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2026.05.01Vol.92「一期一会」の先へ~其の一~(徳野)

 月曜日15時10分、京都市は快晴だった。志同くVol.86で取り上げて以来ずっと先延ばしにしていた「cafe出町びぎん」を訪問するべく河原町に降り立った。お店の最寄りのバス停は「河原町今出川」もしくは「葵橋西詰」で、どちらも京都河原町駅から約10分とのことだったが、私はさっそく行き詰まっていた。どの乗り場に向かえばいいのか分からなくなったのだ。皆様お察しの通り、私は極度の方向音痴である。よって、ターミナル駅前のバス停となると路線が入り組んでくるので、あっという間にお手上げ状態に陥る。右往左往している間に時間は無情にも過ぎていく。お店は17時に閉まるというのに。そもそも家を出る時刻も遅すぎた。花粉症なのか知らないが昨晩から続いていたくしゃみと喉の痛みを理由にだらだらと過ごしてしまった。体調不良を押して外出するならさっさと出発すれば良かったのだ。もうこうなったら「あの手」を使うしかない。己の迂闊さを呪いつつ、カラオケ屋の前で待機していたタクシーに乗り込んだ。
 あくまで個人の感覚になるが、京都のタクシードライバーさん達の運転はワイルドだ。今回お世話になった人も、他の地域の運転手さんと比べて体感1.3倍ほどのスピードで街を駆け抜けてくれた。そういえば座席に掛けてあったブランケットもチーター柄だった。そのおかげか乗車中ずっとはらはらしっぱなしだった。しかしながら、サービス精神旺盛で、(はるかに年下の私が言うのも変だが)とても愛嬌のあるご老人ではあった。例えば、鼻をすすっている私を一瞥するや否やのど飴を2つ差し出し、「ゴミはそこの吸い殻入れに捨てたらええわ」と声を掛けてくれた。親族以外の、いわゆる「大阪のおばちゃん」的な存在から飴ちゃんを貰った経験すら無い身としては、京都のおじいちゃんによる心遣いへの感激よりも先に軽い驚きを覚えてしまった。その後、信号待ちの度に挟まれる観光案内に相槌を打ちながら車に揺られること7分。寺町通で降ろしてもらった時のお会計は2,200円だった。財布からまず2,000円を出したところ、運転手さんから「残りの200円は無くてええわ。あとは自分で頑張って(目的地に)辿り着くんやで。」との言葉を受け取った。ちなみに、こういう風に「負けて」もらったのも初めてだった。さすがに今度はきちんと感動しながら何度もお礼を伝えることができた。
 歩きながらふと記憶に蘇ってきたのが、中学2年生の頃にクラスメイトだったMちゃんのことだ。Mちゃんは学年内での評判がとにかく悪かったし、彼女の唯一と言っても良い友人も陰ではMちゃんをこき下ろしていた。なぜなら、自分は教員の目を盗んで校則をしょっちゅう破っておきながら、他の生徒のルール違反やミスを見つけると、即座に担任教師や部活の顧問に報告していたからだ。また、そういった棚上げ行為をしていない時でも、人に接する態度が苛烈だったため、私自身、意識的に彼女を避けるようにしていた。だが、そんなMちゃんに異変があったのは2年次の秋からだ。まずは、教員に頻繁に言いつけに行くのを止め、所属している吹奏楽部でも落ち着いて練習するようになった。そのおかげで周囲との衝突も各段に減った。ここまでは良かった。同時に始まったのが、「あげる」行為である。先述の通りお菓子の校内持参は禁止だったのだが、Mちゃんはチョコやらグミやらを生理用品を入れるポーチに忍ばせ、昼休みに体育館裏や便所で会った顔見知りの女子に上目遣いを送りながら「これ、食べていいよ」とおもむろに取り出すのだ。正直に言って意味もなく睨みつけられるよりも迷惑だったし、以前の姿を知っているだけに「何か企んでいるのではないだろうか」と勘ぐってしまっていた。ただ、私には毅然と断る勇気が無かったため、「ありがとう、また今度にしとくね」とお茶を濁して逃げていた。大半の生徒も似たような対応をしていたので、Mちゃんの周囲に集まる人は相変わらず少なかった。そして、本人も効果の薄さを実感したのか、冬になる頃には目立った行動を取らない本当に大人しい子になっていた。年齢を重ねた今となっては、Mちゃんの孤独感が痛いほど分かる。けれども、残酷ではあるが、彼女が心を許せる友達を得られなかったのは仕方ない、とも思う。あんなになりふり構わずいきなり下手に出て、人の心を物で釣ろうとしていてはかえって距離を置かれるからだ。また、Mちゃんは相手にまで校則違反というリスクを負わせることで連帯感を生もうとしていたはずである。彼女がその点にどこまで自覚的だったのかは不明だが、最終的には「これでは上手く行かない」と悟ってくれたことには救いがある。
 Mちゃんのことを思い出したのは、タクシードライバーさんの気遣いが細やかでありながら、とてもさっぱりとしていたからだろう。二人のあり方は対照的だ。短くて1年間は付き合わなくてはならないクラスメイトとは違い、観光地の運転手と乗客というのはまさに「一期一会」の関係にあるとみなせる。そして、たった一度きりだからこそ、無償のサービスを通して相手を喜ばせて、お互い気持ち良く別れたい。あの運転手さんは「純粋」を感じさせてくれた。土地勘の無さ以上の問題を抱えた私を「本当に行ける?」としきりに心配してくれたおじいちゃん。おそらく後期高齢者に差し掛かっていて耳も遠くなってきている様子ではあったが、とにかくご本人が望む形で幸せに生きてほしいと願う。

