
2025.11.14Vol.76 人を信じる自分を信じてみる(三浦)
「いいと思ったことはどんな小さいことでもするがいい。早起がいいと思えば早起、勉強するがいいと思ったら勉強、仕事を忠実にしようと思ったら忠実に、怒るのをやめようと思ったら怒らないように、怠け心と戦う方がいいと思ったら戦え。」
「どんな小さいことでも少しずついいことをすることはその人の心を新鮮にし、元気にさせる。」
上記の引用は、武者小路実篤、『人生論・愛について』の「人生論」からだ。ちょうど読み進めている最中で、どこかに残しておきたくなったので、ここに残しておく。
かなり前の作文で、文学館を訪れるのが好きなことを書いたと思う。そしてその時に、それまで全く知らなかった武者小路実篤の色紙を見て感銘を受けたことも、おそらく書いていたはずだ。その色紙は素朴な野菜の絵の横に、「君は君、我は我也、されど仲良き」とつづられている。言葉はごくごくシンプルで、けれども他者の在り方と自分の在り方の違いをそれぞれ尊重し、その上で仲良くいられることを信じていることが伝わってきて、なんて素直な人なのだろうと感動したのだった。
はじめに引用した文章も、ごくごく当たり前のことを書いているに過ぎない。いいと思ったことはしたほうがいい、当然だ。誰だってそう思うし、誰だってそう言うだろう。私が引用したものを読んだだけでは「そりゃそうだね」「それができれば苦労しないよね」と流して終わりになっても仕方がない。
けれど、本を通して読んでいると、それがどれだけ本気なのかがわかる。美辞麗句はない。どこまでも実直に、「人が人らしく生きていくには、それぞれが本当にいいと思うことをして、人間全体を成長させていかなくてはいけない」と考え、そして「人間にはそれが出来るはずだ」、「出来る社会にしていけるはずだ」と信じ切っていることが伝わってくる。本当に信じていなければ書けない言葉だ、と感じさせる何かがあった。
人を信じることが難しい時代になってきている、と思う。時代と限定する必要もない。どこかの読解問題で「信用するというのは、それだけで諸々のコストを削減できる」と書いていたが、本当にその通りだ。荷物が盗まれる心配がなければすべての荷物は置き配でいいし、万引きの心配がなければ無人販売所もセルフレジももっと有効活用できるだろう。だが、それが難しいことを私たちは知っている。知ってしまっている。人の善性に頼るシステムは脆弱だ。数年前、近所の夏祭りに行ったときのことだ。大きなゴミ箱の横にいくらかゴミ袋が用意されており、「いっぱいになったら変えてください」と使用者に委ねる形になっていたが、明らかに溢れ返りそうになっていても無理やりゴミを突っ込んでいく人ばかりで、取り換えようとする人はいなかった。仕方なく私と友人で交換したのだが、しばらくした後にもう一度前を通りかかったら、その時には既にスタッフの人が待機するようになっていた。そんなものだろう。
私が初めて実篤の文章を読んだのは、『真理先生』という本だった。ちょうど志高塾に講師のおすすめ本としても紹介していたので、その紹介文を一部引用する。
「努力をすれば報われる。夢物語のようかもしれませんが、真剣という美徳を、そして人生を信じてみたくなるような、そんな一冊です。素朴に、ただただ素直に生きることって、どんな世の中でもきっと難しいものだと思います。けれどそうやって生きることこそが、自分の人生を、そして他人の人生を肯定できる最も善い方法ではないでしょうか。実践できるかどうかはさておいても、読み終わった後には少しでも晴れやかに、自分の道を見つめなおすことができれば幸いです。」
遡ってみれば、四年前の紹介文だったらしい。そこからゆっくり四年かけて、代表作である『お目出度き人』『友情』、そして『人生論・愛について』を読み進めてきたことになる。前者二作は、簡単に言えば特にアタックすらかけていない主人公が当然のごとく片思いの女性(少女)に失恋する物語だ。失恋といっても、「まあ、何もしてないし仕方ないよな」と思わされるので特別悲しくもないのが面白いところだ。
だが、やはり、どこまでも人間の可能性を信じ、人間ことを深く愛しているまなざしが表れているのは、他二作だろう。特別文章がうまいわけではない。書くだけであれば誰でもできる。だが、心から人を信じて、ずっと同じことを論じつづけられるのは、それは人柄の才能に他ならない。行動の面でも、実篤は互いを尊重して生きる共同体である「新しき村」を有志と作り、そして今もそれは受け継がれている。いつか訪れてみたい場所のひとつだ。
私自身も結構なひねくれものだが、人間を信じる心に覚えた感動を忘れず、同じように実直に生きることを目指してみたい。そのためにはやはり、「いいと思ったことはどんな小さいことでもする」と、そんな身近なところから始めるしかない。夏祭りのゴミ袋を取り換えるのだって、そのひとつだったのかもしれない。








