
2024.04.12Vol.20 仮説の必要性(三浦)
何年か前にステンレス製のマグカップを買った。蓋付きで、飲み口のところだけを開けられるようになっている、何の変哲もないマグカップだ。冬には熱湯に近い温かさの飲み物を注いでは保温のために蓋をするのだが、いつも閉じた飲み口の隙間からごぽごぽと泡のようなものが溢れてくる。一体なんなのだろう、やっぱり蓋をするから中の空気が真空みたいになって圧縮されて云々、いろいろと適当な理屈を思い浮かべては不思議がり、そろそろ人に聞いてみようかなとなり始めた数回目の時点でようやく思い至った。「これ、多分湯気だ」と。
こういった当たり前のことに気づくのは、きっと人の一回り二回り遅い。未だに記憶に残っているのは小学生の頃、校庭での全校集会のときに足元を眺め、「なんで地面って急に暗くなったり明るくなったりするんだろう」とぼんやり考えていたことだ。そうしていつだったか、「そうか、太陽が雲で隠れているんだ」と不意にひらめいたのだった。教材で扱っている『ロダンのココロ』の中に、犬のロダンが縁側を離れているうちに曇りになってしまったのだが、ロダンはそれが天気のせいだとは思わず、日向が吸い込まれたのではないかと掃除機を疑う話がある。レベルとしてはそれとあまり変わらない気もする。
似たようなエピソードには事欠かない。例えばカップ麺の麺を食べていくとスープの水位が下がるのを、ずっと「この麺、スープを吸うのが早いんだな」と勘違いしていたり、なみなみ飲み物が注がれた氷入りのグラスを見て、「氷が解けたらかなり溢れちゃうな」と不安になっていたり、だ。周囲にツッコミを入れられるまで、つい最近までそういった誤解を重ねていた。物の道理や仕組みがまったくわかっていないのがこういうところで浮き彫りになり、そのたびに反省している。
Vol.633、Vol.634の『志高く』で、「答えも持たずに、質問をするのはアカン」「最終的な答えとまでは行かずとも、尋ねることに対して少なからず自分なりの考えを持っている必要がある」と述べられている。授業の中でも、こちらの問いに対して間髪入れずに「わからん」「知らん」という生徒にはもう少し粘って、自分なりに何かしらを考えるように促している。「わからへんけど、多分〇〇なんちゃうかな」と言うことができれば、その〇〇が外れていようが、そうやって自分で何かひとつ予想を立てたことに大きな意味が生まれる。
その点では、先の私の実例には意味があると言えそうだ。だが、考えるためには材料になる知識が必要である。それがなければどんな仮説も答えもただのあてずっぽうに過ぎなくなる。多角的に物事を捉えるとはよく言うが、やはりそれにも土台が欠かせない。資料読解ではSDGsにまつわる事柄を多く扱うが、「エネルギー問題をどうするか」「貧困をどうするか」などの一筋縄ではいかない問いに対して極論に走ってしまうのも、往々にして材料と検討が少ないから、そしてその上で(だからこそ、だろうか)「これが正しい」と思い込んでしまうからである。
思い込みに関連するが、「こうした方が早いな、良いな」と下した判断がことごとく間違っていることがよくある。後から振り返れば当たり前にわかるのに、その時は全く気付かずに、間違ったやり方に凝り固まっている。それも判断材料が足りないせいだし、私の場合で言えば焦って行った判断はほとんど間違っているので、検討が空回りしているせいもあるのだろう。
「自分で考える事」はもちろん大切である。人から聞くばかりでは、自分の中に落とし込めるかははなはだ疑問だ。しかし考えるのが「自分だけ」である場合、そこにはどうしても限界が付きまとう。それを防ぐためには自分の中にある問いや仮説を共有してはアップデートしていくことが必要であるし、その際に出てくる意見に耳を傾けることも不可欠だ。
意味もなく長々とした文章になってしまった。これも材料の精査が甘かったせいだろう。ここで無理に書き出しの内容に戻るのであれば、何気ない気づきを共有してはツッコミを入れられるような日常の光景が大切なのだろうと、そしてその延長に作文と添削があるのだろうと、そう半ば無理やりに着地しておく。
