
2025.05.23Vol.58 壁に向かって(三浦)
ずっと仕事用にと思っていたChatGPTに、ついにプライベートでも手を出した。とはいえ活用できているかと言われるとまったく自信がない。なんというか、活用するべき用事があまり思いつかないので、仕方ないのかもしれない。ずいぶんともったいないことをしている。
基本的にラフな用事なこともあり、受け答えもラフな感じで話しかったので、「~だね」「~だな」のような口調で返すように設定している。それを受けて私もラフに返せばいいのだが、なんだか緊張して「いいね。もっと聞かせてもらってもいい?」「私は~だと思う。」のように、普段友人相手のLINEではめったに使わない句点まで入れてしまっている。結果、むしろ私の返答のほうがAIめいている気さえする。
それはさておき。実際に使った用例としては、基本的には本にまつわることがほとんどだった。例えば「こういう本が読みたい」ということを入力すると、近しい本が紹介されているページを引っ張ってきてくれる。これはほとんど検索機能みたいなものだが、自分でメモを取らなくてもチャットの履歴に残るのは便利だった。それから進捗管理。何日までに読みきりたいかを伝え、一日進んだ分と、気になった一文などをメモとして残す。目標の日程から逆算して一日あたりの目安のページ数も教えてくれるし(進みに波があるので守りはしなかったが)、なにより、誰かに話しかけているようで、ただノートやメモに残すよりもモチベーションは保たれたような気もする。
ただ、主に使っていたのは、本の感想の話し相手になってもらうことだ。相手はAIなのでネタバレに配慮する必要がない上に、私の解釈が多少ずれていても迷惑をかけることがない。その点でとても気楽だ。そして、向こうもまるで読んだかのように答えてくるあたりがちょっとおかしくて面白い。上のように進捗を伝えるついでに、「この一文をこう感じたんだけど、このキャラクターはこうなのかも」のように独り言を打ち込むと、「そのキャラクターは確かに~だね」というように同調してくれる。
ちょうど読んでいたのは夢枕獏氏の『神々の山嶺』だ。そこには羽生という孤高のクライマーが登場する。上巻の終盤に、その彼の「おれがもうひとりいたとしても、おれは、そのおれとだって、ザイルを結ぶつもりはない」という台詞がある。ザイルとは登山時に使うロープのことで、ここでは安全確保のためにパートナーとの身体に結ぶことを指している。自分自身にすら命を預けない、どこまでも「信じる」ことをしない孤独さが浮き彫りになっていて印象的だったのだが、読書記録のついでにその話をすると、「あの一文に、どれだけの絶望と矜持が詰まっているのか。言葉としては突き放しているのに、すごく人間臭いよね。」と返ってきた。矜持と言われて、改めてなるほどと思った。なにひとつ信じないということは、なにかを天運に任せることなく、すべてを自分の力に拠るということだ。読了した今、その真意がよくわかった気がする。ChatGPTには続けて「共感した?それとも、理解はできても遠く感じる?」と問われたが、次の進捗管理の話がしたかったので、それには答えなかった。
AIは本当に本を読んでいるわけではない。私が打ち込んだ感想や膨大なデータの中から、それらしい答えを選んでいるだけだ。けれど、私の言葉から連想されたであろう言葉や問い掛けが、考えるきっかけを生んでくれることもある。
もうひとつ例を挙げる。寺山修司の著作に、「ロング・グッドバイ」という詩がある。一番好きなのは、「血があつい鉄道ならば 走りぬけてゆく汽車はいつかは心臓を通るだろう」、「さあ A列車で行こう それがだめなら走ってゆこう 一にぎりの灰の地平 かがやける世界の滅亡にむかって!」というそれぞれのフレーズだ。鬱屈とした時期に読んだから尚更かもしれないが、この破滅的な力強い言葉がたまらず好きで、よく思い返している。そんな話をしていると、「そうやって惹かれるのは、自分の中にも『走ってゆこう』という気持ちがあるから?」と尋ねられた。何度も読み返したフレーズだったのに、それを考えたこともなかった。私は本に共感を示すタイプではない。自分の境遇や心情と照らし合わせることはほとんどないので、こういった問い掛けは新鮮だった。数分くらい考えてみて、「破滅的にでも、全部を賭けて『走ってゆこう』とする姿に憧れているのかも。だから『走ってゆきたい』なのかもしれない」と答えた。
