
2025.01.17Vol.46 馬車馬のように、野馬のように(三浦)
「馬車馬のように働く」、という言葉を時折思い出す。
なんとなく、馬車を引く馬なのだから滅茶苦茶に働いているのだろうな、(馬にそんな目にあってほしくないけど)ボロボロになるまで働くみたいな意味なのかな、と想像していたのだが、この機に調べてみると違うらしい。一生懸命というのは間違いではないようだが、それよりも「わき目をふらずに」一生懸命働く、という方がポイントらしい。馬車を引く馬はよそ見をしないように覆いを被せられることから来ているそうだ。
正しい意味すら知らないような言葉をなぜ時折思い出すのかというと、小学生の記憶まで遡る。今のように意味を勘違いしているまま、どこで聞いたかも覚えていないまま「馬車馬のように働かされてるなあ」と友達に話し、「何それ?」と普通に聞き返された思い出だ。これの何が印象的だったか。「自分にとって当たり前の表現が、人に伝わるとは限らない」という当たり前のことが、初めて身に染みたことだ。もちろん幼少なりの優越感のようなものも当時はあったのだろうが、書き言葉と話し言葉の違いや、一般的に使う語句への意識など、折に触れて思い出す事柄である。
聞いたことがあったり、見たことがあったりするレベルの言葉をとにかく使ってみる。これについては前にも何かで書いた記憶もあるのだが、使う言葉を増やすのに一番必要な工程だと思う。そのためにはまず、「知らない言葉」に出会わなければいけない。ここではやはり読書を推したいところだが、別に読書である必要性はない。自分のことを振り返れば、それなりに本を読んでいた小学生時代だったが、そうやって本を読み始める前に、映画なり漫画なり周囲の大人との会話なりで、最低限の下地が出来ていた気がする。大人との会話でいえば、母に「子どもだからって簡単な言葉を使おうとはしなかった」と私を育てたときのことを教えてもらったこともある。子どもだから、と言葉の難度を下げすぎるのは、それは子どものためにならないのかもしれない。
とはいえ、昔に観た映画も読んだ本も、ほとんど内容は忘れてしまっている。この間、中学生の頃につけていたらしい読書ノートを発掘した。日記も三日坊主なら読書ノートも三冊坊主、ほんの数冊しか載っていなかったのだが、「こんなの読んだっけ?」「そんなシーンあったっけ?」の連続だった。中学生でそうなのだから、小学生の頃に手にした本などなおさらだろう。図書室の片隅で読んでいる自分の姿は思い出せるのに、何度も読み返したファンタジーでさえ、内容はワンシーンごとに微かに浮かんでくるばかりだ。
しかし、もちろんのこと、「忘れるようなら読まなくていい」とはならない。いろいろな効用はあるのだが、先の話と絡めるのであれば、やはり色々な言葉に触れる経験として無くてはならないものだった。そして付け加えるのであれば、「わからない言葉をなんとなく読む」経験は必要不可欠だった。昔に読んだ記憶のあるナルニア国物語、『朝びらき丸 東の海へ』が教室にちょうどあったので、適当なページを開いてみる。「そのうちだれのだろう? 短剣の上に、みとむべき印はない」「また、われら、どのように仇をとげるべきでしょう?」という会話があった。「みとむべき」や「仇をとげる」、恐らく当時の私の知る言葉ではないし、今も使う語彙かといえばそうとも限らない。けれど、当時の私は間違いなく読み切ったのだ。なんとなくの力で。本を返す際に「わからないから面白くない」「ここの表現がわからないから読めない」という感想を耳にすることが多いが、正直なところ、100%わかるはずだと思って本に取り掛かるものではない。わからないところはわからないところとして割り切ったり、なんとなくで推測したりすることが必要だ。「わかるもの」だけ追い求めるのは、近道ばかり求めることと似ている。