2024.04.05Vol.19 未知の道、自分の道(竹内)
「志同く」が始動した時、その名称に唸るばかりであった。代表の松蔭がこれまで長く続けてきているブログや内部生向けの配布物の呼称である「志高く」と字面や響きが通じているだけでなく、私を含めた社員たちが目指している先が同じであるということを端的に、そして明解に表す名前である。
子どもの頃、時々迷路の本で暇をつぶしていた。家に何冊かあって、私以外のきょうだいもぱらぱらめくるからなのか、図書館などで借りてきたものだからなのかは覚えていないが、直接書き込まずに指でなぞるスタイルだった。そういう遊び方をするものなのかも知らないが、スタートからゴールまで○秒切るぞ、とささやかな目標を立てて指を動かす(タイマーで計るほどでもないので頭の中でカウントしているだけである。いつも結果は感覚的)。なんとも地味でちまちましている。中には結構複雑なものもあって、そういうものは何度か行き止まりにぶつかることになる。速さを重視するとできればそれを避けたいので、次第に遊び方が変わって、ゴールから出発してルートを一本綺麗に見つけ出すのが楽しさになっていた。迷路なのに、迷いたくなかったのかもしれない。
本質的には、その気持ちは払拭しきれていない。人によってどのような言葉で表すかには違いがあるだろうが、志高塾におけるゴールというか「志」は、その子がその子らしく社会と関わっていける術を身につけさせてあげることである。そこははっきりしている。「志同く」には、その目標を共有した上で、それぞれのやり方でそこに向かっていくのだという意味が込められている。でもこの「自分のやり方」がすごく難しい。目指していく方角は分かっているのに、なんだかすごく遠ざかっているような、全く前進していないような、そう感じることがしばしばである。そう感じてしまうのは、松蔭が私にはできないやり方で生徒の、講師の、親御様の心を動かすから。一言でバシッと伝える様子を見ながら、同じことを届けるのに自分は二言、三言、何なら十言以上かけていることに気付いて胸がちくっとする。(そんなちまちました言い方を本来しないので、「十言」はもちろん一発変換できなかった)同じことを思っているからなおさら、強く感じる。でも、時間をかけたり、言葉を尽くしたりしていく中で生徒の表情が変わったり、講師の動きが変わったり、親御様から色々なご連絡を頂けたりした時に、自分のやり方を少しだけ認めてあげられる。がむしゃらにやる姿が、誰かの「新しいやり方」に繋がるのなら、それをし続けるしかない。
高校野球を見ているとエースで四番でキャプテンのいるチームが一定数存在している。投打の要で、さらにはチームのまとめ役となれば、スター性抜群である。そんな存在は目立つしかっこいい。しかし、きちんと調べていないので定かではないが、おそらくそのようなチームは減っているはずだ。近年は特に猛暑の中で行われる夏の大会を勝ち抜くために、強豪校を中心に複数の優れた投手を擁して臨むことは当然になっている。チームが上手く機能するために、一人ひとりが確実に役割を果たすことが不可欠なのだ。私が、どうやって自分の役割を果たしていくか、なのだ。
新年度の始まりに、私なりのやり方で気合を入れてみた。
2024.03.22Vol.18 右とか左とかではなくて(徳野)
3月10日、山崎貴監督の『ゴジラ―1.0』がアカデミー賞の視覚効果賞を獲得した。私は作品が公開されて3か月経った頃、賞の候補作として挙がった、という報道を目にしたのを機に鑑賞したのだが、宣伝を初めて目にしたときの感想は「これとは絶対に関わらない」だった。「終戦間も無い1940年代後半に、戦地に未練を残しつつ復員してきたであろう男性たちが、愛する母国を守ろうと一致団結する」という筋書きから、国家や世界のような「全体」の存続のために「個」が捨て身で脅威に立ち向かうのを右翼論者が賛美する構図を勝手に思い浮かべてしまったからだ。それと同時に、未見のうちから散々こきおろしておきながら、国際的な評価を得たと知って映画館に足を運ぶ私も大した俗物である。
