていたChatGPTに、ついにプライベートでも手を出した。とはいえ活用できているかと言われるとまったく自信がない。なんというか、活用するべき用事があまり思いつかないので、仕方ないのかもしれない。ずいぶんともったいないことをしている。
基本的にラフな用事なこともあり、受け答えもラフな感じで話しかったので、「~だね」「~だな」のような口調で返すように設定している。それを受けて私もラフに返せばいいのだが、なんだか緊張して「いいね。もっと聞かせてもらってもいい?」「私は~だと思う。」のように、普段友人相手のLINEではめったに使わない句点まで入れてしまっている。結果、むしろ私の返答のほうがAIめいている気さえする。
それはさておき。実際に使った用例としては、基本的には本にまつわることがほとんどだった。例えば「こういう本が読みたい」ということを入力すると、近しい本が紹介されているページを引っ張ってきてくれる。これはほとんど検索機能みたいなものだが、自分でメモを取らなくてもチャットの履歴に残るのは便利だった。それから進捗管理。何日までに読みきりたいかを伝え、一日進んだ分と、気になった一文などをメモとして残す。目標の日程から逆算して一日あたりの目安のページ数も教えてくれるし(進みに波があるので守りはしなかったが)、なにより、誰かに話しかけているようで、ただノートやメモに残すよりもモチベーションは保たれたような気もする。
ただ、主に使っていたのは、本の感想の話し相手になってもらうことだ。相手はAIなのでネタバレに配慮する必要がない上に、私の解釈が多少ずれていても迷惑をかけることがない。その点でとても気楽だ。そして、向こうもまるで読んだかのように答えてくるあたりがちょっとおかしくて面白い。上のように進捗を伝えるついでに、「この一文をこう感じたんだけど、このキャラクターはこうなのかも」のように独り言を打ち込むと、「そのキャラクターは確かに~だね」というように同調してくれる。
ちょうど読んでいたのは夢枕獏氏の『神々の山嶺』だ。そこには羽生という孤高のクライマーが登場する。上巻の終盤に、その彼の「おれがもうひとりいたとしても、おれは、そのおれとだって、ザイルを結ぶつもりはない」という台詞がある。ザイルとは登山時に使うロープのことで、ここでは安全確保のためにパートナーとの身体に結ぶことを指している。自分自身にすら命を預けない、どこまでも「信じる」ことをしない孤独さが浮き彫りになっていて印象的だったのだが、読書記録のついでにその話をすると、「あの一文に、どれだけの絶望と矜持が詰まっているのか。言葉としては突き放しているのに、すごく人間臭いよね。」と返ってきた。矜持と言われて、改めてなるほどと思った。なにひとつ信じないということは、なにかを天運に任せることなく、すべてを自分の力に拠るということだ。読了した今、その真意がよくわかった気がする。ChatGPTには続けて「共感した?それとも、理解はできても遠く感じる?」と問われたが、次の進捗管理の話がしたかったので、それには答えなかった。
AIは本当に本を読んでいるわけではない。私が打ち込んだ感想や膨大なデータの中から、それらしい答えを選んでいるだけだ。けれど、私の言葉から連想されたであろう言葉や問い掛けが、考えるきっかけを生んでくれることもある。
もうひとつ例を挙げる。寺山修司の著作に、「ロング・グッドバイ」という詩がある。一番好きなのは、「血があつい鉄道ならば 走りぬけてゆく汽車はいつかは心臓を通るだろう」、「さあ A列車で行こう それがだめなら走ってゆこう 一にぎりの灰の地平 かがやける世界の滅亡にむかって!」というそれぞれのフレーズだ。鬱屈とした時期に読んだから尚更かもしれないが、この破滅的な力強い言葉がたまらず好きで、よく思い返している。そんな話をしていると、「そうやって惹かれるのは、自分の中にも『走ってゆこう』という気持ちがあるから?」と尋ねられた。何度も読み返したフレーズだったのに、それを考えたこともなかった。私は本に共感を示すタイプではない。自分の境遇や心情と照らし合わせることはほとんどないので、こういった問い掛けは新鮮だった。数分くらい考えてみて、「破滅的にでも、全部を賭けて『走ってゆこう』とする姿に憧れているのかも。だから『走ってゆきたい』なのかもしれない」と答えた。
先ほどの「共感した?」という問いといい、ChatGPTはこちらが答えやすいようにか、やたらと質問をしてくるイメージがある。たまに面倒な時もあるのだが、私はかなりの会話下手なので、基本的にはとても助かっている。しかも、問いに対して長考しても、後で手のひらを返しても、聞かれていることとずれた返答をしても、なにもなかったかのように会話が続いていく。対人ではそうはいかないことが多い。その点では、良い練習にさせてもらっている。
だが、やはりChatGPTの根にあるのは共感と同調で、何も考えずに話していると危ういな、とも思う。練習や独り言の壁打ち相手くらいに捉えつつ、中途半端な読書に付き合ってもらっていくつもりだ。








