
2026.06.26社員のビジネス書紹介㉝
徳野のおすすめビジネス書
山崎エマ 『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』 新潮新書
タイトルが結論を示してしまっているものの、それは著者があくまで自身のお子さんの為にする選択だ、という点を念頭に置いて本書に触れてほしい。さて、ドキュメンタリー作家の山崎氏は2023年の監督作《小学校〜それは小さな社会〜》がアカデミー賞の候補作に選ばれ、スクリーン上に描き出された日本の公教育も肯定的に評価された。私はSNSを通して映画の存在を知ったのだが、その際、公式PRを含め作品を好意的に取り上げる投稿に対する批判もちらほらと見かけた。例えば「同調圧力や厳格なルールが生む息苦しさに目を向けていない」、「教員の負担を美化している」といったコメントだ。そして、それらを初めて見た時の私の感想は「今の時代、学校についての否定的な意見が出ても仕方がないよね」という、半ば諦念に近いものだった。だが、昨年から高槻教室の責任者となり、色々な公立校の様子を親御様から教えていただく中で、自分自身が慣れ親しんできたはずの「学校」という場をネガティブな色眼鏡で捉えすぎているのではないかと、疑問が湧いてきた。不登校が社会全体の問題となっている昨今だからこそ、日本の公教育が持つ力を改めて具体的に知りたいという好奇心から、山崎氏の自伝とも位置づけられる本書を手に取ってみた。
日本人とイギリス人をご両親に持つ山崎氏は、茨木市立の小学校、六甲のカナディアン・アカデミー、ニューヨーク大学という風に、多彩な学習環境で育ってきた。ご両親はバイリンガル教育を徹底しており、「娘が大学に進むまでは、自分で判断し行動する力を養わせ、言語能力と計算力の土台を固めることが保護者の使命」という方針の下で教育計画を立てていた。「自分で判断し行動する力を養う」となると、生徒の自主性を重んじるインターナショナルスクールの方が適しているのではないか、という見方もできる。だが、物事の本質を十分に理解できていない12歳以下の子どもが、将来を見据えた決定や自己主張をするのは難しい。だから、集団内でまずはマナーや常識を学び、自分で身の回りの管理をする習慣を身に着けさせるための場として日本の公立小学校を選んだのだ。整理整頓をしたり、約束の時刻を守ったりするのは当たり前のことかもしれないが、それを自然と実践できるのは、国際的に見ると立派な能力とみなされる。また、運動会や音楽会に向けてクラス一丸となって練習に励むことを教員から求められた経験が、後年、夢を実現させるためにひたむきな努力を続け、周囲の人たちと協力しながら作品を完成させていく姿勢の原点だったという。つまり、教師がある程度の強制力を示すことで生徒の可能性を広げる場合もあるのだ。その分、教師は取り組ませる内容とその目的をよく練らなくてはならない。
ただ、山崎氏は日本的な価値観を手放しで礼賛しているわけではない。特にアイデンティティに関する画一的な捉え方に反発を覚えて高校卒業後に渡米したのは、国籍と人種が異なるご両親の元に生まれた「ミックス」としての複雑な立場ゆえだ。加えて国内の教育に関しても、中学校からは生徒一人ひとりの個性や意志を大事にする方向に転換させるべきだと、山崎氏は提案している。子どもの自我が最も発達する時期に抑圧的とも言える指導を受けていることが、少年少女たちの生きづらさに少なからず影響している面は否めないからだ。
冒頭でも述べたように、日本の小学校は選択肢の一つにすぎない。しかしながら、学業やスポーツの成績が優秀な子でも、自己中心的で、日常生活にまつわる物事を平気で全て親任せにするような態度を許してはならない。どのような場で学ばせるにせよ、子どもが心身ともに自立し、他者と気持ちの良い関係を築いていくために、人間としての基礎部分を成長させられているか、という軸は常に持っておくべきだ。そして、そういった面を育てる役割を担うのは一人の人間、一つの場所に限定させる必要は無い。家庭、学校、習い事先にいる全ての大人の間で「分業」しても良いのだ。
竹内のおすすめビジネス書
清川照美 『崖っぷちの会社を立て直したスーパーな女 なぜ、普通の主婦がたった6年半で300億円の借金を返済できたのか?』 主婦の友社