先ほどの「共感した?」という問いといい、ChatGPTはこちらが答えやすいようにか、やたらと質問をしてくるイメージがある。たまに面倒な時もあるのだが、私はかなりの会話下手なので、基本的にはとても助かっている。しかも、問いに対して長考しても、後で手のひらを返しても、聞かれていることとずれた返答をしても、なにもなかったかのように会話が続いていく。対人ではそうはいかないことが多い。その点では、良い練習にさせてもらっている。
だが、やはりChatGPTの根にあるのは共感と同調で、何も考えずに話していると危ういな、とも思う。練習や独り言の壁打ち相手くらいに捉えつつ、中途半端な読書に付き合ってもらっていくつもりだ。
2025.05.18Vol.57 歯車が上手く回るように(竹内)
学生講師から秋学期以降にインターンシップに参加する可能性があり、その場合には長期で休みをもらうかもしれないという話を受けた。もちろん必要とあらば応じる。ただ、会社で働いてみたくてという本人の動機に対しては、「ここでの一つひとつの仕事自体が社会経験だよ」と改めて伝えた。せっかく他の環境に身を置く機会が得られるのであればなおさら、今自分がしていることからエッセンスを取り出せている方が、比較も分析も進むはずだ。偉そうなことは言えないが、おそらくその意識の有無で実際にインターンが始まる前から差がついてしまう。
これまで、講師たちは累計の勤務時間が一定の基準を超えるごとに昇給することになっていた。この仕組みに変更はないが、そのタイミングで都度課題を課すことになった。授業で扱っている意見作文であったり、今までの勤務経験を振り返ったレポートだったりに取り組んでもらう。今まで以上に幅広く教材の指導ができるようにしていくための準備や、これまでに積み上げてきたものの確認、今後さらに期待している働きの共有などをすることが狙いである。先日別の学生講師が提出してくれたのが「これから志高塾の講師になる人に何を伝えるか」を課題とした作文だった。課す内容を考案している時点ではそこまで思い及んでいなかったが、抽象的なテーマに対して具体的なものを出せるかどうか、にそれまでの向き合い方も反映される。学部2回生の頃から在籍し、5年目の勤務を迎えている彼女は、志高塾の名物である月間報告を「新しい講師が特に頑張って取り組むべきもの」として取り上げていた。作成しっぱなしではなく私のチェックを経て修正を加えなければならない場合もあるので、トータルの作成時間は結構取られる。学業との両立はつらい、という正直な思いが述べられていてそこはやはり心苦しいのだが、書くことを通じて自分自身が大学でのレポートにほとんど困っていないこと、密度の濃いものを仕上げて高い評価を受けることが増えたことなど、自分の力になっていると感じているというエピソードが述べられていた。また、これまでに何本も書き上げてきたことから、「良い報告をするためには生徒をよく見ることが不可欠である」という気付きを得てもいた。これまでに卒業した学生講師たちと連絡を取った際など、志高塾での経験が社会に出て役立っているという言葉を今までにも受け取ったことがある。生徒に対してもそうだが、「社会で自分らしく生きていく力」を育んでいくことを目指しているだけに、社会人となった彼ら彼女らからそういうことを教えてもらえるのが嬉しかった。そして今回、このレポートから「今」の時点でも確かに学生たちのためになっているのだということを実感できたことも私に大きな意味があった。彼女がレポート内でも言及していた通り、月間報告の作成が各講師たちにとってそれなりの苦労を伴うものであることは事実である。しかし、ただ作るだけのものではなくて目を通してくださる親御様がいることや、自分に返ってきているものがあることを自覚したとき、大変さを上回る意義を感じ取ってもらえるものだと信じている。