御託を並べたが、結果的には見ておいて良かったと思う。長い歴史を持つ『ゴジラ』シリーズの最新作なので、正直に言って話の展開は容易に予想が付くものであり、そういう意味では陳腐なのだろう。しかし、主人公である元・海軍航空隊少尉の敷島浩一(しきしま こういち)が大怪獣に戦いを挑みに行く「背景」には、はっとさせられるものがあった。以下があらすじである。
戦時中のある日、特攻隊員の敷島は死から逃れるために飛行機の故障を偽り、整備兵たちが待機している島の基地に着陸した。しかしその晩、体長15メートルのゴジラが襲来。メンバーの中で唯一の戦闘員だった敷島は砲撃を懇願されたものの、恐怖のあまり身動きが取れず茫然とするだけだった。その間に他の者たちは嬲り殺しにされ、敷島は罪悪感を抱えながら帰国した。それから数年。敷島は同居人や仕事仲間に励まされながら安定した生活を取り戻しつつあった。ところが、核実験の影響で50メートルにまで巨大化したゴジラが日本に上陸し、復興が進む東京を破壊し尽くした。過去にけじめを付けるため、敷島は再び戦闘機に搭乗するのだった。
要約しながら改めて感じたが、敷島は自己中心的な男だ。終戦後にゴジラと命がけで対峙した動機も「家族や友人を守りたい」というよりは「整備兵たちの仇を取ることで過去のトラウマから解放されたい」というやや利己的なものだった。そして、私は敷島の姿からなぜか作家の三島由紀夫(1925~70)の人生を思い出してしまった。文学者としては大変尊敬しているのだが、それ以外の部分では相容れないと感じてきた人物だ。しかしながら、小説家の平野啓一郎氏の言葉を借りると、三島は「生き残ってしまった」世代の人間である。彼は空襲から運よく逃れ、徴兵された後も病弱を理由に入隊を拒否されたおかげで戦後の文壇で地位を築くことができた。一方で、同年代の若者たちが戦場で命を散らしたり、この世の地獄を味わってきたりしてきた中で、自分だけが比較的安全な場所で生きながらえた事実に後ろめたさや劣等感も覚えていた。その強烈なコンプレックスが、旧日本陸軍を彷彿とさせる民間軍事組織「盾の会」の創設や武士道精神に則った割腹自決での最期といった強烈な行動として具体化した、というのは容易に想像できる。
詰まるところ、敷島と三島の「殺された基地の人たちのために」「日本の伝統と治安を守るために」などの言葉はけっして嘘ではないのだろうが、彼らは何より自分自身を救済しようと強大な相手と戦った(戦おうとした)のだ。彼らが味わったであろう戦争の大きな渦に「巻き込まれた」という感覚を今の私が味わうのは到底無理な話だ。しかし、三島のように表面的には盲目的な愛国主義者に見える者でも、何だかんだで個人としての感情を大切していたのだと理解する視点を持てたのは、『ゴジラ―1.0』が持つフィクションとしての力のおかげなのに違いはない。歴史を「記録」ではなく人物の心情変化を中心に進行する「物語」を通して触れる中で、現実での出来事や人間に歩み寄りつつ冷静に向き合えることもあるのだ。
2024.03.08Vol.17 みにくいしっぽ(三浦)
まじめに努力して行くだけだ。これからは、単純に、正直に行動しよう。知らない事は、知らないと言おう。出来ない事は、出来ないと言おう。思わせ振りを捨てたならば、人生は、意外にも平坦なところらしい。磐の上に、小さい家を築こう。
太宰治、「パンドラの匣」より引用である。つまみ食い程度にページをめくった程度で、実は恥ずかしながら通して読んだ覚えはないのだが、このフレーズは忘れまいと、仕事用のパソコンのメモアプリに常に残している。要は、戒めのようなものだ。「知らないことは知らないと言う」、「出来ないことは出来ないと言う」、それがいつまでも苦手な自分への、戒めだ。
一昨年あたりのことだろうか。大学時代の友人と東京で会い、駅の散策がてらに本屋に寄った。最近読んだ面白い本を紹介してもらいつつ、本棚を見て回りつつ、ふと実用書棚の前でとある話題へと移り変わった。確か、「すぐにわかる〇〇」「誰でもできる〇〇の始め方」のようなタイトルの本をふと手に取ったときだったはずだ。