冒頭の話に戻る。受験真っただ中の時期だからこそか、馬車馬のように勉強に打ち込むことの必要性を痛感すると同時に、同じくらい「馬車馬」であり続けるだけではいけないよな、と思わされる。がむしゃらに一直線に走ることももちろん必要だが、よそ見をするからこそ得られるものも世の中には多い。先の知らない言葉なんかはまさにそうで、気にしていないと引っかかりもしない。あれやこれやと目的から外れたものに手を出して、そこからアイデアを得ることもしばしばあるだろう。よそ見をしないようにと馬につける「覆い」を自分で付けたり外したりできるのが、馬とは違って馬車を引く必要のない私たちのひとつの利点なのではないだろうか。
一方でこう書いている私は、よそ見もわき見もしまくって色々と中途半端になってしまう自分を顧みて、今年はもう少し「馬車馬のように」頑張る時間を確保しようと思う。例えば、買うばかりで積み上がっている本を読み崩すとか。他の娯楽が見えないように覆いをつけて。今年の抱負だ。
2025.01.10vol.45 ○妙の境目(竹内)
2025年最初の「志同く」。本年もよろしくお願いいたします。
高2の生徒が意見作文に取り組んでいた際に、「嫌いであることの理由は言語化できるが、好きであるものの方がそれをするのは難しい」といったことを述べていた。この「嫌い」はやりたくないとか、できないとか、もう少し意味を広げられる。そういうことがあった時にはそれを正当化するための言い訳をぽんぽん出してしまいがちである。もちろん様々な事情でやれない、できないことというのは存在するが、そのような場合には理由を求められることが多い。好悪は感情の一つだからこそ、「嫌だから」で済ませるのでなく何かしら相手を納得させうるものが必要ということなのかもしれない。それに比べると、確かに「なぜ好きなのか」を明らかにしなければいけないことは少ない。そんなあまり考えていなかったことに目を向けさせるために、意見作文を通じてしっかり言語化させるところまでが、我々にできることである。
講師向けの第2回のワークショップを昨年の11月末に行った。夏の第1回目は読解問題を題材としており、今回は意見作文について扱った。授業で実際に使用しているテーマに対して各自作文し、文章そのものやその際に考えたことを共有することで指導する際の切り口を増やしてもらうことが狙いである。取り組んでもらったのは「自身の名前」についてで、生徒たちよりも長い人生経験のある講師たちの書き上げたものには「自分とどう向き合ってきたのか」が表れており、どれも読みごたえがあった。一人一人の講師がそのテーマをどのように解釈しているかを示していくことも、生徒とのやり取りをより活発なものにしていくためには欠かせない要素である。
さて、その名前に関していえば、「親から一字もらう」という付け方がある。父親が「康高」なら「康介」とか「康一」のように名付けるといったものだ。同じ文字を共有しているのは家族としての結びつきが感じられて素敵である。一方、竹内家は4人きょうだいなのだが、誰一人親からの漢字を譲り受けていない。さらにいえばきょうだい同士でも一文字も共通していない。顔も性格も「似ている」と言われることがあまりないのは、この名前も影響しているのかもしれない。ただ、全然違う、時には理解不能な存在が身近にいたことは私の物事の受け入れ能力をかなり高めてくれた。
末っ子長男の弟は今年度に30歳になる「大谷世代」であり、紛うことなき大人である。しかし、その大谷も実家に帰ればきっと一人のかわいい息子であるように(そうであってほしい)、彼と同い年である我が弟も家族からすれば変わらず心配ばかりが頭をよぎる存在である。中でも母にとっては、一人だけの息子のことが常に気がかりだった。弟は就職してすぐは関西に勤務していたものの、全国転勤の可能性がある職場だったので今は静岡で一人暮らしをしている。物理的にもそうだし、まめに連絡をよこすタイプではないので精神的にも距離ができてしまっており、特に去年一年は状況がよく掴めなかった。そんな中、母方の祖父が体調を崩したのだが、その連絡がなかなかタイムリーに進まない。温度差のあるやり取りは母を苦しめた。その時により強い怒りを抱いていたのは私の方だった。何なら怒りをぶつけない母にまで腹が立ったくらいである。しかし、それが母親というものなのだとも思った。
