
2025.01.17Vol.46 馬車馬のように、野馬のように(三浦)
「馬車馬のように働く」、という言葉を時折思い出す。
なんとなく、馬車を引く馬なのだから滅茶苦茶に働いているのだろうな、(馬にそんな目にあってほしくないけど)ボロボロになるまで働くみたいな意味なのかな、と想像していたのだが、この機に調べてみると違うらしい。一生懸命というのは間違いではないようだが、それよりも「わき目をふらずに」一生懸命働く、という方がポイントらしい。馬車を引く馬はよそ見をしないように覆いを被せられることから来ているそうだ。
正しい意味すら知らないような言葉をなぜ時折思い出すのかというと、小学生の記憶まで遡る。今のように意味を勘違いしているまま、どこで聞いたかも覚えていないまま「馬車馬のように働かされてるなあ」と友達に話し、「何それ?」と普通に聞き返された思い出だ。これの何が印象的だったか。「自分にとって当たり前の表現が、人に伝わるとは限らない」という当たり前のことが、初めて身に染みたことだ。もちろん幼少なりの優越感のようなものも当時はあったのだろうが、書き言葉と話し言葉の違いや、一般的に使う語句への意識など、折に触れて思い出す事柄である。
聞いたことがあったり、見たことがあったりするレベルの言葉をとにかく使ってみる。これについては前にも何かで書いた記憶もあるのだが、使う言葉を増やすのに一番必要な工程だと思う。そのためにはまず、「知らない言葉」に出会わなければいけない。ここではやはり読書を推したいところだが、別に読書である必要性はない。自分のことを振り返れば、それなりに本を読んでいた小学生時代だったが、そうやって本を読み始める前に、映画なり漫画なり周囲の大人との会話なりで、最低限の下地が出来ていた気がする。大人との会話でいえば、母に「子どもだからって簡単な言葉を使おうとはしなかった」と私を育てたときのことを教えてもらったこともある。子どもだから、と言葉の難度を下げすぎるのは、それは子どものためにならないのかもしれない。
とはいえ、昔に観た映画も読んだ本も、ほとんど内容は忘れてしまっている。この間、中学生の頃につけていたらしい読書ノートを発掘した。日記も三日坊主なら読書ノートも三冊坊主、ほんの数冊しか載っていなかったのだが、「こんなの読んだっけ?」「そんなシーンあったっけ?」の連続だった。中学生でそうなのだから、小学生の頃に手にした本などなおさらだろう。図書室の片隅で読んでいる自分の姿は思い出せるのに、何度も読み返したファンタジーでさえ、内容はワンシーンごとに微かに浮かんでくるばかりだ。
しかし、もちろんのこと、「忘れるようなら読まなくていい」とはならない。いろいろな効用はあるのだが、先の話と絡めるのであれば、やはり色々な言葉に触れる経験として無くてはならないものだった。そして付け加えるのであれば、「わからない言葉をなんとなく読む」経験は必要不可欠だった。昔に読んだ記憶のあるナルニア国物語、『朝びらき丸 東の海へ』が教室にちょうどあったので、適当なページを開いてみる。「そのうちだれのだろう? 短剣の上に、みとむべき印はない」「また、われら、どのように仇をとげるべきでしょう?」という会話があった。「みとむべき」や「仇をとげる」、恐らく当時の私の知る言葉ではないし、今も使う語彙かといえばそうとも限らない。けれど、当時の私は間違いなく読み切ったのだ。なんとなくの力で。本を返す際に「わからないから面白くない」「ここの表現がわからないから読めない」という感想を耳にすることが多いが、正直なところ、100%わかるはずだと思って本に取り掛かるものではない。わからないところはわからないところとして割り切ったり、なんとなくで推測したりすることが必要だ。「わかるもの」だけ追い求めるのは、近道ばかり求めることと似ている。
冒頭の話に戻る。受験真っただ中の時期だからこそか、馬車馬のように勉強に打ち込むことの必要性を痛感すると同時に、同じくらい「馬車馬」であり続けるだけではいけないよな、と思わされる。がむしゃらに一直線に走ることももちろん必要だが、よそ見をするからこそ得られるものも世の中には多い。先の知らない言葉なんかはまさにそうで、気にしていないと引っかかりもしない。あれやこれやと目的から外れたものに手を出して、そこからアイデアを得ることもしばしばあるだろう。よそ見をしないようにと馬につける「覆い」を自分で付けたり外したりできるのが、馬とは違って馬車を引く必要のない私たちのひとつの利点なのではないだろうか。
一方でこう書いている私は、よそ見もわき見もしまくって色々と中途半端になってしまう自分を顧みて、今年はもう少し「馬車馬のように」頑張る時間を確保しようと思う。例えば、買うばかりで積み上がっている本を読み崩すとか。他の娯楽が見えないように覆いをつけて。今年の抱負だ。








