
2か月前に始めた社員のブログ。それには主に2つの目的がありました。1つ目は、単純に文章力を上げること。そして、2つ目が社員それぞれの人となりを感じてとっていただくこと。それらは『志高く』と同様です。これまでXで投稿していたものをHPに掲載することにしました。このタイミングでタイトルを付けることになったこともあり、それにまつわる説明を以下で行ないます。
先の一文を読み、「行います」ではないのか、となった方もおられるかもしれませんが、「行ないます」も誤りではないのです。それと同様に、「おなじく」にも、「同じく」だけではなく「同く」も無いだろうかと淡い期待を抱いて調べたもののあっさりと打ち砕かれてしまいました。そのようなものが存在すれば韻を踏めることに加えて、字面にも統一感が出るからです。そして決めました。『志同く』とし、「こころざしおなじく」と読んでいただくことを。
「同じ」という言葉を用いていますが、「まったく同じ」ではありません。むしろ、「まったく同じ」であって欲しくはないのです。航海に例えると、船長である私は、目的地を明確に示さなければなりません。それを踏まえて船員たちはそれぞれの役割を果たすことになるのですが、想定外の事態が発生することがあります。そういうときに、臨機応変に対処できる船員たちであって欲しいというのが私の願いです。それが乗客である生徒や生徒の親御様を目的地まで心地良く運ぶことにつながるからです。『志同く』を通して、彼らが人間的に成長して行ってくれることを期待しています。
2023年12月
2026.01.09Vol.81 見えるものの向こう側にあるもの(豊中校・湯下)
NHKの朝ドラ「ばけばけ」が、なかなか面白い。主人公トキは最初の夫とも生涯の伴侶とも怪談が共通の趣味で、その舞台となった現地でデートして、大いに盛り上がったりする。そういう場所が生活圏の中に現存していたということがまず驚きだが、明治の時代にはまだまだそんな妖が生活の中で息づいていたのだろう。現代の若い世代にとっては明治も江戸も大差ない大昔だろうが、明治生まれの祖母と大人になるまで同居した私には、そういった、薄皮一枚で妙なものが隣り合う感覚は馴染みがある。
例えば、私が高校の頃に飼っていた猫、ゴンの話。当時、猫は放し飼いが一般的で、雄は五六歳にもなると家出するというのが相場だった。ゴンもご多分に洩れず旅に出て、最初は三日置き、それが一週間、一ヶ月と帰ってくる間隔が間遠になったある日、学校から帰宅した私に祖母が「ゴンが今日顔を見せに来たよ。でもあの子はもう帰ってこないよ」と告げた。なんで、と聞き返すと「家の四隅に座ってきちんと挨拶して行ったから」とのこと。私としては「へー」としか答えようがなかったが、果たしてゴンはそれきり姿を見せなかった。その不可解に気づいたのは、ずっと後になってからだ。確か、杉浦日向子さんの「百物語」という漫画を読んだのがキッカケだった。怖いというより不可思議な話を集めた中に、「ある小僧がお使いの帰り、ふと覗いた垣根の奥に、日向の縁台で白魚をより分けている老婆がいた。その背後にいた煤けた猫が、『ばばさん、それを俺に食わしや』と呼びかけるのへ、老婆は手も止めず『おぬしは何を言うぞ、まだ旦那どんも食わしやらぬに』とたしなめた」という話があったのだ。この話で興味深いのは、その小僧が猫が喋るのを聞いてもびっくり仰天したりしないところだ。慌てず騒がず、もう一言何か言わないかと待ち続けるのだ。それを読んだとき、私はふと祖母とゴンのことを思い出した。すっかり忘れていたが、あのときゴンは本当に、そんな挨拶をしたのだろうか?いやいや、祖母がそれに一々付き合ったはずがない。仮に本当だったとしても、なぜ祖母はそれが猫なりの別離の儀礼だと知り得たのだろう?