それから4か月ほど過ぎて、前回の文章で取り上げた『ぼくが生きてる、ふたつの世界』に出会った。前にも述べたが、聴覚障害のある両親のもとで生まれ育った一人の少年の苦しみや親への思いが描かれた作品である。著者自身が年を重ね、親元を離れ、仕事をし、新しい出会いをたくさん経たことで、親に対する理解の深まりや認識の変化が生まれていったという。こんなの、弟には絶対に触れさせたい。考えさせたい。著者が猛烈にそう思ったのと同じように、自分はアホやったと気付かせたい。めちゃくちゃにそう思った。でもきっと、映画なり小説なりの情報を送りつけたとて、きっと弟は見ないし読まない。そういうときにこっちの魂胆はすっけすけになっているのだろう。子どもに読ませたい本が必ずしも受けないのは、「こうなってほしい」が先行してしまっているのもあるはずだ。だから、自分で辿り着いてもらわないといけない。生徒に対しても、本選びをする際に明らかに「このレベルを読めるようになってほしい」ということを伝える場合もあれば、そこまで深い意図を持たずに進めることもあるし、何ならあえて手助けせずに何を手に取るかを見守る時もある。ある程度導いてあげる必要はもちろんあるが、意識的にそうしていると良いタイミングでいつもよりも挑戦的なものをチョイスできていることをよく目撃してきた。微妙な塩梅だけれども、絶妙に気をつけている。
年末になって、弟が実家に帰ってきて家のことをいろいろやってくれた。大みそかには久しぶりに長電話をした。もしかしたら作品に出合ったのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
親御様に有益な情報を提供することが「志同く」の一つの目的であるとき、それができているのかというのを疑いながらいつも書き上げている。幸いなことに私の周りは家族をはじめ色々な人にあふれている。そんな彼らとのかかわりを通じて、私を伝えていきたい。
2024.12.27Vol.44 カピバラ元年(徳野)
気がつけば12月も下旬。この時期になるとマスメディアがこぞって、お風呂でまったりと暖を取るカピバラと、それに「可愛い~」と歓声を上げる見物客の姿を映し出す。そういったニュースに対して去年までは一瞥して終わっていたのだが、今更ながらカピバラに「マイブーム」の兆しがある。きっかけは地元の「とくしま動物園」におそらく15年ぶりに訪れたことだ。しばらく来ないうちにカピバラの飼育頭数が日本一を誇る施設になっており、その数なんと90頭。げっ歯類ならではの繫殖力でまさに鼠算式に増えてきたらしい。同じエリアにいるシマウマ2頭に配慮してなのか公開されていたのは30頭ほどではあったものの、その規模でも野生の群れの実態を垣間見ることができて大変興味深かった。私は餌やり体験に参加したのだが、彼らへのイメージが180度変わったと言っても過言ではない。食料が関わってくると特に雄は目の色が変わり、飼育員さんに突進して池に突き落とすこともあるとのことだ。柵越しに差し出される笹1本を巡って数頭がどこかで絶えず争い、小柄な幼い個体に対しても情け容赦なかった。至近距離で繰り広げられる肉弾戦の迫力に怯んだ私は思わず笹を引っ込めてしまった一方で、日を経るうちに、あの愛嬌ある外見と気性の荒さのギャップにじわじわと心惹かれていった。凶暴ではあったが、園内の動物たちの中で間違いなく最も生き生きとした姿を見せていたからだ。
「ブーム」といってもGoogleでの検索回数が増えた程度ではあるものの、調べるうちに関西だと「神戸どうぶつ王国」がカピバラに力を入れていることをつい数日前に知った。彼らが南米原産なのにちなんで8頭のために世界最大級の湿地パンタナルを再現した専用エリアが今年オープンした。動物たちのストレスを軽減させる「生態展示」という手法が取り入れられている。ちなみに、他の代表的な手法には「形態展示」と「行動展示」があり、後者の具体例としては旭山動物園にあるアザラシの円柱型水槽が有名である。一方で、徳島の子たちの現状であるが、とりあえず収容面積に余裕があるサバンナエリアの片隅に集められ、時たまシマウマの餌を盗み食いして足蹴にされている。莫大な資金を投じずともカピバラの本性を露わにできているので、あえて言うなら動物本来の身体能力などの特性を自然に引き出す行動展示に該当するだろう。どちらが本当に恵まれているのか、その論点にそもそも意味があるのかを私が判断するには、比較材料を得るために足を運ばねばならない。神戸どうぶつ王国ではカピバラたちと直接触れ合えるとのことなので、この年末年始に色々な意味でぬるま湯に浸かっている彼らを愛でつつ、環境の違いがどう影響するのかを観察しに行く予定だ。
