
2026.02.27Vol.86 輪を広げる(徳野)
昔から人の輪に入っていくのが下手だ。赤ん坊の頃から何事も平均よりワンテンポ遅い人間だったらしいが、成長後も集団内の「ノリ」に乗れないまま今に至る。ただ、高校生まではそれでも困らなかった。兄弟姉妹がいないのもあって一人遊びには慣れているし、趣味も相手がいなくても成立するもの(音楽と映画の鑑賞、読書など)ばかりなので、毎日をマイペースに過ごせれば十分に楽しかった。何より、高校まではスケジュールを勝手に決められていたようなものだ。極端に言うと、授業を受けたり、好きな本を読んだりするために机に座っているうちにいつの間にか一日が終わっていた。当時の人付き合いといえば、たまに話しかけてくれる優しいクラスメイトたちと5分ほど言葉を交わす程度だった。こうして振り返ると、身近な他者に興味を抱かず、色々な事に対して受動的だったのが一番の問題だ。さらに、自分の傾向を「問題」と認識しないまま大学生になってしまった。就職活動が迫ってきてようやく慌てているようでは遅い。そんな私が、個別指導で、しかも会話量が多い志高塾で講師をしている。人生はどう転ぶか分からないものだ。そして、社員になってから強く感じていることだが、今の仕事をしていなかったら両親ともまともに関わることなく、最悪、短い一生を終えることになっていた気がする。
ここまでの流れだと、私の性格が変わったかのような印象を与えるかもしれない。そんな訳はない。いわゆる自己開示が苦手で、授業外で誰かと一緒に過ごしたいという気持ちが湧くことは今でも滅多に無い。ただ、前と違うのは、現状のままでは良くないと捉えるようになったことだ。なぜなら、人間関係の構築から逃げ続けてきたせいで、仕事においても、他者との繋がりを広げるための行動の価値をきちんと理解できていない節があるからだ。その旨をSNSで述べたら「公私を分けたほうが良い」、「仕事のために人付き合いするなんて不自然だし利己的だ」などの声が飛んできそうではあるが、そういった正論が私の場合は自分への甘やかしにしかならない。ありがたいことに「大学受験が終わったら先生と美術館に行きたい」と言ってくれている高校3年の女の子がいるので、こちらから連絡をしようと思う。また、文化人類学に興味がある彼女には辺見庸の『もの食う人びと』や松村圭一郎の『うしろめたさの人類学』といった本をお薦めしたい。(後者は教室にあるのに加え、複数の講師が面白い作品として取り上げていた。)
「繋がり」という点では印象深い卒業生がもう一人いる。志同くVol.41にも登場した、大阪大学基礎工学部3回生のF君だ。相変わらずXでの発信に意欲的で、現在は「ナウルにフォロバされている代表お出かけスポットサークル代表」という情報量がやたら多いアカウント名で活動している。しかもnoteも始めている。恐ろしいことに2,000字程度の文章をほぼ毎日投稿しているのだから畏怖の念すら湧いてくる。
そんな彼には、去年の夏にホームページに掲載する「卒業生の声」の執筆を依頼してみたものの、本名と顔写真をインターネット上に公開することへの懸念があるとのことだったため見送ることになった。当然ながらF君には何の非も無いのだが、この年明けに「お力になれず申し訳ありませんでした」という旨のメールをわざわざ送ってくれた。こうなったらnoteにて志高塾で過ごした時間について綴ってもらうしかない。お願いしてみたところ、その2時間後には「志高塾についての思い出」がアップされていた。「言い換えること」の大切さを学生目線で述べてくれているので、本人の励みになるよう、リンクをクリックして是非読んでいただけると幸いです。また、個人的には「入塾してからは、作文が以前よりも好きになっていた。もちろん、常に順風満帆というわけではなかった。特定のテーマについて作文を書くとなって、どう書けばいいのだろうか、とかなり悩んだこともあった。しかし、先生方からのアドバイスとかで、『こういう考え方もあるんだ』とか『こう表現したらいいんだ』といった感動もあった。新たなモノの見方など、中学2年生の冬までにはなかったものが、今の自分にはあるのだ。それは、全てそうというわけではないが、志高塾のおかげでもある。」という段落にほろりと来てしまった。上記の紹介文が公開される前に彼の文章を他にも読んでみたのだが、通塾当時には希薄だった「自分が取り上げたテーマに馴染みの薄い人に向けてどう伝えるか」という視点が窺えた。不特定多数の相手に向けて「お出かけスポット」の魅力を発信する活動を通して身に着けたのだろうな、と感心していたのだが、F君本人が志高塾での取り組みと自身の成長を結び付けてくれていることには感謝するばかりだ。
さて、F君のXとnoteを見ていると、青木悠(あおき はるか)さんという大学生と、彼女の著作『京大生、出町にダイブ! 京都下町見聞録』への言及の多さが目に付く。どうやら青木さんの存在がF君の執筆欲を高めている様子だ。何が彼を搔き立てるのだろうか。そんな好奇心からエッセイ本を手に取り、現時点で3分の2ほど読み進めている。まず、描写力がとにかく素晴らしい。青木さんは高校では演劇の脚本を手掛けていたとのことなので書くことにはかなり習熟しているのもあるのだろうが、舞台となる商店街のカラフルな光景と空気感が驚くほど丹念に、そしてまっすぐ言葉に落とし込まれている。読者の私まで昭和の風情を残したアーケード街を本当に歩いているような気分を味わえる。同時に、読んでいるだけでは飽き足らない、という感覚も呼び起こされた。作中には「出町びぎん」という喫茶店が頻繁に登場する。一人暮らしをする青木さんにとっては第二のホームと言えるのだろうし、多くの常連客にとっても単なる「美味しい飲食店」に留まらない意味を持っているのだろう。それくらい金銭のやり取りを超えた人どうしの密な交流が続く、令和の今となっては稀有な場所である。しかも府外からの若者が溶け込みたくなるような寛容さも持ち合わせている。その雰囲気を肌で感じ取ってみたい。青木さんも初めての入店時は緊張したそうなので、私はそれ以上に二の足を踏みそうな予感がしているが、彼女に背中を押されていると思って実際に足を踏み入れてみたい。この春休みは、出町桝形商店街も含めて少しニッチな京都旅行をすることになる。