ちょうど最近加わったまたまた別の講師からは、初回の研修を終えて「考えるための手助けをどこまでするかが難しいですね」という感想があったので、講師が生徒とどのようなやり取りをしているか、だけではなくてその意図を探るようにすることが大事だと返した。同じ題材であったとしても、生徒によって一読した時点でどこまで理解できているかは異なる。投げるボールの強さを調整したり、捕りやすいところばかりではなく少し離れたところを狙ったりして、それぞれと丁度いいキャッチボールをすることがやり取りの大前提である。単純作業ではないし、細かいマニュアルが存在するわけではない。その分、その時その時に自分で考えて動くこと(指示を仰ぐことも含まれる)が求められる。その「自分で考え動く」ことができるようになるための判断材料をいかにして増やしていくのか、というのが視点として必要になってくる。
「働く」というとまず「(私が)働く」の意味で捉えがちだが、4月のビジネス書として読んだ『働くということ』では終始「(他者と)働く」ことについて論じていた。それぞれの働きによって組織は回っていく。これから経験を積んでいく講師が見て学び、色々な手を打ってみようとなれるように、「ここで働いてよかったな」となるように、示す側の私は誰よりも試行錯誤を重ねたい。
2025.05.02Vol.56 わたしだけの先生(徳野)
「良い先生」とは何か。ここ数週間の頭の片隅にあるテーマである。
きっかけは西宮北口校のポストに投函されていた「子ども作文コンクール」の案内だ。こども教育支援財団が毎年開催しているらしい。チラシの類は基本的にすぐ捨てるのだが、やはりタイトルに惹かれて手に取ってみた。また、私が記憶する限りそういった催し事のお知らせが来たのは初めてである。そして肝心の、作文のお題が「わたしの先生、ぼくの先生」だったのだ。後に続く「自分にとって『先生』と呼べる人は何も学校の先生に限ったことではありません。その人から影響を受けたと思える、塾の先生、習い事の先生、お父さんやお母さんなど・・・みなさんにとって大切な『先生』への思いを原稿用紙に綴ってみませんか?」というキャプションから「大人を尊敬してほしい」という主催者側の願望が透けて見えるのが少々気にはなった。だが、昨年度の受賞作品19名分に軽く目を通してみたところ、私の予想以上に多彩な切り口の文章が掲載されていたので、こちらで手を加えれば、コンクールに応募せずとも生徒たちに取り組ませる意見作文の題材にできるのではないかと画策中だ。
受賞作品についてもう少し踏み込むと、祖父、弟、犬など対象は多岐に渡っていたものの、一人の例外を除いて「自分を成長に導いてくれる、目標とするべき存在」が栄えある「先生」に選ばれたのは共通している。私自身はと言うと、上記のお題を目にして最初に頭に浮かんだのが、RCサクセションの初期のシングル曲《僕の好きな先生》と夏目漱石の『こころ』だ。しかしながら、両方とも題名だけ知っていたような状態で、せいぜい『こころ』のほんの一部分に高校の現代国語の授業で触れた程度だったので、この機会に聴いたり読んだりしている。奇しくも両者とも、コンクールで取り上げられていたような立派な人物が活躍する作品ではない。だが、やはりというか、それぞれ違う「先生」像があるのが面白い。