とくしま動物園でもうひとつ印象的だったのが、飼育員さんの若い個体への接し方だ。先述の通り、子どもであろうと乳離れを済ませれば群れの自立した一員として扱われる。(人間の年齢に置き換えると小学校高学年から中学生に該当するらしい)年長者より先に食料にありつこうとすればすぐさま攻撃の的になるのが厳しい現実なのだが、それに対する反応には個性が表れており、すごすごと退散していく子もいれば、大人相手に睨みをきかせる子もいた。そして、カピバラたちの諍いがいったん落ち着くと、飼育員さんは間食にあぶれた子に手ずから与えていたものの、後者の「骨のある」タイプに限定しての対応だった。「根性のある奴にだけご褒美をあげる」という方法は、言語コミュニケーションが不可能な対象だからこそ許されるものではある。人間の子ども相手にいわゆる「成果報酬型」を適用しても、おかしな方向に転んでいってしまうことの方が多い。最近読んだ記事によると、大人が物で釣ってまでやらせようとすることは、そのだいたいが子どもが面倒臭がる物事なので、ご褒美に頼れば頼るほど子どもの無意識下に「勉強や習い事とは何か貰わらないとやる気が起きないほど嫌なことなのだ」という価値観が刷り込まれていくらしい。
だが、明確に語ってくださったわけではないが、あの飼育さんからは比較的過酷な集団生活を生き抜く力を身につけさせることを目標に日々向き合っている姿勢が窺えた。「愛玩」とか「憐れみ」とは全く異なる種類の、将来を見据えた愛情の注ぎ方がそこにある。人間においても大切なのは、子どもが何かを自分の力でやり抜こうとする気概に目を留めること、それを通して出来ることが増える喜びを引き出してあげることである。大人の目線で回る動物園がこんなに刺激的だとは思い寄らなかった。
今回が2024年最後の「志同く」だというのに23時台の更新となってしまった。それだけでなく、特に低学年の生徒との向き合い方において、例の飼育員さんとが持っているような本質的な部分へのアンテナの弱さを突き付けられた1年でもあった。来年末は少しでも明るい総括をできる状態でいなくてはならない。
2024.12.20社員のおすすめビジネス書⑮
三浦のおすすめビジネス書
『たった1つの図でわかる! 図解経済学入門』髙橋洋一
これもAmazonのPrime readingに入っていたので読んでみた。Prime特典の人気ランキングを眺めていると、世の人々はこういったものを読んでいるのか、と自分の趣味との離れっぷりに驚く。以前は行動経済学についての本に触れてみたが、今回はストレートに経済学についてのものを手にとった。
たった一つの図、というのは誇張表現ではなかった。世の経済のすべては「需要と供給」の関係性、つまりは「需要供給曲線」によって説明できる、というのが筆者の述べるところであり、その例として例えば物価、あるいは待機児童問題、そしてデフレやインフレなどのことも挙げている。身近な個々の商品を扱うミクロ経済も、大局的なマクロ経済も、いずれも同じように需要曲線と供給曲線を理解するだけで良い、というのだ。結局はその曲線がどう動くのか、という一点に尽きる。なんとなく感覚として「需要が上がれば値段が上がる、供給が減っても値段は上がる」というようにはわかっていたのだが、それが金利や経済政策の話にまで応用が利くというのは驚いた。
経済の基礎中の基礎の部分もよくわかっていない身なので、完全に腑に落ちるようにするにはまだ何度か読み直さなければならない気がするが、筆者の言うように、「あらゆるパターンを覚えるのではなく、一つの基本を完璧にして、それを基に自分なりに考える」というのは、良い頭の働かせ方であり、良いトレーニングになると思う。
