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2022.05.10Vol.542 そうでないことを誤解なく伝えるには丁寧な説明が求められる

 昨日から半年に1回の面談が始まっている。「希望調査票」というものを事前にお配りして、できる限り第3候補まで挙げていただくようにお願いしているのだが、「〇日以外可能です」、「午前ならどの日でも大丈夫です」といった感じ、つまり候補日時をたくさん挙げてくださる方が以前よりも明らかに増えている。これまででも十分だったので、日程調整はさらに楽になっている。この話の場合、「候補日時をたくさん挙げていただくこと」が「そうであること」に当たる。このことに限らず、親御様との関係において嬉しいことというのはそれなりにあるのだが大抵はここでは書けない。それは「そうであること」を肯定した時点で、「そうでないこと」が否定的な意味合いを帯びてしまうからだ。
 「そうでないこと」に言及する上で、面談に関して少々おさらいを。遡ること15年、2007年に初めての面談を行った。それがいつの季節であったのか今となっては忘れてしまったが、ひとつ確かなのはプリントを配布した翌週、生徒のファイルを受け取って、どこかの日時にチェックが入っていないかどうかをそれなりに緊張しながら確かめていたこと。書き込まれているのを見つけては、「時間を作ってわざわざ話を聞きに来ていただけるんだ。ありがたいな」と喜んだことをはっきりと覚えている。今なお、その「ありがたさ」というのを感じる。ただ、実際のところ、自然とそうなっているのかどうかは自分でも分かっていない。「初心忘るべからず」という言葉がある。忘れてしまってから、いかんいかん、と原点に戻ることもあれば、きれいさっぱりと、ということもある。一般論について語っている。私は自分との付き合いがもうすぐ45年になる。それだけ長くなれば、さすがに自分がいかに傲慢であるかはきちんと認識しているし、15年前の時点でも十分に合格点をもらえるぐらいではあった。それゆえ、初心の時点で「この気持ちは忘れたらあかんぞ」と自分に言い聞かせていた。他の人が自分の心をどのようにコントロールするかは知らないが、私の場合は、危険を事前に察知して、胸に深く刻むことで回避することが多い。そのような予防策を取らずに、その時その時の心の赴くままに任せたらどうなるんだろう、というのもあるが、ものすごくはちゃめちゃなことになりそうなので怖くて試せない。話を戻すと、そもそもお越しいただけるだけでありがたいのだ。「そうでないことは、そうであることと上下関係にあるわけではない(続編)」というタイトルでは工夫がないのでやめておいたが、2つが上下関係にないことをご理解いただけたはずである。
 このように述べてきたことで、今度は新たに「面談に来ること」が「そうであること」として設定されてしまっている。すると、「面談に来ないこと」が「そうでないこと」となる。ただ、これに関しては例外的に丁寧な説明は不要である。そもそもお子様を志高塾に通わせていただけているだけでありがたいからだ。たとえば、こんなお母様もおられた。入塾後、半年、1年ぐらいは面談だけではなく電話も頻繁にいただき相談を受けていた。そして、その後1年、連絡はぷっつりと途絶えた。前回、久しぶりに面談に来られて、その冒頭、「来づらかったんですよね」、「そうです」というやり取りをした。当初、私がいろいろと提案をしていたのだが、それとは別の道を選ばれていたからだ。私にはその道の先にはお母様が求めているものはない、というのが分かっていた。これこそ傲慢な物言いだとのそしりを受けるかもしれないが、そうではない。私が何かの才能に恵まれているからではなく、これまでにある程度の数の生徒を身近に見てきた経験上、それなりの確度で「その先は、こうなる」というのが想定できるだけの話なのだ。もし、その選択がその後に取り返しのつかない結果を生むことが予想されるのであれば、私も一生懸命説得を試みるが、そんなことはほとんどない。だから、ひと段落した時点で、「さて、これからどうしましょうか」という話を始めれば良いだけの話なのだ。
 最後に飲み会に関するご報告を。メンバーの中には社会人3年目のAさん(中3で入塾し生徒として4年、講師として大学院卒業までの6年)がいた。その彼が、「『叱されやすいっていうのは(叱ってやろうと思ってもらえるのは)、才能の1つやで』と松蔭先生に言ってもらえたことを頭に入れながら仕事をしています」と報告をしてくれた。自分の言葉が誰かの役に立っているなんてそんな嬉しいことは無い。
 そして、もう1つが社会人3年目のBさん(中2で入塾し生徒として5年、講師として大学卒業までの4年)に関する話。彼が高校生の時のことである。今となってはあちこちで見かけるようになったが、当時はまだ珍しかったザ・ノース・フェースの真っ赤な大きなリュックを持って来た。あまりに嬉しそうにしているので、いたずら心に火が付いた。彼がトイレに行った隙に周りを見渡して、「ごみ箱や」となった。新品の物を捨てるなどと言う残酷なことはしない。帰って来た彼が即座に気付き、鞄のチャックを開け、「やめてくださいよぉ」と言いながら、中にすっぽりと納まっていたゴミ箱を取り出した。その話はこれまでにも何度か出てきていたのだが、今回は新たな情報が。「帰宅後、おとんとおかんにそのことを報告したら、『松蔭先生、めっちゃおもろいな』と2人が笑ってたんすけど、僕の欲しかった答えはそんなんちゃうかったんすよぉ」彼の場合、いたずらしてやろうと思ってもらえるのが才能だと言えるかもしれない。
 思い出は作るものではないが、志高塾での出来事を誰かと何かの機会に振り返ったとき、何となく楽しい気分になれたとしたら、共有していた時間はそれなりの意味を持っていたと言えるのかもしれない。

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