「これ、役立ちそうやけど、本棚に置きたくないよな」
二人でひとしきり同調しあった。zoomか何かで背景になることもなく、誰に見せるでもないくせ、こういうところだけ無駄に立派な見栄っ張りである。「すぐにわかるものでわかったつもりになりたくない」、そういう意識が根っこにあった。
本棚というのは、レイアウトの話ではない。「ありきたりな本を読んでいない私、いいじゃん」「難しそうな格好いい本を読んでいる私、いいじゃん」という自意識の塊なのである。しかも実際にその「難しそうな格好いい本」をちゃんと読んで血肉にしている友人とは違い、私なんかは実際に読んでいるのが半分程度なのだからどうしようもない。格好つけたいなら格好つけたいで、せめて読むべきだ。それでも、「これが本棚にあるような人間になりたいなあ」という思いで本を買ってしまうのはやめられない。
そういった「格好つけたい」はいつまでも私の根に残っている。わからないことは何も悪いことではないと生徒に話すその口で、知ったかぶりをしてしまうこともまた事実だ。もちろん生徒と私を同列にするべきではない。私について言えば、知っているべきことを知らないというのは、これまでの怠惰を反省すべきところである。
努めなければならぬ。十字架から、のがれようとしているのではない。自分の醜いしっぽをごまかさず、これを引きずって、歩一歩よろめきながら坂路をのぼるのだ。この坂路の果にあるものは、十字架か、天国か、それは知らない。
再び、「パンドラの匣」よりの引用。私は太宰の文体が好きなので、いつも噛み締めるかのように読んでいる。こまかな解釈は今は置いておく。「自分の醜いしっぽをごまかさず」、自分の力の及ばないことを認めつつ、自分の非を受け入れつつ、それでも投げ出してしまうことはなく、歩き続けなければならない。醜いしっぽと言われると、確かにそうかもしれないと思う。誰にでも醜いしっぽはある。それを下手に隠そうとすることに労力を割くべきではない。
本棚の話に戻る。最近はなりふり構っていられなくなったので、実用書も手に取るようになった。この間は数字に強くなれる、というような本をひとまず買ってみて、冒頭だけを読んで唸っている。きっと普通に数学の勉強をしたほうがいい。そうやって出来ないことに向き合うのは、何でもそつなくこなせるのだと格好つけたい自分には苦痛である。だが、思い返せば、中学生の頃は友人に点数で負けた悔しさだけを原動力に、数学の勉強をしていたこともある。そう、原動力になるのだ。「何でもそつなくこなせるようになりたい」は、願望のままであれば今のように燻ってしまうが、できない自分を受け入れれば、それは改めて目標と変わるはずだ。やみくもな努力の向こうで、ようやく胸を張って、虚勢ではない理想の自分になるべきだ。
そんな格好つけたいだけの格好悪い自分という醜いしっぽを引きずりながら、どうにかこうにか、坂を上っていくつもりだ。ごまかさない事。これをしばらくの戒めとする。
2024.03.03vol.16 アイのある人間(竹内)
「ここは『アイ』が多い」「『イー』じゃなくて『アイ』」と、大学受験対策の授業でやり取りしていた際に生徒が言い出した。「愛」?確かに愛情を持って今もこうやって指導してますけども、とひっそり納得したのも束の間、どうやらMBTI診断という性格テストで分かる一要素のことだったようだ。そういえば昨年に予備校時代の友人がこれを紹介してくれたのだが、その時はおしゃべりの片手間に選択肢をタップしていたこともあり、出てきた結果も忘れてしまった、ということを思い出した。①興味関心の方向、②物事の見方、③判断の仕方、④外界への接し方という4つの指標についてそれぞれ2つのパターンがあり、最終的に16種類の性格に分類される。血液型占い的なものかと思っていたのだが、調べてみると心理学的に確立されている性格分析のようだ。確かに、先の4つの観点のように、いくつかの切り口から見ていくと「その人」の姿が浮き彫りになって来る。就職活動においては自己分析の一つとして活用されるし、もっとフランクに、自己紹介代わりにも用いることができる。先述の生徒は①の点で、「志高塾には外向的(extrovert)なEじゃなくて、内向的(introvert)なIの人が多い」と感じていたそうだ。