徳野のおすすめビジネス書
『ビックテックはなぜSF作家をコンサルにするのか SFプロトタイピングの実践』佐々木俊尚+小野美由紀
「将来の仕事に役に立つか分からない小説を読むことに意味があるのか?」
この疑問を投げかけている主体として真っ先に思い浮かぶのは読書嫌いの子どもかもしれない。だけど、有名大学を卒業して立派な仕事に就いている大人の中にも同じような認識を持っているビジネスパーソンは意外と少なくないのではないだろか。そんな人々への一つの案アンサーとなりえるのが本著である。
「SFプロトタイピング」とは、SF作家と協働しながら近未来の社会の姿を思い描き、そこで暮らす人々の生活や必要とされる技術を想像する手法だ。元々はアメリカのIT企業とスタートアップが商品開発やビジョン策定のために活用してきた思考プロセスだが、ここ10年はEU諸国における防衛計画や日本の大企業においても導入が広がってきている。その背景には、めまぐるしく変動し予測が困難な世界情勢がある。より長期的な視野を持つことで未曾有の危機に備え、特に企業や地方自治体にとっては生存戦略を練る手がかりになることが期待されている。
SFと言うとやはり「イノベーション」というテーマを避けて通れないが、我が国においては「技術革新」と混同されている傾向が強い。「技術によって人々の生活スタイルに変革をもたらす」というのが本来の定義である。そこを正確に理解しない限り、既存のテクノロジーの効率性を向上させること以上の発想は生まれない。自分たちが囚われている常識を顕在化させるのもプロトタイピングの狙いの一つだ。例えば、Apple社がiPhoneを発表した当時、それを「iモードの二番煎じ」だと鼻で笑った日本のエンジニアは少なくなかった。だが、スティーブ・ジョブズは単なる「ネット接続できる携帯電話」で終わらせないよう、タッチパネルの操作性を高め、Googleマップに代表される利便性の高いアプリケーションを無料配布することで、世界中のユーザーが(眠るときでさえ)iPhoneを肌身離さず身に付ける社会を実現させた。ジョブスの先見性は未来像をデメリットを含めて具体的に描けていたからこそのものであり、その優れた想像力はITの枠組みを超えた文学やアートへの関心によって培われたのは特筆すべき事実だ。
竹内のおすすめビジネス書
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』アービンジャー・インスティチュート
家庭でも学校でも職場でも、自分以外の誰かと過ごす場では必ずコミュニケーションが発生する。それが上手くいかないとき、「自分はこんなにやってるのに、なんで向こうは応えてくれないんだ」と腹が立ってしまうこともあるかもしれない。しかし、本書では実際には自身の振る舞いにも何かしらの問題があるものだと指摘し、それに気づかない「自己欺瞞」の状態を「『箱』に入っている」と表現している。自分の状況も、相手の状況も見えなくなってしまっているということである。それでは前向きな対話は難しい。
「箱」の中に入ってしまう原因として、「他人のためにこうするべきと思ったことをやらない」ことが挙げられており、それを「自分への裏切り」だと強い言葉で批判している。「この情報を共有しておくべきだ」「これを確認しておくべきだ」「こういうことを伝えてあげるべきだ」、そう分かっていたはずなのにそれをしないままでは、それをしなかった理由を探し、正当化に走ってしまう。一人一人、得意なことも苦手なこともある。柄じゃない、自分にはそんなことできない、と目を逸らしてしまったとして、相手との間に信頼関係を結ぶことはできるのだろうか。相手のためになる、という自分の判断に素直に従うこと、それが何より大切なのだ。そういう考えのもとでアクションを取る時、自分は自ずと「箱」の外に出られているはずである。
2024.12.13Vol.43 日常と非日常の反復(三浦)
