
2026.04.17Vol.91 旅する予習(三浦)
前回取り上げた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をしっかり観てきた。上映時間は156分、私が映画館で鑑賞した中では最も長い。もしかすると前にも書いたかもしれないが、そもそも私は映像作品に不慣れなので、長時間の作品はまず気後れしてしまう。上映中のお手洗いとかも考えると、どうしても。ただ、それでもどうしても観たかったので勢いのままチケットを取った。体感では2時間に満たなかったので、今回はかなり没入できたのだと思う。
映像のメリットは、やはりその没入、臨場感なのではないか。視覚、聴覚、4DXであれば触覚。どこかのニュースでは、映画ではなかったはずだが、嗅覚もあわせて刺激するシステムがあるとかないとか見かけた気もする。そういった複数の感覚器官を使うことによって、多くの情報を一気に与えることができる。個人的には、特に映像になると音の恩恵を強く感じる。今回の映画でも劇中歌が本当に良い仕事をしていて、今でもその曲を聴くたびに通勤路でも涙ぐんでしまう。感動しやすいたちなので、なんなら映画では開始10分程度、まだ何も始まっていない段階から、「ああ、この主人公はこれからあんな思いをするんだ……」と小説を読んだ時のことを思い出して泣いていた。隣に座っていた友人をいくらか驚かせてしまったかもしれない。
徳野が「志同く vol.89」で触れていた映像が先か文章が先か、という点では、ひとつ思い当たる節がある。
前述の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の上映前に広告が流れたことをきっかけに、Audibleを少し聞きかじるようになった。まだ無料体験期間なので続くかはこれからなのだが、何を聴くか選ぶ際、無意識に小説を避けていることに気付いた。
映像も音声も、再生は基本的に一方向である。こと物語においては、私はそれが苦手なのかもしれない。登場人物がピンチになると気が気でなくなり、そのまま数カ月くらい読み進められず置いてしまったり、あるいは先に助かるかどうかだけ確かめてから戻ってきたりすることもしばしばだ。同作者、『オデッセイ』の原作である『火星の人』も読み終えたのだが、さすがにラストだけは耐えたものの、何度か「大丈夫か……?!」と思わず先のページを確認してしまった。ただ知識不足もあいまって、「今どうなっているのか」が絵として想像しづらい場面もしばしばあったので、大変映像映えはするのだろう。しかし、映画で先に観ていたら、心配のあまり何度も目を逸らしていたに違いない。今は小説版で流れを知っているので、それほどハラハラせずに観られるはずだ。この「ハラハラ」を人は没入感や臨場感と呼ぶのかもしれないが、私にとっては、少し壁になるものでもある。だから、小説で自分のペースで受け入れた上で、映像に触れる方が、どちらの情報もしっかり拾えるようになる。とはいえ、人によってこの感覚は様々だろう。
ちなみにAudibleでは、気にはなっていたもののまだ読んでいなかった『暇と退屈の倫理学』を聴いている。目が疲れないのが良い。ただ、電車などで聴いていると、思わず「あ~」「確かになあ」と声に出して相槌を打ってしまいそうになるので、それが一つ目の難点だ。もう一つ目は、聴くタイミングに悩むこと。本では少し読み飛ばしてしまっても戻ることができるが、一言聞き逃してしまうと、スマホを操作して戻るしかない。だから手が離せないようなタイミングは避ける。環境音で搔き消えてしまわないように、賑やかなところでも避ける。CMでは掃除機をかけながらヘッドホンをしていた気がするが、やはり聞き逃してしまいそうなので避ける。他に気が散ってしまいそうな場面でも避ける。そんなことをしていると、結局本で読んだ方が早いのでは、とも思う。ただ、耳から情報を入れる練習として、少しずつ静かな夜にでも続けていくつもりではある。
先日の休みに訪れた小さな島の話もしたかったのだが、話がまとまらなくなってしまうので、ひとまずはこのあたりにしておく。目的地は家島。梅田から姫路までの電車、姫路から姫路港までのバス、姫路港から30分ほどの船旅……。二回目の訪問である。それほど距離としては遠くない。それでも、海と桜(と猫)に囲まれ、地域の方が通りがかりに声を掛けてくれる小さな島は、私にとってはすっかり身近な別世界だ。そこに辿り着くまで、多く見積もってもここから3時間程度。映画1本分の片道だ。








