
2026.03.03Vol.725 境界線の引きどころ
似たようなタイトルで過去に文章を書いた気がしたので100号ぐらい遡ってみたが見つけられずに諦めた。ある意味において、私は自分というものを信じていない。一方で、自らの能力を信じている、正確には疑わないようにしている。うまく行かないことはたくさんあって、「もしかして能力がないからかも」と思い始めれば、すべてそれを理由にして何かをやり切る気力が湧いてこなくなってしまうからだ。生徒に対しても同様である。それゆえ、生徒が期待通りの結果を出せないときには、能力ではなく取り組み方を注意するように、と講師たちには伝えている。
時々言葉にすることだが、間違いなく賄賂をもらうから政治家には絶対にならない。それは選挙に立候補しなければ防げるので話は簡単なのだが、中には不意に決断を迫られる立場に置かれることがある。もし何かしらの事故を起こしたら現場から立ち去らない、ということを運転しながら時々自分に言い聞かせている。有名人がひき逃げ事件を起こしてニュースになるが、それはパニック状態で判断をするからだ。そういう人に限って、人の過ちから学ばずに、「なんでそんなあほなことするんやろか」で済ませ、「自分も同じようなことをしてしまわないだろうか?」というチェックをしない。「対岸の火事」と混同されるものに「他山の石」という慣用句があるが、そういう人たちはこの言葉を知らないのだろうな、きっと。事前にそのような心構えをしていても、いざその状況に置かれたときに適切な行動をできるかとは限らない。備えがあっても憂いがあるのだから、心の準備をしておかないということは私にとってはありえない。
明文化していたわけではなかったため今となっては定かではないが、志高塾を始めるときに自分の中でのいくつかの決め事があった。当時は「公開テストの点数が取れなくて」というようなことが早い段階で問い合わせの電話口から漏れると他の塾を勧めていた。時間割に余裕があり、一人でも生徒を増やしたい状態であっても、である。もちろん、今でもそのような話になれば同じように対応する。また、あまりにもやる気のなかった生徒には、本人に何度も注意をし、親御様に報告をした上で改善が見られなければ退塾を迫り、実際にそのようにしていた。授業料をいただくことを良しとしなかったからだ。「これぐらいは良いか」を繰り返しているうちに基準がどんどん緩くなっていく気がしていたから、迷ったときは自分にとって厳しい方を選ぶようにしていた。言葉にするとかっこいいが、ただ単に自分が何を大事にして経営をしているかが見えなくなることが怖かっただけの話である。短期の生徒を受け付けない、というのもその1つであったのだが、最近では、特に大学入試の小論文試験の直前対策は基本的に受けるようになっている。これに関しては、意図的に境界線を引き直したのではなく、いつの間にか変わっていたといった感じである。1か月ほど前にそのことに気づき、「あれ、俺、なんでもかんでも受け入れようとしちゃってるのかな?」という疑問が湧いてきた。そんな折、体験授業を受けた小3の女の子のお母様より入塾の連絡をいただいた。土曜の朝一の枠が希望で、そこ以外は通えないとのことであった。その枠は埋まっていたこともあり、「それであれば振り替えもお取りできませんし、もう少し時間に余裕ができた時点でまだ興味を持っていただけているのであれば改めて連絡をしていただけないでしょうか」とお伝えした。枠が埋まっていることはそれなりにあるのだが、そのような場合は動いてもらえそうな生徒の親御様に連絡をして曜日や時間の変更をお願いする。ありがたいことに、協力していただけるのでほとんどの場合はどうにかなる。今回それをしなかったのには2つの理由がある。1つ目は、忙しくしているのは良いのだが、そのほとんどが勉強で埋められてしまっているからだ。スポーツ系や音楽系の習い事がその理由であれば、また違った応対をしたはずである。2つ目は、今の成績を考慮せずに志望校を高いところに設定しているのは良いのだが、この1年間で成績が下がり距離が広がっている状態なのだ。だからこそ、足を引っ張っている国語を立て直すために興味を持っていただけたのだが、私の感覚的には、志高塾での90分を生み出すために、その倍に当たる3時間分の何かしらの勉強を削るぐらいでないとただやることが増えただけでうまく行かないのだ。電話を切った後、「あっ、俺、ちゃんと判断できてるわ」となり、少し安心した。なぜ、大学試験の直前対策は受けるようになったのだろうか、と考えてみた。まずは、大学受験生は概して時間の融通が利くからである。平日であれば16時40分からのコマの生徒が一番多いのだが、その後はもちろんのこと、前の時間に来てもらうこともできるからだ。次に、大学入試は最後の入試とも言えるからだ。もし、中学入試の直前対策を依頼されたら、小手先のことに時間とお金を費やすのではなく、もっと先を見据えた勉強をした方が良いとなる。そして、最後に、いろいろな大学の対策に携わることは我々教える側の経験値を上げることにも役立つからだ。
まずはできる限り自分の近いところに太い境界線を引き、大丈夫だとなれば少しずつ離し、細くして行く。そして、いつの間にかそれが消えている、というプロセスをじっくりと時間を掛けて踏んでいるのであろう。そして、線が無くなったときには自分なりの最適解を瞬時に導けるようになっているのだ。