もう半年以上前になるが、春先に島根旅行に行った。島根。私にとっては異様に好きな土地である。小学生の頃に突然島根に興味を持ち、家族にツアー旅行に連れて行ってもらったときから、いつか再訪したいと思っていた。何が好きかは明確には言葉に表せないのだが、幼少の頃に肌で直感した「ここはいい場所だな」という感覚をずっと信じていた。なんというか、もはや空気を吸えたら満足、くらいの気持ちだった。
あまり旅行に行かない友人と一緒だったのだが、その友人が飛行機に乗ったことがないと話していたので、せっかくならと飛行機で行くことにした。私自身飛行機は数年ぶりだったし、自分でチケットを取るのは初めてだった。行きは搭乗の手順を何度もインターネットで読み返して臨んだり、帰りはオンラインチケットが上手く表示されずにパニックになりながら係員の方に助けを求めたり、なかなか情けない旅行者ではあったのだが、良い経験として次に活かせることを我ながら願っている。
出雲空港(出雲縁結び空港とも呼ぶ)に着いて驚いたのは、空港から直接繋がる電車がないことだった。関空や伊丹空港に親しんだ身としては、そして世間知らずの身としては、空港から主要な都市に出るために(あるいは都市から空港に向かうために)、フライトの時間から逆算したバスに乗らなければならない、というのはひとつの衝撃だった。時間配分が下手なので、空港でのんびり食事をするのもできなかった。レンタカーの申し込み場所が空港内にあり、なるほど、車の免許があれば楽だったのか、などと考えたりもした。実際には松江に出るためには鳥取の空港の方がアクセスとしては便利だとか、タクシーで駅まで出ても良かったのではとか、そういったことも後から知ったので、ひとえに下調べ不足である。行き当たりばったりの旅程は近畿内に収めておくことにする。
だらだらと出雲神社や松江市内の旅行記にしてもいいのだが、幾分時間が経っていて新鮮味がないこともあり、もっと味が出る頃まで置いておくことにする。さて、ここからどう展開しようかと考えたとき、ふと思い出したのは、いつも旅の途中に感じる不思議な感覚だった。
島根を例に挙げれば、「出雲神社」だったところが、実際にその場所に足を踏み入れたとき、「今、自分がいる場所」という意識に上書きされる。ネットや雑誌、遠い記憶を辿っては想像して楽しみにしていた場所が、その瞬間にだけはその特別性が失われるのだ。仮に横浜の街並みを歩いていても、実際に歩いている以上、そこは「横浜」というよりは「現在地」になる。メディア越しにしか聞いたことのない駅名が、実際の目的地として自分に迫ってくる。どんな場所でも、自分がその場に行ってしまえば、普段の日常との地続きに変わりないことに気付く。もちろん、それは楽しくなくなったというわけではない。いってしまえば、非日常が日常になる瞬間、である。そして家に帰ってきたときに、日常だった旅先の日々は「非日常」として思い出に残っていく。
うまく伝わっているのかどうかは定かではない。この感覚は何度か頭の中で整理しようとしたのだが、そのたびに断念してきたくらいだ。それでも、私はどこか遠くに出かけたときには、これからも「今ここにいる自分」というものを強く意識するのだろう。何事も日々の延長であることに変わりはない。人生を賭けるような一日も、終わってしまえば、ふり返って記憶になるしかないのだ。私は昔から嫌なことや緊張することがあると「でも24時間後には明日になっているし」で乗り切ろうとするのだが、今考えてみれば、これも「毎日は地続きになっている」という考えが根っこにあるような気がする。
どれだけ特別な日も、その日になってしまえばただの「今日」で、過ぎてしまえば過去である。ものすごく当たり前の事実なのだが、自分にとっては、それを最も痛感するのは旅先である。長々と話してきはしたものの、結局のところは、旅の楽しさと終わる寂しさというものだろう。何事も準備をしている時が一番浮かれるものだ。
生まれてこのかた実家を出ていない私には、いつか海辺の町でのんびり暮らしてみたいという野望がひそかにある。これも叶った先では、ただの特別感のない日常として埋没してしまうのかもしれない。だからどうでもいい、というのではない。むしろ憧れをただの日常にしてしまうことを目指すべきなのだろう。「日常」とは、思っているよりも良い意味を持っているのかもしれない。