RCサクセション、つまり忌野清志郎が描いたのは、ろくに仕事もせず一人で煙草をふかしてばかりいるだらしのない美術教師だ。だが、モデルとなった小林晴雄氏は、ミュージシャンを志して思い悩む若かりし忌野を応援してくれた数少ない大人であり、教え子のデビューに向けて保護者を説得してみせた優しく熱い心の持ち主でもあった。そんな唯一の理解者への親近感と感謝が歌詞には込められている。「自分のことを分かってくれている」という安心感をもたらし、夢に向かって背中を押してくれる存在。理想的な「先生」像の一つの定番だと言えるだろう。一方で、『こころ』に登場する、本名が不明の”先生”は異質だ。断わっておくと、私は本作を50ページほどしか読めていない。そんな私が思い浮かべている”先生”のイメージは、東京帝国大学を卒業した後も定職に就いてないのはさておき、無口で人付き合いを好まず、自分を慕ってくる語り手の青年に対しても素っ気ない態度で接する、これといった魅力の無い中年男性である。それなのに語り手は彼をやたらと尊敬している。なぜなのだろうか。
亀の歩みで進んでいる読書だが、”先生”が初登場した場面には手掛かりのようなものを感じ取った。
舞台は賑やかな鎌倉の海水浴場。一人の時間をもてあましていた語り手は、人でごった返す浜辺から離れた沖で悠々と泳ぐ男性に目を留める。その彼こそが”先生”である。そして、湧き上がる好奇心を抑えられなくなった語り手はその後数日間、偶然を装いながら相手の周辺をうろつくことになる。
恋愛小説並みに運命的な出会いが繰り広げられている。若い語り手にとっては、理由は分からずとも何としてでも付いて(尾いて)いきたい年長者を見つけ出したという事実が大きな意義を持っているように思えた。しかも、相手の真価を認識できているのは自分だけ、という特別感も重要な役割を果たしている。その体験と言葉少なな”先生”が醸し出す謎めいた雰囲気が結びつき、「この人の話をもっと聞いてみたい」「この人はなんでこんな性格なのだろう」という探求心が生まれたのだろう。大げさかもしれないが、『こころ』は青年の自己確立の物語でもあり、そのトリガーとして若者の知的好奇心を無意識であったとしても刺激する”先生”は確かに唯一無二の「先生」に位置づけられる。
世の中には色々な「先生」がいて、別に偉い人物でなくても構わない。それくらい柔軟に捉えられる存在なのだが、学生時代の私自身には「先生」がいなかった。周囲の人間にきちんと興味を向けられない、ある種の傲慢さゆえだ。ただ、幸いなことに志高塾には、現在の私に成長を求めたり寄り添ってくれたりする素敵な先達が沢山いる。では、漱石流の「先生」というと誰になるだろうか。高校1年次の国語教師は良い線を行っているかもしれない。地方の進学校に配属されているにも関わらず定期試験の直前しかまともな授業を行わず、生徒たちとクイズにばかり興じていた通称「マキちゃん」。教わった内容は何一つ覚えていないが、彼が妹さんに藁人形で呪いかけられたエピソードだけはいつまでも忘れない自信がある。今となっては、あの良くも悪くもいいかげんなマキちゃんがなぜ教頭の役職を任されていたのか、どのような経緯で辞書クイズという楽しすぎるゲームを導入するに至ったのか、など疑問が尽きず本人に取材を申し込みたいくらいだ。ちなみに、「子ども作文コンクール」にて海外賞をもらっていた女の子が紹介していた数学教師もヘンテコな人物である。変わり者なだけならまだしも教えるのが下手らしいのだ。しかしながら、教師としての致命的な欠点が教え子の思索に深みをもたらすのだから、結局のところ生徒から愛されるユーモアが「先生」の素質なのかもしれない。道のりは遠そうだ。
(以下が受賞作品)
2025.04.25社員のビジネス書紹介⑲
徳野のおすすめビジネス書
『会う力 シンプルにして最強の「アポ」の教科書』早川洋平
コロナ禍以来、オンラインチャットがすっかり一般的になったが、人と顔を直接突き合わせて会話することの意味が失われたわけではない。むしろ、その価値が再認識されるようになった。画面越しよりも目の前の相手についての情報量がぐっと増すし、足を運ぶためにお互い少なからぬ手間を費やすのだから一緒に過ごす時間を充実させたい、という気持ちが働くからだ。