 さて、Googleマップいわく、寺町通りから路地に入り、まっすぐ進めば「cafe出町びぎん」はある。とのことだったが、多彩な喫茶店や豆餅で有名な「出町ふたば」が店舗を構える通り沿いとは違ってごく普通の住宅が並んでいたので、「本当にあるのか?」と若干不安になってきた。
 すると突然、宙に浮くつぶらな青い瞳と目が合った。出町桝形商店街の目印(と私が勝手に認識している)の巨大なサバのオブジェではないか!脂の乗っていそうな立派な体躯に似合わず、ロマンチックに星を散らした瞳の持ち主である。アーケード内を散策したい気持ちはやまやまだったが、17時閉店の「cafe出町びぎん」に急がねばならなかったので、そのまま横切った。
 やっとのことで到着した「cafe出町びぎん」に足を踏み入れた第一印象は、「物凄く普通の、綺麗なお家だな」というものだった。名物店主であり、地元の方々に「ママ」と慕われているKさんがお宅の1階を活用しているので当たり前ではあるものの、テーブル、アップライト・ピアノに応接セット、パソコン用のデスクが同じ空間に置かれている店内の空気には、とても新鮮味を覚えた。ランチタイムのピークはとっくに過ぎており、その時点でお客は私だけでKさんの姿も無い、という状況も不思議な感覚をもたらしていた。30秒ほどキョロキョロとした後に厨房の方をおそるおそる覗き込んでみると、タイミング良くKさんが2階から降りてきた。他方のKさんにとっては「運悪く」だっただろう。「すみません・・・」という弱気な声を漏らしながらこちらを窺ってくる幽霊のような私に気づくなり、思わず「うわぁ!!」と悲鳴を上げていた。さらには、直後に「大声を出してごめんなさい!」と謝らせてしまったことは申し訳なかった。(Kさん、あの時は本当に失礼いたしました。)ただ、Kさんが驚いた際に彼女の体から放たれた声の瑞々しい張り具合を耳で感じ取った時、「本に出てきた、あの素敵なママだ!」と嬉しくなったのも事実である。我ながら気色の悪いことを書くが、それだけKさんは、私が頭の中で思い描いていた以上に快活で、初対面の相手との間にさえ壁を作らない人なのだ。そして、ひとしきり挨拶が済みしだい、看板商品のホットコーヒーを淹れていただいた。それから50分程の滞在時間の内にも色々な事があったのだが、このままだととんでもない文章量になってしまうため、続きは次回に。

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