
2026.08.18Vol.747 非日常の空気
「非日常」と「旅」の結びつきは強い。東京大阪間を移動する場合、飛行機と新幹線のどちらを選ぶ人の方が多いのだろうか。料金とトータルの時間に大差がないことが議論の対象になる理由である。私の場合、父が航空会社に勤務していたこともあり迷うことなく飛行機派である。最終便以降の時間帯に移動しないといけないときは仕方なく新幹線を利用するが、2時間以上電車の中に閉じ込められることに未だに慣れていない。また、志高塾を始めてからのこの20年間は仕事と切り離されているので、子どもの頃の「飛行機に乗る=どこか遠くに遊びに行く」というワクワク感が今もどこかに残っているのかもしれない。そのワクワク感は、陸地を移動したわけではないので不連続でありワープしたような錯覚を与えてくれることと無関係ではない。目的地の空港に降り立ち飛行機から一歩外に出ると、国内でも沖縄などであれば空気の違いを感じる。それは湿度とにおいの影響が大きい。ただ、今回のタイトルにある「空気」は、人が醸し出す雰囲気のことを指している。
1993年にJリーグが始まって以来、地元のガンバ大阪を応援し続けている。そのガンバ大阪に加えて、父の会社がスポンサーをしていたこともあり、1番とは大きな差はあるものの清水エスパルスは2番目に好きなチームであった。大学生の頃のことなので25年以上も前の話になるが、静岡県に遊びに行った際に、清水エスパルスのホームスタジアムである日本平を訪れた。同じ日本であるにも関わらず全然雰囲気が違うのだ。それは、サポーターの年齢層が明らかに高く、おじいちゃん、おばあちゃんが多かったからだ。サッカーが文化として根付いていたのだ。Jリーグが発足して10年も経っていなかったこともあり、他の地域ではまだにわかファンが多かった。ちなみに、「サッカーどころ」とググってみると、Geminiによる概要は以下の通りであった。「日本で『サッカーどころ(サッカー王国)』といえば、歴史的・文化的にサッカーが深く根付いている静岡県(特に旧清水市や藤枝市などの中西部地域)が最も有名です。また、近年ではJリーグクラブが多く強豪が揃う神奈川県などもサッカーが盛んな地域として知られています。」。ここでも私の文と同様に、「文化」に加え、「根付いている」という表現が使われているのは面白い。
日常の中に組み込まれたサッカーですら上のように感じることがあるぐらいなので、縁遠い音楽となると強い刺激として入って来る。そうすれば頭は勝手に回り始める。春休みにイギリスとアイスランドを旅行した際に、二男が車の中でかけていたことがきっかけで川崎鷹也というシンガーソングライターを知り、5月に大阪城ホールと武道館に1回ずつ足を運んだ。コンサート自体20年ぶりぐらいのことだったので新鮮であるのはある種当たり前なのだが、駅からホールまでの道のりがもう非日常なのだ。タオルやTシャツなどのグッズをまとった人たちが溢れかえっていて、場違いなところに来たような感覚を覚えた。上で「強い刺激」と書いたが、身近なところに自分の知らない世界が普通に存在していて、そういうものを日頃意識せずに生きているということを経験的に知ることを指している。仕事柄、そういう刺激を絶えず自らに与え続けておかないと、生徒たちに知ることの、考えることの面白さを伝えられない。
縦に深さ、横に広さを取ったとき、縦×横の長方形の面積が大きいほど興味深い話ができる可能性は高まる。私は一つのことを深く掘り下げることが得意なタイプでは無く、典型的な広く浅くのタイプなので、とにかく少しでも広げられるように積極的に未知のことに触れる機会を作る必要があるのだが、自分一人でそのようなものを探してくるのには限界がある。それゆえ、人に勧められたものは積極的に受け入れるようにしている。その一環で、8月9日(日)にザ・シンフォニーホールで行われた『平和コンサート~あの日の事は決して忘れない~』を聴きに行ってきた。高校2年生の生徒がピアノの演奏をするということで、「先生、もし宜しければ」とお母様から声を掛けていただいたからだ。初めに黙とうを行ったのだが、オーケストラの演奏が静かに流れる中でそれをしたのは人生で初めてのことであった。音楽のことなんて何も分かっていないので、「音響が良い気がするけど、それは自分の思い込みなのか」などと考えながら目を瞑っていた。また、生徒の演奏に対しては、「上手だなぁ」とあほみたいな感想しか持つことができなかった。それ以外には、ピアノの前に座り皆の注目を集めている彼女の姿を眺めながら、観客席ではなく舞台の上の人間でいたいな、ということを考えていた。観客席、舞台というのはもちろん比喩である。レストランであれば、料理人が舞台の上の人となる。そこに立つ人だけが得られる緊張感や達成感がある。このブログも私にとっての一つの舞台である。ホールが小さく、観客は少ないかも知れないが、訪れた一人でも多くの方に読んで良かった、と思っていただきたい。そのためには、日常的に非日常の空気に触れておかなければならない。