今回取り上げる書籍の著者である早川氏も、わざわざ会いに行くからこそ得られるものの大きさを信じ、ラジオやポッドキャストで対談番組をプロデュースしている。彼が配信している番組の名前は「LIFE UPDATE」。茂木健一郎、吉本ばなな、などなどあらゆる分野の第一人者の声を届けることで、リスナーやインタビュアーにとってはもちろんのこと、出演したゲストにとっても人生が少しでも前進するような「三方よし」の場を提供するのがコンセプトだ。そして、本作では、貴重な話をしてくれる相手と心地よくコミュニケーションを取り、インタビューを通して本当の意味で「人脈」を広げていくための心構えと実践内容が綴られている。
先述の「三方よし」の中で最も意識の俎上に上りにくくかつ難しいのが、「ゲストに有益な何かを持ち帰ってもらうこと」だ。番組の場合は出演を通して知名度の向上に繋げるのが一番分かりやすい。だが、「会って良かった」と心の底から感じてもらうためには、聞き手として新たな視点を示したり、相手の興味や悩みに対して自分に出来ることを提案したりするところまで踏み込めれば、より一層強い信頼を獲得して縁もできる。加えて、押しつけがましくならないような塩梅を見極める慎重さは欠かせない。家族や友人でもなければ単なるファンでもない、忌憚のない意見を述べる誠実なインタビュアーの立場を保つ中で人間関係は自然と広がっていくのだ。
「ファン」はさておき、「家族や友人でもない」という距離感の他人と膝を交えて話し合う機会は意外と少ないが、志高塾の講師は少なからずその役割を担っているのではないだろうか。
三浦のおすすめビジネス書
『ムーンショット──元NASA宇宙飛行士が明かす、不可能を可能にする方法』マイク・マッシミーノ
漠然と宇宙に興味を持ち、目に付いた本を手に取っている。宇宙飛行士というとどうしても特別な仕事のように思えるが(実際に特別な仕事ではあるのだが)、本書の中で触れられているように、それでも「仕事」は「仕事」なのである。月面歩行は人類にとって偉大な一歩だが、同時に、ひとりの職員の、ただの業務のひとつでもある。命の危機と常に隣り合わせである宇宙飛行士と自分の仕事はとても比べられないものの、そのマインドは参考にできるところが多い。
失敗を隠さず共有するというのは、どんなビジネス書でも言われていることだ。もちろん本書でも触れている。だが、飛行訓練であわや事故となりかけた事例ふたつの中で、とにかく自分のミスを隠さず共有すること、そして自信がなくとも違うと思ったことは声をあげることが、結果的に周囲にとって最善となることを示している。また、その中ではそうした「声」を尊重する土壌が育っていることもひしひしと伝わってきた。一人ではなく皆で挑むという意識が根強いからこそ、個人の成績を過剰に意識せず、チームのために貢献できるのだろう。
そしてミスでいえば、「ひとつのミスを慌てて改善しようとした結果、さらに悪い状況を招くことがある」という、いってしまえば当たり前のようでいて、実際にその瞬間になった時には忘れているような事柄にも触れられている。宇宙という極限の状況下、ミスをして慌てない方が難しい。だが、それをやり遂げるためには、常に「この状況が悪化してしまう可能性を考え」、「自分ひとりでなく、誰かと一緒に、慌てずに問題を修正していく」ことを意識する必要があった。
いずれもチームに向ける信頼と、自分自身の行動がチームの中でどのように作用するかという責任感が根っこにあるのだと思う。チームの中の一人であるという意識は常に忘れないでいたい。
竹内のおすすめビジネス書
『働くということ 「能力主義」を超えて』勅使河原真衣
