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2019.11.12Vol.422 (続)俺そう言うよな(前編)

 私と会ったことがなくブログを読んでくださっている豊中校の親御様の中で私のイメージが膨らんでいる(どういう風にか、は分からないのだが)、という報告を受けたので「くっそイケメンやと伝えておいて」と返した。
 西北校の面談で「vol.417 俺そう言うよな」の話題が少なくとも3人以上のお母様から出て驚いた。私のことをよく知るお母様からも「先生も、普通の親と同じように悩むのですね」と言われたのだが、そりゃそうである。違うところがあるとすれば、どのように対処するかを決めることに時間が掛からないこと、決めたら後はあまりふらふらせずにそれをやり抜くこと、であろうか。なぜふらふらしないかと言うと、目先のことではなく先を見据えているからである。目の前のことだけを考えていたら問題が起こるたびにちょこちょこと対処しなければならず、心身をすり減らすだけで根本的な解決にはつながらない。運動場に石灰で線を引く場合、しっかりと顔を上げて遠くの目標めがけて思い切って進んでいくとそれなりに真っ直ぐな線が引けるが、下を向いて粉が出ているところを確認しながら慎重に歩を進めると、振り返ったときすごく曲がっているということが少なくない。そうなると、線を消してもう一度やり直しである。全体最適を意識せずに部分最適を求めたところで結果はついてこない。もちろん、全体最適のことだけで頭をいっぱいにして、部分最適を疎かにしてもいけない。
 このブログで、子育てにおいてうまく行っていないことをお伝えしてきたつもりなので、上のように思われていたことが不思議である。もし書いていたとしたら作り話以外の何ものでもないのだが。誤解を生まないようにここで「うまく行っている」を明確に定義する必要がある。私の中でのそれは勉強やスポーツ、芸術などにおいて目立った成績を残すことである。三男が生まれたとき、我が子は2学年違いの4歳、1歳、0歳であった。その頃は「松蔭3兄弟」などと言われる日が来るかもしれないと淡い期待を抱いていたのだが、今では間に随分と余計なものを挟んで「松蔭さん家の3兄弟」の道を着実に進んでいる。私から見てずば抜けた才能があれば、それを伸ばすために何をしてあげるべきかを一生懸命考えて手を打ったかもしれない。しかし、本当に才能があれば、誰かがそれを見つけて「あれをしたらどうだ」「これをしたらどうだ」と勧めてくれるはずなので、その中から選べばいいだけの話である。そのようなことがまったくなかったので、大人になったときにうまく行くような人に育てるために何をしてあげるかに重きを置く方に完全にシフトした。
 一昨日の日曜日、朝4時に起きて、3年生の二男と明石にタコ釣りに行ってきた。二男は5回ほど船釣りをしたことがあるが、これまでは私と一緒に一本の竿で行っていた。竿を置いているだけでそれなりに釣れる魚もあるが、タコはずっと竿を持って動かし続けていないと絶対に釣れない。初めてのタコ釣りで、初めて一本の竿を任せることもあり、「途中で疲れたとか言ったら次回はないからな」と数日前から忠告していた。当日4時にスパッと起きて着替えをして、10分後には家を出ていた。結局息子は一匹しか釣れなかったのだが、6時間のうち眠気が襲ってきた30分ほどを除き頑張り続けていた。釣るときの姿勢が良くなかったので、途中「字を書くときにいつもお母さんから注意されてるでしょ。勉強でもスポーツでも何でも一緒だよ。姿勢が悪いと集中力が持たないよ」と伝え、港に戻ってきてからは息子の隣でたくさん釣っていた人に一緒にコツを聞きに行き「うまい人のをよく見て、その人からよく聞くことが大事なんだよ。」と話した。その後、魚の棚で明石焼を食べて、垂水のスーパー銭湯で汚れを落として海が見える露天風呂を束の間楽しんで、少し買いたいものがあったのでアウトレットに付き合わせた(こういうとき、「疲れたから早く帰ろう」とは絶対に言わない。そういう態度を取ったら次が無いのをよく知っているからだ)。移動中、テレビのクイズ番組で私がかなり答えらえていたので、アウトレットの駐車場に停めてから店に向かう途中「お父さん、勉強以外のこともいろいろ知っているだろ(息子への話の枕としてこのように表現する必要があっただけで、今も知らないことだらけなのは自分でもよく分かっている)。かんちゃんがやっているポケモンのカードゲームでもたくさん知っている方が楽しいでしょ?」「うん」「大人になってポケモンをやるわけには行かないから、それ以外のこともいろいろ知っておいた方がいいの。知ってたら楽しいの。かんちゃんは、お父さんよりもたくさん知って、たくさん考えて、大人になったら、お父さんより人の役に立つ仕事をするだんよ。できる?」「うん」というやり取りをした。帰り道、よく頑張ったことを何度も褒めて(頑張るだけではだめだから次は結果も残すように、と少し釘は刺しておいた)、帰宅してから妻にもそのことを伝えた。
 明日の復習テスト(そもそも進学塾には通っていないのだが)にも、1か月後の公開テストにもつながらないけど、将来の実力テストには少しだけ役立つことをしてあげられたようなそんな充実した1日であった。その日は帰ると残っていた学校の宿題をして、いつもであれば妻から言われてもいろいろと理由をつけて中々しないピアノも率先して弾いていた。
 「vol.417 俺そう言うよな」の2週間後ぐらいだろうか。仕事から帰ると、また長男の元気が無さそうなので、本人に私が「どうしたの?」と聞こうとすると、妻が顔をしかめながら「また学校で嫌なことがあったみたい。誰も話してくれないんだって。そっとしといてあげて」と小さな声で囁いた。それについて書くはずだったのだが、例のごとく脇道にそれたので、今回は予告編だけにしておく。乞うご期待。

(次回予告)
「お父さんの言うことをよく聞きなさい。もし、今の学校でずっとうまく行かなくて、理求が『学校に行きたくない』となれば、6年生になるタイミングで(来年の春に)引っ越しをしてあげる。(この4月に引っ越したばかりなので)お母さんが面倒くさいと言おうが、お父さんはお金がないけど、それでもそれぐらいのことはしてあげる。ただ、今やれることをやりなさい。それをせずに学校が変わってもまた同じことが起こるだけだよ」

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