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2026.02.10Vol.722 ブログを続ける理由

 「だから何なんだ、でもどうしてなんだ」という、ものすごく個人的で些細な話から。1年ぐらい前からだろうか、気づけば靴紐を右足から結ぶようになっていた。「あれっ!?珍しい」が「また、今回もや」になり、最近では常に右からなのだ。おそらく靴紐を履き始めたのが、小学校1年生からなので、約40年間続いた左から結ぶという習慣がいつの間にか変わっていたのだ。原因として思い当たることが1つだけである。5年ほど前に、サッカーのプレイ中に右手首を骨折し、しばらく右手が使えず箸を左で使っていたのだが、「折角骨折したんだから、何か得ないと」ということで、今なお、左手で持ち続けていることぐらいである。これに関する話をもう少し。中国のスポーツ用品大手のアンタがプーマの筆頭株主になるということが1月末に発表された。アンタというメーカー自体聞いたことがなかったのだが、その2社の売り上げを合わせると3位になるものの、それでも2位のアディダスには大きく差を開けられているとのこと。兄弟で靴工房を創業したのは良いがけんか別れをして、兄がプーマ、弟がアディダスを設立したというのは有名な話である。その買収のニュースを聞いたときに、おそらく初めての紐靴がアディダスであったことを思い出していた。「Vol.719 息子との2人の時間~長男編~」の中で、10年以上前に2人で泊まった部屋に関して、「きっと、どのような部屋でしたか、どのようなお風呂でしたか、とそれぞれ4枚と言わず10枚ぐらいの写真を与えられても正解を選べる自信がある。」と述べた。40年以上前のことなのに、その靴がどんなものであったか、やはり私は当てられるはずである。近所のお兄ちゃんが、かなりきれいな状態のお古の水色のアディダスのスニーカーを譲ってくれたのだ。それまでのものとは違い、底が分厚くて、クッション性に優れていることに感動し、ものすごく大事にしていたことを記憶している。それ以前にどんな靴を履いていたかのまったく覚えていない。200字程度で終えるはずが、既に800字を超えてしまった。「私にも似たような変化がある」という方からのお便りをお待ちしております。
 本題とは関係の無い話をもう1つ。年末に、中学受験が終わったタイミングで卒業になった、現在中2の双子のお母様から、ショートメールを使ってロングメールが送られてきた。中1のときも同じように、中学入学後のことなどの近況報告をしてくださった。一点、気掛かりなのは私の返信がちゃんと届いているかな、ということ。スマホを替えたので、それが原因で伝わってなかったらどうしよう、ということが少しだけ気になっている。なぜ、それをここに話題にするかと言えば、1つはそうやって連絡をくださることが、そして、もう1つはこのブログを今でも欠かさず、それもアップする火曜に読んでいただいているということがとても嬉しかったから。ふとした瞬間に、このブログを続けることに意味はあるのだろうか、という疑問が浮かんでくることがある。週に1回、2,000字程度書くというのは、過剰な負担ではないものの、私にとっては鼻歌交じりでできるほど楽なことではないからだ。書き上げた直後というと大げさだが、木曜か金曜ぐらいには次のテーマを何にするか、いつから手を付け始めるかなについて週末や週明けの予定を踏まえて考え始めている。翌日の水曜だけはブログから解放されて、木曜には再び頭の片隅に現れて、火曜に近づくにつれて真ん中の方に移動してくるようなイメージである。湧き上がって来た疑問に対して、「楽じゃないにしても、たかだか週1回ぐらいのことやんけ」、「自分で毎週火曜に書くと決めたのであれば、つべこべ言わずにどんなことがあっても続けろ」というある種の叱咤のようなものを自分自身に投げ掛ける。生徒や息子たちに、「一度目標を決めたからといって、それを変えたらいけないわけではない」というようなことを話すことがある。グレードアップするする分には何も問題が無いし、逆にダウンする場合でも、説得力のある根拠を示せれば良いのだ。自分のことなので考えようによってはどう思われようと良いのだが、人に論理的に説明できないときは、大抵自分でも納得できていない場合が多い。中には、理解してもらえず、結果を残すまでは批判に耐えなければいけないということもあるだろうが、目の前のことから逃げるための言い訳をしていることが少なくない。心の修行を一番の目的として書いているわけではないので、あの手この手で自分を駆り立てようとしてもそれだけでは続けられない。先のお母様のように読んでくれる人がいるから頑張れるし、「前より面白くなくなった」と思われるのだけは心底嫌だから、どうにかしてアイデアをひねり出しているような状況である。それ以外には、毎週コンスタントに考えているおかげで、親御様から相談を受けたときや生徒の意見作文の添削をするときに、瞬間的に自分なりの考えを伝えることができる。その「自分なりの考え」が世間一般で正しいものなのかどうかは分からないが、1週間置こうがほぼ同じことを言う。細かい部分の修正を加えることはあっても、「あのとき全然おかしなこと言ってしまったな」となることはまずない。それは、その場で考えているのではなく、何度も何度も考えて、それにテーマに対して既に出ている自分の意見を引っ張り出して伝えているだけだからだ。その意見なるものは固定されたものではなく、経験を重ねたり知識を得たり、それらを元に再考を繰り返す中で少しずつ少しずつブラッシュアップされて行っている。まとめると、読んでくれる人がいること、一度決めたことでありその代わりになるものを見つけられていないこと、相談や添削の際に役に立っていること、それに加えて、もっといろいろなことを知らなアカンという気持ちにさせてくれることがブログを続けている理由である。
 2段落目を「本題とは関係の無い話をもう1つ」という一文で始めた。元は「AIが、いつか変化に気づき尋ねてくれる日はやって来るのだろうか」というタイトルにしていて、それについて書く予定にしていたからだ。この癖も続いている。

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