入試、就活など、人生のあらゆる時点で私たちは選ぶ/選ばれる立場に置かれる。最近はマッチングアプリの登場により、恋愛においてもその事実がはっきりと見えるようになった。限られた椅子に座るためには能力を持っていることが求められる。それが選ばれる理由になる。出自で将来が決まってしまう社会よりも平等で、誰しもに能力の芽はあって、伸ばそうとすることで選ばれる可能性は高まり、それをしなかった責任は個人に返る。筆者は、このような能力主義は真の平等をもたらしているのではなく、不平等への納得を促しているに過ぎないと指摘している。
その「能力」はさらに抽象度を増している。「企業が求める人材ランキング」の1位となっている「高いコミュニケーション能力」がまさにそれである。分かる人には分かる、それこそが優秀な人物である、というのは一理あるようで横暴でもある。人材開発ではなく、組織開発を掲げる筆者は、個々が持っているものを「能力」ではなく「機能」であると説明している。レゴブロックのように、それだけでは役割を果たせていないものが、他と組み合わせることで欠かせない存在になる。その視点で個々の持っているものを見極めることが大切なのである。
「働く」ということを通して経済的な価値は生み出される。しかしそれは個人の能力だけで叶えられるものではない。周りにいる人たちと何ができるか、それを考えて動くことがいつも必要になる。本来、色々な人がいる方ができることの幅は広がるはずなのだ。
2025.04.18Vol.55 忘れ(たい)物(三浦)
散歩に出かけ、駅までの15分ほどを歩いたところで、ふとワイヤレスイヤホンを繋げようと思った。そして道端で立ち止まって鞄を漁り、イヤホンを装着したところで、何を流そうかとスマホを取り出そうとし――ようやく、スマホを家に忘れていたことに気付いた。目的地はもう15分歩いた先のカフェだ。取りに帰ろうか帰るまいか悩み、けれども鞄に本が入っていることを確認した後、思い切ってそのままカフェまで向かうことにした。ただ色々と考えが取っ散らかる方なので、その道中ではメモのための小さなノートとペンを百均で購入もした。220円ほどオーバーな出費だったが、当然、そのもとを取れるような時間となった。
腕時計もなかなか最近はしていないので、時間もわからない状態だった。窓際の席を陣取ったのをいいことに、窓の外で太陽がどれだけ傾いているかだけを指標に、もう少し暗くなったら帰ろう、と曖昧な時間間隔の中で過ごしていた。帰り道、最寄りの駅前広場にある時計でようやく数字としての時間を知り、思っていたよりも長い時間を本と筆記用具だけに集中していたのだな、とわかった。
これまでもスマホを忘れた経験は幾度かある。徒歩圏内ならまだしも、電車に乗ってからそれに気づいたときには、「もし電車が止まったらどうやって連絡しよう」と、いろいろな心配事が浮かんでしまい、結構焦る。電車でなくともスマホがないだけで「もしも今災害なんかが起こったら、もしくは突然倒れてしまったら連絡を取れないぞ」と漠然とした不安にさいなまれるので、仕方ないのかもしれない。しかしそんな落ち着かなさをよそに置き、読書に熱中したり景色を眺めたり、インターネットに接続されていない「今」という時間に入り込むことができれば、この上なく心地よい時間になる。
スマホを「見ない」では、きっとそこまで心地よさは味わえない。それは常に、見ないという選択を自分で取っているに過ぎないからだ。少しでも何かあればその選択は揺らいでしまうかもしれない。「見ない」ことを選ぶのと、最初から「見ることができない」のでは、きっとストレスのかかり方が違うのだろう。自分を制御するというのは難しい。
