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2026.10.27Vol.756 志願理由書の仕上げ方

 獣医師を目指す生徒が志願理由書を次の一文で始めていた。
「私は将来、伴侶動物臨床獣医師としての家族単体ではなく生産動物臨床獣医師として大動物臨床や農家のサポート、防疫などの活動を通じて人獣両方に貢献したいと考えています」
通常のコミュニケーションにおいては、相手によって使う言葉を変える必要がある。大事なのは伝えたい内容を相手の心に届けることであって、言葉が難しければ理解してもらえないし、逆に簡単過ぎれば受け取る気を削いでしまう。後者に関しては、平仮名ばかりの文章を思い浮かべてもらうと良いかも知れない。こうしゃにかんしては、ひらがなばかりのぶんしょうをおもいうかべてもらうといいかもしれない。この一文を読むだけでもそれなりの苦痛が伴う。志願理由書を評価するのは大学の先生で専門家なので「伴侶動物臨床獣医師」や「生産動物臨床獣医師」は全く問題ない。それぞれ、動物病院などで働く獣医師、鳥インフルエンザなどに対処する産業獣医師のことを指している。私が指摘したのは、「伴侶動物臨床獣医師としての家族単体ではなく」とすると、強くはないにしても、受け取り手によっては否定的に捉えられてしまうかもしれないということ。そこで、彼が獣医師を目指すに至った経緯から考え直すことにした。その結果、「生まれたときから犬が家族の一員としていたこともあり、将来の職業について考えたときに獣医師になることを選んだ。そのときに思い浮かべていたのは動物病院で働く医師だったのだが、いろいろな大学のことを本格的に調べたり本を読んだりすると、産業獣医という働き方もあると知り、人手不足で、かつ自分にとってやりがいのある仕事であると考えるようになった」というようなものに変わった。先の「」内の表現は、彼とのやり取りを思い出しながら勝手に私が書いたものなので原文とは異なる。言葉というのは細部にまで気を配る必要がある。話し言葉では最低限のテンポが求められるのに対して、小論文試験などでない限り、書き言葉にはある程度の時間を掛けることが可能である。そこで、複数の選択肢の中からより良いものを選ぶ癖を付けることで、話すときにも瞬時に悪くない言葉選びができるようになる。上のもので言えば、「自分にとってやりがいのある仕事である」と「自分にとって」というのをあえて入れた。もし、これが無ければ一般的に「産業獣医の方が上」と解釈されかねないからだ。一方で、そういう言葉を挟みすぎると冗長なものになってしまうので注意が必要である。当然のことながら、こういうものに正解は無いのでその都度判断をして行くことになる。
 生徒たちにいろいろと教える中で、志願理由書を一緒になって「ああでもないこうでもない」とやり取りしながら仕上げる過程が私の一番好きな時間である。中学、高校受験でもそのようなものが無いわけではないが、やはり大学受験が群を抜いて楽しい。大学生活だけではなく、社会に出てからの彼らにも関われている気がするからだ。それに関わる資格が私にあるかどうか、というのは一旦横に置いておく。そのような類のものの提出を求められるのは大抵私立大学で、国公立大学ではほとんどない。それもあり、国公立大学を第一志望とする生徒に大学生活とその後に思いを馳せながら作文をさせ、時間を掛けてじっくりと添削する機会というのはなかなか取れていないというのが実情である。高校生になるまでに入塾していれば、ある程度時間的な余裕があるので、高2の1年間を意見作文に充てることは少なくなくない。小論文の過去問なども作文のテーマとして与えるので、「大学生になって何をしたいか」、「将来どのような仕事に就きたいか」ということを考える機会が無いわけではないが、十分な時間が取れているとはいいがたい。もちろん、中には例外もある。10年以上前の男の子を例に取る。
 彼は2011年4月に、中学受験を終えたタイミングで入塾した。志高塾はまだ5年目であり、生徒のほとんどは小学生で占められていた。当然のように中高生向けのカリキュラムは無く、次は何をさせようか、ということを毎週のように考えていた。ものすごく格好良く、かつ大げさに表現すれば、試行錯誤の連続であった。新聞の1, 2面を読ませて、その中から気になった記事に関して作文させることもあれば、授業と授業の間の1週間で目にした面白いネットニュースや、私が読んだ本の一節を題材にすることもあった。要約作文を一通り終えてからは意見作文に移行していたのだが、あるとき、試しに読解問題を解かせてことがあった。その数日後、お母様から「志高塾には作文をさせるために通わせているんです」というコメントをいただいた。彼は高3の7月まで5年間と少し通塾したが、お母様からそのような指摘をいただいたのは後にも先にも1回だけで、常に任せていただいた。中高生向けのテキストすら無かったのにありがたいことである。その彼は、高校生になり一橋大学を志望校に据えた。タイミング良く『一橋大学 by AERA』という特別号が出版されたこともあり、その雑誌を使って、1回の作文で1つの学部を取り上げ、その学部に入ったら何を学びたいか、それを踏まえてどのような職業に就きたいか、というのをできる限り具体的に考えさせた。当時、経済学部か商学部のいずれかを希望していたはずだが、だからと言って、それらだけに絞って考えさせようとはまったく思わなかった。ちなみに、彼は高3の夏まで高校野球を続けた。7月に志高塾を辞めたのは、一橋大学の受験対策コースが首都圏の予備校でしか設けられておらず、それを受講するために夏休みを東京で過ごしたからである。結局苦手な数学を克服できず、志望校を変更し、現役で大阪大学の経済学部に合格した。昨日、私立の薬学部を目指す生徒の志願理由書の作成を手伝っていたのだが、自分の行きたい大学とは別の近畿地方の私立大学の薬学部を2, 3校、それぞれ1時間ずつぐらい掛けて調べた上で、志望大学のHPを見て、共通していることや違いを見つけて、そこで何を学びたいかをよく考えるようにアドバイスした。今であれば、様々な相談を受けてもある程度瞬時にその子にあった提案ができる。それもこれも、我々に何の実績も無いにも関わらず、期待して信頼して任せてくださった親御様たちがいたおかげで経験を積むことができたからに他ならない。ありがたいことである。

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