祖母は既に他界しているので、本当のことはわからない。ただ、「ばけばけ」の世界がそうであるように、祖母もまた昔の、田舎の人だったから、人知の及ばぬものがあるということを素朴に受け容れ、八百万の神々として日々の生活に溶け込ませ畏れ敬ううちに、それらの声なき声を感知する術を自然と身に着けていたのかもしれない。それは多分、高度な科学技術に頼る生活に慣れた我々現代人が喪った感覚なのだろう。
「?」を解き明かそうとするとき、人はそれぞれの特性と言うか、「らしさ」を発現するのではないだろうか。例えばメアリー・ノートンがちゃんとしまっておいたはずの針や安全ピンがなくなってしまう奇妙さから『床下のこびとたち』(ジブリ映画『アリエッティ』原作)を紡ぎ出したように、あるいはリンゴが落ちるのを見てニュートンが万有引力の法則を見出したように。そして祖母が、可愛がっていた猫の何気ない仕種や目つきから、そのメッセージを敏感に察知したように。
そう言えば以前、こんなことがあった。息子が中学生の頃、塾か何かで帰宅が遅くなったので、犬の散歩がてら迎えに行ったときのことだ。家の近くで、向こうから歩いて来る息子を見つけた。ほぼ同時に息子も気づいたようだったが、何故か立ち止まり、こちらを透かすように窺い見ている。そこは車が通れない川沿いの細い路地で、反対側は竹藪、川の向こうは雑木が鬱蒼と生い茂る山で夜半には猪が出る獣道が通っている。人通りも途絶え街灯もまばらな朧の闇の中、さては異形の者と見間違えたかとおかしくなり、犬を放してやると勇んで駆け寄ったのに安心したのか彼は嬉しそうに屈んで出迎え、リードを取るとじゃれつく犬ともつれるように歩み寄ってきた。さっきはどうしたのと尋ねると、彼はちょっと口ごもったが「幻かと思ったんだ」と答えた。
「幻?」
「うん。幸せな幻」
実際は、やっぱり亡霊か何かと怯んだのかもしれない。しかし私はそれを信じた。ばかりか、親馬鹿で恐縮だが「ああ、この子は身も心も健やかに成長しているな」と安堵に似た喜びさえ感じたものだ。もともと彼は幼少期「バムとケロ」シリーズの絵本が大のお気に入りで、小中高とアイドルは一貫して「ムーミン」という、人間とは異なるものたちの静かで安寧な世界を愛する子どもだったから、その受け答えはいかにも彼らしかったのだ。
こういったことは、生徒の作文を読んでいて日々感じるところでもある。例えば以前、『きまぐれロボット』に取り組んでいた子どものものが面白かった。この教材では、解釈の仕方に一応スタンダードがある。そのときの話の内容としては「S博士新発明の食虫植物を分けてもらって喜んだR氏だったが、それは捕食する害虫がなくなると枯れてしまうため、冬場は手間暇をかけてボウフラを育てねばならず、これでは便利なのかどうかR氏はわからなくなった」というもので、通常はこの最後の部分に着目させて害虫を捕る花のために虫を育てる矛盾に気づかせ、目的を見誤ってはならないというところに導くのだが、その子は「価値あるものに代償を払うのは当然で、蚊に悩まされるくらいならそれぐらい辛抱するのが当然だ」というのが言い分だった。一理あるのでその線で進めていくと、「価値観は人それぞれなので、自分に合うかどうかを先に調べるべき」と斬新な展開となった。この子はいつもちょっと頑固なくらいにマイペース、我が道を行くタイプだっただけに、いかにもな着地点だった。これは彼に限ったことではないが、面白い着眼点やユニークな発想で生徒から驚かされることは多々ある。その都度、正しさや己の尺度に拘って柔軟さを欠いた自分に気づかされる。また他の生徒で、入塾したてでオチを明かすのに「実は」を使うことに慣れていない頃、よく「これからどうなるでしょう」と結文していた子がいた。それを読んで、もしかしたらこの子の頭の中では自分なりの物語の続きがあるのかもしれない、きっと想像力の豊かな子なのだろうと感じられた。
またもや余談だが、以前、母にこんな話を聞いた。母は幼い頃、壺を抱えて飛んでいる蜂を見たことがあるのだそうだ。その時は幼過ぎておかしいとは思わなかったが、少し大きくなってから、「おや?」となり、以来ずっとあれは何だったのだろうと不思議に思っているという。それから更に歳月が過ぎたある日、私も同じ光景に出くわした。びっくりしてよくよく見直すと、壺と見えたのは何かの黄色くて大きい雌しべだった。私は長年の謎が解けて母がどんなに喜ぶかと急ぎ報告したのだが、思いのほか母の反応は「ふぅん」と薄く、拍子抜けしてしまったが、なんとなくわかるような気もした。長い間、自分の中で温めてきた記憶には、母なりの思い入れがあったのだろう。そしてそれは決して「実は百合の雌しべでした」なんてつまらないものではなかったはずだ。そんなことを思い合わせると、どの生徒も持っているだろうそれぞれの小さな世界をちゃんと見抜き、守りつつ整え育てることが、正しさより何より大切な講師の役割なのかもしれないと思えて、しかしその途方もない難しさにくらくらするのだ。