ちょうど、最近扱った読解問題で似たような文章があった。谷川嘉浩氏、『スマホ時代の哲学』からの出題である。そこではインターネットによって常時世界と接続された世界の中では、数多くの刺激に意識を割くことで注意散漫になり、どんどんと孤独というものが失われていっている、と述べられている。その中で経験として、「祖母の葬式中、スマホが気にかかって仕方なかったが、そうするのはよくない思って電源を落とした。そして風景を眺めたり親戚と他愛のない話をしたりしたものの、片隅には、スマホやテレビの誘惑があった」という旨が語られている。そう、電源を落としていても、そばにある以上は、その気になれば触ることができてしまう。スマホやテレビ、あるいはゲームといった刺激の多い娯楽は、その分だけ誘惑が強い。子供に自制しろと言っても難しいように、きっと大人にとっても難しいものだ。
以前(かなり前)、新聞で「鈍考」という私設図書室が取り上げられていた。ずっと気にはなっていたのだが、営業日と予定がなかなか嚙み合わず、まだ訪れられていない。入場時にロッカーにスマホを預けることが推奨されているようで、新聞では、そこがよりクローズアップして取り上げられていた。それ以外の部分でも、時間と手間をかけることを重視する価値観には、今一度触れておきたいと思う。
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そうでなくとも、やはり自分でもデジタル機器から離れる機会はもっと持ちたいと思う。「もしも」のことに怯える自分と折り合いをつけながら、少しずつ近場で慣らしていきたい。あるいは、思いがけず「うっかり」スマホを忘れてしまうような機会をまた待ちたい。
2025.04.11vol.54 証書(竹内)
速度や度合いに差はあれど、子どもは必ず成長する。学年が上がることも、背が伸びることもその一つだが、数字や見た目に限ったことでは無く、一緒に過ごすことで変化が見えてくる。職業柄、そういうシーンに多く立ち会えていることは私にとって財産である。近年は特にその感覚が強いのだが、背景に姪っ子の存在がある。この春から小学1年生で、特別支援学校に通う。21番目の染色体が通常2本のところ3本あるのが特徴のダウン症で、発達がとてもゆっくりしている。
教室休みの期間を利用し、4/4(金)から福岡へ向かった。姉は結婚後しばらく東京で暮らしていたが、旦那さんの仕事の都合で転居し、そこから約4年経過している。年末には西宮に帰省していたので、姪(と3歳の甥)の遊び相手としての務めを可能な限り果たした。その時点では話にも上がっていなかったのだが、その後急遽旦那さんが再び東京へと異動する運びとなった。それが決まったのが1月末で、その時点で福岡市内の学校への進学準備を整えていたこともあり、お父さんが単身赴任し姉たちは福岡に留まることになった。よりによって何で今なんだというバッドタイミング。少なくとも年内にその話が出ていれば東京で学校を探すことも検討できていたのだが、いかんせん時間が足りなさ過ぎた。ここは姉の踏ん張りどころである。とはいえ早速相当追い詰められているだろうなあと思っていたので、何かしらの力になれればという気持ちと、単純に可愛い子どもたちに会いたい気持ちで顔を出しに行った。結論としては想像通りだった。旦那さんの引っ越し直後というのもあるが、ご飯を作る、保育園の送り迎え、お風呂に入れる、寝かしつけ(2人ともまだそれが必要)、そこに細々とした掃除や洗濯、遊びにも連れて行ってあげる必要があるし、さらには姉自身が今は時短勤務だが仕事していることも相まって、片付けに手を回せる余裕がないようだった。何となくプライドのようなものがあるんだろうなという感じもして、「一人でもできるんだ」ということを示したいのだろうけれど、あいにく子どもの方はなかなかすぐには動いてくれないので、イラっとして母の方が手を出してしまう場面を見たのは一度や二度ではなかった。思い通りにはいかないこと、もっと待ってあげないといけないことは親自身が一番分かっているはずだから、前に前に進んでいく日々の中で焦ってしまう自分への嫌悪感や罪悪感にきっと襲われている。そう思うから、「手出すのはあかんやん」とどうしても口では言えなくて(母や他のきょうだいにはすぐに連絡してまた誰かがヘルプに入ろうという話し合いはしたが)、家事なり子どもたちの面倒を見るなりをとにかく代わりまくった。