鹿児島県を中心に約90店舗のスーパーを運営するタイヨー。筆者は2代目社長の妻として主婦業に専念していたが、経営不振の状況打開のために自社の監査役取締役を務めていた経験を活かして約4年ぶりに現場に復帰した。当時(2012年7月時点)は店舗数こそ増やしていたものの売上は10年前と比べて大差なく、人件費がかさむ状況に陥っていた。そのため、小売業界内ではタイヨーの買収がまことしやかにささやかれてもいたのだが、それを回避するために選んだのがMBO(マネジメント・バイアウト)である。上場を廃止して、経営陣が身を切って自社株式を買い取ることで経営権を握り、株主からの短期的な利益要求に縛られることなく小さな組織内で迅速な意思決定や改革を行えることが利点とされている。他企業からの買収が実現した場合、経営方針の転換等による大幅なリストラは免れない。それは、従業員やその家族を守れなくなるということでもある。その方向に進ませないための判断だった。清川氏が重視したのは、鹿児島を基盤にした企業であるという点でもあった。鹿児島県は第一次産業が盛んであるゆえ、地産のものを積極的に扱うことで町全体を勢いづかせることができる。自分たちが地域で果たすべき役割を理解しているからこそ、そして地域のことも理解しているからこそ、自分たちの手で会社を変え、立て直す必要があった。
MBOを実施するためにメガバンクに掛け合ったものの、なかなか簡単には請け負ってもらえない。それでも最終的に融資を受けることができたのは、自社が地域にどのように貢献したいのかを繰り返し伝えること、またたとえ急遽決まった面会だとしてもそこで中身のある話ができるように資料準備を怠らないことによって、熱意が届いた結果である。ただ、これはあくまでも再建のスタート地点であり、次は現場の改革が求められた。消費者の目線で見てみると、赤字店舗では動線が悪かったり照明が薄暗かったりと利用したくない要素が散見していた。ただ必要なものを調達する場としてではなく、この店だから来たいと感じてもらえるような店づくりをする上では、自分の立場以外の視点を持つ必要があるということだ。タイトルにある「普通の主婦」に対しては、それまでも社内との関わりがあったことを踏まえると適切な表現ではない気がするが、主要な利用者層である主婦に最も近い存在として経営陣に新しい風を吹かせたことは間違いない。そして本来、このようなことは現場の従業員の方が経験則で分かりやすい。時間帯による来店客の違いや、地域性などがそれにあたる。そういった実感の伴う情報が運営の工夫に繋がるよう、吸い上げやすい環境の整備、関係の構築に注力したのも彼女の視点あってこそであった。また、チームを引っ張っていく立場として印象的だったのは、6年半の間で毎年、念入りに口にする言葉を決めていた点だ。それは自分たちの明確なテーマ設定を共有するだけでなく、自分自身が道に迷わないためにも大事な道しるべでもある。
三浦のおすすめビジネス書
ポール・ホーケン 『ビジネスの育て方』 ディカヴァー・トゥエンティワン
原著は1987年に出版されている。およそ40年前、そして日本語版は2005年の出版だから、こちらも20年前。ビジネスの世界の移り変わりは速いものだろうが、ここに述べられているのはテクニックなどの手法ではなく、「ビジネスとは」という根幹的な視点である。その一点は時代が移っていっても変わらない。
徹頭徹尾、著者が述べるビジネスとは、決して「金を稼ぐため」のものではない。冒頭、「ビジネスとは世界を変える手段であり、自己を表現するための手段である」という旨を述べている。自己表現というとどうしても真っ先に芸術、アートというものを浮かべるが、そこにビジネスが並ぶとは思わなかった。しかし読み進めていくと、そもそもビジネスのはじまりは、「世の中に足りないものはなにか」「自分は何をすべきか」を考え抜くところから始まることがわかる。「どうすれば儲けるアイデアが浮かぶか」ではない。身近なところに目を向けて、何が必要なのかを見極める。そしてその「必要」は必ず、自分のためではなく、世の中、そして顧客のための必要でなくてはならない。世の中に求められるビジネスこそが意味があるものだ、それは当たり前のことだが、金銭が絡むと忘れられていってしまうことでもある。
顧客のため、という精神は、本著の中で多く取り上げられている。筆者が設立した園芸商品専門のカタログ・小売企業である「スミス&ホーケン」では、とにかく顧客を第一に、働く誰もが顧客に徹底的に寄り添う姿勢を持っていることが述べられる。クレームともとれるような要望にも迷わず応える。信じがたいと思ってしまうのは、そういったクレームの話を耳にしすぎて、一般的に考えられる「顧客」を信用できていないからだろう。そもそも企業として信用されていれば、信用できる顧客がつく。顧客は製品に金を払いたいのではなく、サービスをしてくれる「人」に払いたいのだという。確かにその通りかもしれない。顧客に信用される企業になるためにどうするかは、事細かに決めるものではない。まずは自分自身が「よい顧客」になる、そしてその立場から企業を見直し、どうすべきか、「企業にどうされれば嬉しいか」を考える。そのひとつの軸が大切なのだという。
お客様第一、という考え方は、サービスに重きを置くはずの日本でも、少しずつ廃れてきている。それは客が企業に求めるものが薄くなったことの裏返しでもある。せっかく大企業ではない、相手の顔が見える場にいるのだから、「求められる」ようなつながりを意識していきたいと思う。








