
2026.06.05Vol.95 「一期一会」のその先へ~其の二~(徳野)
cafe出町びぎんはつくづく不思議な場所である。店員が馴染みの客と雑談に興じる飲食店じたいはたまに見かける。しかしながら、店主と常連客、そして私のような新参者という組み合わせで食卓を囲むような喫茶空間は他になかなか無いのではないか。4月末に初めて足を踏み入れてからおよそ1か月後、今週の6月1日に久しぶりにお邪魔した。店内にはコーヒー休憩にやって来ているご近所さん達がほぼ常にいるのだが、店主のKさんは必ず、私をその人たちと同じテーブルに案内してくださる。偶然ご一緒したご近所さんの中には、青木悠さんの『京大生、出町にダイブ!』にも頻繁に登場する方々もいた。一読者として内心では「えっ、あの○○さんがここにいるの!?」と驚いたり、胸を躍らせたりしていたものの、当然ながら実際はお互い初対面である。相手の方のほうが気を遣って会話のきっかけを作ってくださるのだが、特に一度目の来店の際、私の振る舞いは痛々しいほどぎくしゃくとしていたはずだ。己の人見知り具合を後から振り返ってみると、ちょっと思い出すだけでも穴があったら入りたい気分になる。だが、しつこく何度でも書くが、私はとりわけプライベートでは「穴」にこもり、他者との交流を避けるような人生を送ってきた。それには後悔しか無い。だから、28歳が目前に迫る今、赤っ恥をかいたからといって逃げ続けてはいけないのだ。二度目のcafe出町びぎんへの訪問は、自分の中では「楽しい修行」という何だか矛盾した位置付けだった。
お店を再訪したのは「精神の鍛練」のためだけではない。純粋に、Kさんに直接お話ししたいこともあったからだ。初めてお会いした際、青木さんの本を通じて興味を持ったこと、そして、作文をカリキュラムの中心にした国語専門塾で働いていることを伝えたところ、Kさんが「私も悠ちゃんに触発されたのよ」と、ご自身で書かれた文章を途中まで朗読してくださったのだ。終盤に差し掛かった頃に別の来客があったため、メールでファイルを送っていただき、残りを自宅で拝読した。題材は「ルパン3世」を自称する元常連さんとの交流の日々だ。「元」なのは彼がすでにこの世にはいないからである。
ルパンさんはお店のすぐ近くにあるアパートに一人で暮らす初老の男性だった。(けっして悪名高き泥棒ではない。)野球と相撲の観戦や読書といった日々の娯楽はあれど、おそらく、社会から半ば孤立したような生活を長い間送っていたのだろう。そんなルパンさんにとって、社会福祉士の資格を持つKさんが切り盛りするcafe出町びぎんは食堂でもあり、他者との繋がりを取り戻せる場でもあった。日に3回、週に5日も食事に来ていた時があるというのだから、「居場所があること」がもたらす安心感がどれだけ人間の根幹に関わっているかを痛感させられる。「姉さん」と慕うKさんとたまに大喧嘩しつつも、彼女からの助言を聞き入れて身だしなみに気を配るようになり、地域のコミュニティに受け入れられていった。彼が身に纏う空気はどんどん朗らかになっていった様子が文面から伝わってくる。しばらくして、ルパンさんが養護施設に入所していたお母さまと一緒に故郷の青森に戻る決意をしたと言うので、お店では送別会の日程と参加者が決められた。寂しくはあるが、これから始まる新生活を応援しよう。誰もが前向きな気持ちで過ごしていた矢先、ルパンさんの突然の他界が発覚する。まさに青天の霹靂。そして、Kさんにさらなる衝撃を与えたのが、彼が無縁仏として供養されることになった事実である。だから、文章の題名は「遺体引取拒否」なのだ。ルパンさんとご家族の間にどのような確執があったのか、今となっては分からない。だが、本来なら弔ってくれるはずの親兄弟に拒絶されるというのは、あえて強い表現を使わせてもらうと「遺族の記憶に残されるべき存在になる」のを許されなかったことではないだろうか。独身で一人暮らしをしている私にとっても他人事とは言えない、悲しい最期である。
ルパンさんとそのご家族以外の者が干渉しえない事情がある中で、Kさんが綴った言葉は、亡き後の居場所を失ってしまったかのような彼が確かに生きていた証だ。ルパンさんを直接知らない私のような者は、本当の意味で彼を偲ぶことはできない。だが、文章を介して、その姿かたちや人柄を思い描くことで、弔いの輪の末席に(誠に勝手ながら)加わらせていただけたような気がしてきた。実は、読了した段階で感想文はまとめられていたのだが、「ただ返信するだけではいけないのではないか」という思いが湧いてきた。「身近な人の死」という普遍的なテーマに対して、電子メールでやり取りを完結させる形式は軽すぎる。あと、能天気な話をすると、その時点ではcafe出町びぎんのランチにありつけていなかったので、次こそ味わいたい、という気持ちも少なからずあった。
そして、二度目の訪問時。文章を共有してくださったことへのお礼を改めて伝えたところ、Kさんは私に「ルパンさんってどんな人だと思った?」と尋ねてきた。思いがけない質問に少し戸惑いつつ「愛嬌のある方だと感じました」と答えると、更に「どんなところが?」と聞かれたので、「初対面のKさんに向かっていきなり、『私はルパン3世だ。この店にめぼしいものはあるかな?』と言いながら登場したところですね。すごく寂しがりやだから冗談で人の気を引いてるような印象を受けました。」と、どぎまぎしながら返した。それを聞いたKさんは「寂しがりやな人、か」と呟いて、ほんの数秒ほど遠い目をした。その時の表情はどことなく、自分が探し求めているものはまだ見つかっていない、と語っているようにも見えた。あれだけ密に関わっていたKさんにとってでさえ、ルパンさんにはベールに包まれた部分がまだ沢山残っている存在なのだ。だからこそ、執筆を通して彼の人物像を改めて浮き彫りにしようとされたのだろうし、文字にする過程でご本人の中で「見えて」きた事もあった様子が窺えた。それと同時に、特に故人について考える、というのはゴールの無い、しかも幾つもの分かれ道がある旅路をずっと進むようなもの、いわゆるライフワークだ。これまた勝手な想像だが、Kさんはルパンさんのために、そしてご自身のためにも「旅」を続けていかれるような気がしている。
さて、話はがらりと変わって、高槻校でのことになる。研修中の学生講師によるレポート課題を少しだけ紹介させてほしい。以下が抜粋である。
感動や、感情、認知した事象全てを、余すことなく伝え切ることが可能な言語など、おそらくこの世界には一つもありません。しかし、それでも、私たちが一つの言葉を知り、十の表現を模索することに意味はあります。そのものまでとは叶わずとも、近い地点を表現することができるのなら、その為に努力することができるのなら、そこに意味がないはずがありません。
その時その場で紡ぎ出した言葉は、今の自分に出来る最善を尽くした結果である。また、そうなるように向き合うべきである。でも、いくら調べても考えても満足する域に到達できていない、と思わせてくれる何かを見つけることも大切だ。少しでも理解し表現するために読んだり、出かけたり、人に会ったり、そして書いたりする経験は、より良く生きる糧になるからだ。