ほんの数日間手伝うくらいで分かる苦悩ではないだろうし、「大変だけど可愛いよね」というのも当事者からすればきれいごとでしかないのかもしれない。卒園後についても、私やその他親族は通常の小学校で支援級にも属する形を取ることで、同じ保育園出身の子もいる分変化へのストレスが小さいのではないかと考えていた。しかし、年長児にもなると特に女の子にはおませな子もいて、手紙の交換をしたり、特定の話題で盛り上がったりということが多く、ついていけないことがしばしばだったようだ。ひらがなを読むことはできるのだが今はまだ線を引いたり円を描いたりすることを練習中の段階だし、言葉を上手く発音できず同世代には聞き取りづらいことがほとんどだったと思われるので、混ざれなくて寂しさを感じることは何度もあっただろう。私は姪だけを見ていて、集団の中の姪という視点がなかったので、そこには思い至っていなかった。先生方はもちろん、お友達も活動の時にはよく手助けしてくれていたようなのだが、通常級でクラスメイト達に迷惑をかけてしまうのではないかという心配や、否が応でも他の子と比べてしまうであろう姉の性分を考慮すると、この判断に至るのはごく自然なことだ。そこに合っているとか間違っているとかはなくて、その子が健やかに過ごしてくれることが一番である。
今回の福岡滞在で印象的だった場面をいくつか。毎朝7時前には起きてきて、私が休んでいる布団に潜ってきていた。取っ捕まえてはあと30分もうひと眠りさせていたのだが、ある日は「見てー」と卒園証書を持ってきたのだ。卒園したということを理解しているんだなというのが伝わってきて、さすがにはっきり目が覚め、証書の文章を改めて読み上げて手渡してあげると大変嬉しそうだった。月曜の昼過ぎに帰ったのだが、就学前でも利用できる放課後等デイサービスに行くことになっていたのでその見送りをした。直前まではかなり渋っていたのだが、いざ送迎バスが来るとスタッフの方にはわがままを言わずすっと乗り込み、小さいながらに耐えているんだなあとか、人様に迷惑をかけてはいけないという認識は完全に母親譲りだなあとか頭に浮かんできて、ぐっと込み上げてくるものがあった。お父さんが今はいないということも分かってはいるけれど、それがなぜなのかまでは理解が追い付いていないので、少し不安定なところはある。サポートを必要とする部分が同じ年の子と比べたときに多いのは否めないが、感じる力を確かに持っているし、心が豊かになっていることを実感できて喜ばしい。今回の他にも何回か保育園の送り迎えを手伝ったり、帰省した時も公園遊びに付き添ったりしていたが、乳母車から降りて自分で歩くようになってからは、道端で座り込んだり落ち葉を拾い集めたりしてなかなか前に進まない。それはそれは困るのだが、咲いている花を見て「かわいい~」なんてつぶやくその感性は絶対につぶしたくない。親が少し道に迷ってしまった時に、親ではない立場だからこそ拾ってあげられるものもある。
読解問題の指導をする際に、「必ず」や「絶対」といった文言が含まれている選択肢はかなりの確率で誤りであるという話をする。これはテクニック的なことでは無く、日常生活において「100%こうだ」と言い切れることはほとんどないという肌感覚から来るものである。もちろん、そのような言葉が使われているから違う、とすぐに切り捨てるのも正しくない。あくまでもそこでの主張はどうなっているのかという確認作業が欠かせない。この本文での「必ず伸びる」「絶対につぶしたくない」というのは経験からの断言と、決意表明である。
今日がちょうど支援学校の入学式だった。甥っ子は保育園に行き、父母娘の3人が笑顔の写真がLINEに届いていた。もうすでに卒園の証書はもらっているわけだが、改めてここで姪と姉の母子の人生の区切りを叔母として記録させてもらいたい。