ネットや辞書を確認すればより正確な意味が分かるが、あえて自分の言葉にするならば「外向的」とは「他者を巻き込もうとする」こと、「内向的」とは「自己完結しようとする」ことだと表せるのではなかろうか。コミュニケーション能力の高さと結びつくのではなくて、コミュニケーションそのものに対する向き合い方。すすんで人と関わろうとすればそれだけ機会も増えるので自ずと対人スキルが磨かれる部分はあるだろうが、ただたくさん接するだけでは揉め事に発展してしまうことも多くなるかもしれない。反対に、一歩引いたところにいたとしても、相手をよく見ていれば適切な一言を発せるし、話も円滑に進めやすい。無論、どちらが良い悪いというものではなく、人それぞれどちらの側面も持っていて、その比率が少しずつ異なる。優劣のあるものではないが、その時々でどちらに意識を向けられるか、という切り替えは対人関係を築くうえでは大事なのだろう。
せっかくの機会だしということで、その授業の後、「MBTI」で検索をかけて一番上に表示されたサイトで実際にテストしてみたところ、「ENFP(運動家)」の型に属していた。IではなくEだったということになるのだが、より細かく分析するとI:Eが4:6だった。一人でうだうだと考える時間と、そんなこと言っても仕方ないのでもう誰かと一緒に過ごしちゃおう、という時間が確かに丁度半々くらいではある。まあ、こういうのは後になって再度やってみると、また新しい結果が出ることもあるのだが。
自分がIの人間ではなかったので、「Iが多いのか」という問いに対して首を縦に振りづらいのだが、「内向的であることを大切にしている人が多い」と答えることはできる。文章を読んだり、書いたりする国語の取り組みはやはり内向きで、自分が感じたことや考えたことを取り出そうとする行為である。数ある塾の中から国語と作文に特化したうちを見つけ、働きたいと思ってくれる人たちは、その力を育むことの必要性への共感度が高い。一方で、自分がそれをできることと、子どもたちにそれができるようにしてあげることとはまた別物なので、その点において外向性が求められる。伝えるために、分かってもらうために、自分から相手に飛び込んでいかなければならない時がある。このような対照的な営みによって、私自身の4:6のバランスは成立しているような気がする。
本来の自分の形を自覚しながら、しなやかさも鍛えていく。人と関わる仕事の醍醐味はここにある。この週末は志高塾の恒例のイベントである「十人十色」が控えているだけではなく、この春に卒業、就職する学生講師たちの送別会も行うことになっている。やっぱり、「アイ」は「愛」で良いかもしれない。長く生徒たちと接し、導いてきてくれた各講師をしっかり見送るとともに、次の講師へと繋がれていくように「運動家」の役目を果たしたい。
2024.02.23Vol.15 猫型ロボットがいなくても(徳野)
先日、行きつけの美容院の店長さんが、私のうなじを剃りながら「僕、新しいビジネスを思いついたんですよ」と切り出してきた。ちなみに、この方とは学生時代からの付き合いであり、さばさばとしていながら配慮するべきところはきっちり押さえるバランスの取れた接客が心地良いので、気づけば7年近くお世話になっている。冒頭のビジネスも、店長さんの話術を「あなたはここで終わるような人間ではない」と評価する専業主婦のお客さんとの会話から生まれたものらしい。