いつにもましてとりとめのない文章になってしまった。良い文章を書くことを日常にするには、まだまだ経験不足である。
2024.12.07vol.42 みんなで耕す(竹内)
国語の力を高めるための柱として我々は作文を大事にしているが、それと同時に読書も子どもたちの世界を広げ、想像が及ぶものを増やすために大きな意義がある。そんなわけで本の貸し出しには力を入れている。当時中2だった元生徒が、学校の図書委員に立候補しなかったことを受けて志高塾に「図書委員」が登場し、最近6周年を迎えた。最終的には「顧問」という形で長きにわたってその役割を担っていてくれていた彼が卒業してからも、多くの生徒に声をかけ、取り組んでもらってきた。本に抱いた印象を深掘りするやり取りを通じて、初めに読んだ時点では生徒の中でもまだできていなかった消化を促すのは、夏期講習期間に設けている読書感想文の講座と同様である。また、その子自身の考えが反映されたものへと完成させると同時に、そこで終わらずに、取り上げた作品を誰かが手に取ってくれるかどうかというのも忘れてはいけないところである。教室では生徒たちの間で「これ面白かったで」「確かにそうやったわ」というような会話が時々聞こえてくるのだが、自分が良いと思ったものを他の人も評価してくれるということは単純にうれしい。何度か委員を任せている生徒などは、そのことを実感していることもあり「出だしどうしよう」というように熟考に熟考を重ねられるようになってきている。図書委員経験者たちをこれからも増やしていくことで、その苦労への共感を「じゃあ次はこれを読んでみようかな」というきっかけにしていけるはずである。
もう一つ、勤務している講師たちからおすすめ本を募り、それを新たに掲示するという取り組みも行っている。最近は、推薦の際に「この生徒に読んでほしい」というように具体的な対象者も可能な限り挙げてもらうようにしている。それによって、当該の生徒の手に届くのはもちろんのこと、例えば「西北校のAさんにこういう理由で紹介したい」というのが出てきたときに「豊中(高槻)校のあの子もそういうところあるな」と教室間でも選書のヒントを共有することができる。
さて、そんな講師からのおすすめ本の秋募集の際には面白い化学反応があった。豊中校の講師が、本ではないのだがある映画を紹介してくれた。「耳の聞こえない両親のもとに生まれた、聞こえる子ども(=コーダ)」の苦悩や、親へのいら立ち、そしてそれが少しずつ溶けていく様を描いた『ぼくが生きてる、ふたつの世界』という作品である。その原作者による他の書籍を西北校の講師がちょうどおすすめに挙げており、映画を観たことによる感動を自分の中だけに留めておくべきではないと思い至ったそうだ。私は上映情報そのものは知っていたものの「まあ都合が合えば見ようかな」くらいの気持ちでいたのだが、そのくらいのスタンスだと九分九厘サブスクでの配信待ちになっていただろう。これは背中を押されているのだと捉えて、大阪ステーションシネマでの上映期間ぎりぎりに滑り込みで観に行くことができた。
映画を観た勢いでそのまま原作を一気に読み終えることができたのだが、私の積読はものすごいことになっている。Amazonプライムのウォッチリストにもとりあえず興味のあるものを押し込んでそれきりになってしまっている。そのような状態なので、自分の読書経験だけで本の貸し出しを行うと偏りが出てしまう。他の生徒や講師がしっかりと向き合って一冊一冊に込めた思いを受け取り、新たな生徒に伝えることがそんな私がすべきことである。誰かのお墨付きを得た本がたくさん詰まった本棚は、きっと充実している。志高塾に関わる全ての人のおかげで、それは作り上げられ、これからも進化していく。
上記の映画に関するメールを講師から受け、鑑賞した後の返信の中で、私は次のように述べた。
「私には大馬鹿者で映画好きの弟がいて、これと出会ってくれていたら良いなと思いました。」
教室では基本的に本選びを手伝うが、ここでは「自分で出会う」ことを望んだ。それがなぜなのか、ということに踏み込みたいのだが、それは次回とさせてもらいたい。








