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志同く

2024.04.05Vol.19 未知の道、自分の道(竹内)

 「志同く」が始動した時、その名称に唸るばかりであった。代表の松蔭がこれまで長く続けてきているブログや内部生向けの配布物の呼称である「志高く」と字面や響きが通じているだけでなく、私を含めた社員たちが目指している先が同じであるということを端的に、そして明解に表す名前である。
 子どもの頃、時々迷路の本で暇をつぶしていた。家に何冊かあって、私以外のきょうだいもぱらぱらめくるからなのか、図書館などで借りてきたものだからなのかは覚えていないが、直接書き込まずに指でなぞるスタイルだった。そういう遊び方をするものなのかも知らないが、スタートからゴールまで○秒切るぞ、とささやかな目標を立てて指を動かす(タイマーで計るほどでもないので頭の中でカウントしているだけである。いつも結果は感覚的)。なんとも地味でちまちましている。中には結構複雑なものもあって、そういうものは何度か行き止まりにぶつかることになる。速さを重視するとできればそれを避けたいので、次第に遊び方が変わって、ゴールから出発してルートを一本綺麗に見つけ出すのが楽しさになっていた。迷路なのに、迷いたくなかったのかもしれない。
 本質的には、その気持ちは払拭しきれていない。人によってどのような言葉で表すかには違いがあるだろうが、志高塾におけるゴールというか「志」は、その子がその子らしく社会と関わっていける術を身につけさせてあげることである。そこははっきりしている。「志同く」には、その目標を共有した上で、それぞれのやり方でそこに向かっていくのだという意味が込められている。でもこの「自分のやり方」がすごく難しい。目指していく方角は分かっているのに、なんだかすごく遠ざかっているような、全く前進していないような、そう感じることがしばしばである。そう感じてしまうのは、松蔭が私にはできないやり方で生徒の、講師の、親御様の心を動かすから。一言でバシッと伝える様子を見ながら、同じことを届けるのに自分は二言、三言、何なら十言以上かけていることに気付いて胸がちくっとする。(そんなちまちました言い方を本来しないので、「十言」はもちろん一発変換できなかった)同じことを思っているからなおさら、強く感じる。でも、時間をかけたり、言葉を尽くしたりしていく中で生徒の表情が変わったり、講師の動きが変わったり、親御様から色々なご連絡を頂けたりした時に、自分のやり方を少しだけ認めてあげられる。がむしゃらにやる姿が、誰かの「新しいやり方」に繋がるのなら、それをし続けるしかない。
 高校野球を見ているとエースで四番でキャプテンのいるチームが一定数存在している。投打の要で、さらにはチームのまとめ役となれば、スター性抜群である。そんな存在は目立つしかっこいい。しかし、きちんと調べていないので定かではないが、おそらくそのようなチームは減っているはずだ。近年は特に猛暑の中で行われる夏の大会を勝ち抜くために、強豪校を中心に複数の優れた投手を擁して臨むことは当然になっている。チームが上手く機能するために、一人ひとりが確実に役割を果たすことが不可欠なのだ。私が、どうやって自分の役割を果たしていくか、なのだ。
 新年度の始まりに、私なりのやり方で気合を入れてみた。

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