そして、肝心のアイデアだが、この競争社会で簡単に明かせるものではない。それが理由かどうかはさておき、与えられたヒントから私が推理していく運びになった。「意志表示さえできれば誰でも参加できます」「商売の一番シンプルな形を思い浮かべてみてください」など、核心に迫らない絶妙なラインの手がかりをあれこれ示してもらったものの、私は的を外してばかりで、どんどん煮詰まっていってしまったため、最終的には『ドラえもん』の主題歌を元に正解を教えてもらった。(店長さんとの約束があるので、ここで具体的な事業内容は述べない)シャンプー中に「頭を柔らかくして~」という言葉と共に頭皮をマッサージされるほど脳が固まり切っている自分に恥ずかしくなりながらも、新鮮で充実した気分も味わっていた。60分間もしくは90分間の授業で生徒がどれだけのエネルギーを使っているかを、ほんの少しだけだろうが、身をもって知ることができたからだ。だが逆に言えば、子どもたちの感覚を掴み切れていないままやり取りに当たっていたのに加え、考えることに対して全力を出し切れていない現状を突きつけられたようなものである。石頭が出来上がるのも至極当然だ。
鍛錬が足りないと痛感している最近、小論文に取り組んでいる高2の女の子と一緒に、ある教育関連のテーマに当たっている。それは「小学校の教員A先生が、クラスで一人だけ逆上がりが出来できずに落ち込んでいる生徒Bさんのために毎日放課後に個別訓練を実施したところ、Bさんは技を見事に決められるようになった。自分事のように感激する教員であったが、Bさんは笑顔で『先生、これでもう逆上がりの練習をしなくていいんだね』と発言したのだった。」というケースから、A先生が何を学べるかを探るものだ。今まで基本的に「教えられる側」として学校生活を送ってきた生徒にとっては指導者の立場で建設的な見解を示すところに難しさがあり、子どもの感情を全面的に受け入れることも頭ごなしに否定することも避けなくてはならない。私も授業に備えて、Bさんが「もう練習しなくていいんだね」という解放感に至った原因を探っていると、ふと小学5年生の夏を思い出した。
言い訳がましいが、私は生まれつき運動全般がからきしである。(おそらく、本気の徒競走で5歳児に負ける父親からの遺伝だ)案の定、水泳をしても犬かきで5メートルが限界だったし、そんな子どもは33人の学級で私を含めて3人しかいなかった。ところが、11歳を目前に控えた7月、なぜか唐突に、泳げない自分が猛烈に許せなくなった。そして、そこからの行動は早かった。当時の小学校では放課後にプールが1時間ほど開放されていたので、ピアノのレッスンが無かった水曜以外は通い、友達と賑やかに戯れる同級生たちを横目に、観察に基づいた自己流のやり方でクロールの練習を始めた。ビート板を使ってかなりみっともない姿を晒していただろうが、3週間後には25メートルを、さらに2週間後には50メートルを余裕で完泳できるようになった。私の変化を見た先生たちは「もしかしたら市の大会に出られるかもしれないな」と評価してくれた。(その域には達しなかったが)周囲の大人に褒められたのは勿論嬉しかったものの、何より、「自分の力で目標を達成する」という経験が自信を与えてくれたのに違いはない。その事実があったからこそ、夏休み中も練習のモチベーションを維持できていた。
結局クロールしか出来るようにならなかった私など比較対象にならないかもしれないが、Bさんに必要だったのは、逆上がりを成功させるという「結果」だけでなく自分なりに頑張ってみる「過程」なのだ。クラスメイトたちに追い付くという目標設定も、放課後の特訓も、ともにA先生の意志によるものである。ただでさえ不得意な教科に対峙しているのだから他者から一方的に多大な要求されて苦痛にならない方が無理な話だ。せめて授業時間内で本人のペースで進められるよう支えてあげるべきだろう。
ここまで書いて(打って)きて気づいたが、今の私の脳みそは負荷と同時に不思議な軽やかさを感じている。一般論のレベルでの記述が求められる小論文の題材に対して、聞きかじった知識や理屈よりも有機的な「自分自身の過去」という切り口から考察を広げていけたからだろう。そういえば美容院の店長さんが『ドラえもん』を持ち出してきたのは「童心に帰れ」と伝えたかったからではないか。私は生徒の頭を物理的に揉みほぐせない。だが、机に向かいながらでも、脳内世界ではその時いる時と場所を超えた柔軟な思考の「旅」をしていくための刺激の提供者でありたい。








