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2018.10.09Vol.369 評価に追い付き追い越せ

 60代後半の女性から講師採用への応募があった。それに対して私は「年齢を考慮すると、採用になる可能性はほぼゼロに近いです。それでも、とおっしゃっていただけるのであれば、履歴書を送付してください。どちらを選ばれるのか、教えていただけないでしょうか」という趣旨のメールを送った。その返信内容が美しかったので「いただいたメールをブログで使用してよろしいでしょうか?」と尋ねると、

もう全然構いません。
こんな拙い文章でよろしければ。

心のスケールの大きな子供たちに育てて頂きたいです。

頑張って下さい!

と許可をいただけたので、以下で紹介する。

はじめまして。ご丁寧な、何かほっこりとするメールをありがとうございます。
失礼だなんてとんでもないです、本当に図々しくて申し訳ありません。

エントリーさせて頂いたのは、
国語の読解問題や作文を教える講師を募集とあったからなんです。
このような募集の文言を見たことがありませんでした。

まさに、子供の頃の私の得意分野! そして危惧していたこと。

孫たちを見ていると、想像力が無い無い、作文も日記も数行で
終わってしまいます。
文章にすることが苦痛なのかいつも半泣きです笑。

今の子供たちの中には、ゲームにテレビやスマホの生活で
想像することが苦手の子が多いようですね。

文を作ることは、まず想像することから始まりますし、
読解も深く掘り下げるには想像力が必要です。
その後に心に沸き上がった感情を文章にするわけですが、
この想像するというトレーニングは人と人との関わりで最も大切な、
優しさや思いやりという感性を育むのではと思います。

心豊かな素敵な講師の方が見つかりますように願っております。

ご連絡、ありがとうございました。

 我々は、不採用になった方へメールを送る場合、必ずその理由を添えるようにしている。社会人経験のある方であれば、たとえアルバイトへの応募であったとしても「我々の行っていることへの理解が十分でなかったため」、学生の方であれば「履歴書の内容が十分でなかったため」などとなったりする。特に学生の場合は「次に生かしていただければ」という言葉を添えることが多いかもしれない。初めからそのようにしていたわけではない。当初は、いわゆるテンプレートがあって「●●様」の名前を入れ替えているだけのものであった。確か、2, 3年前に「お祈りメール」に関する記事を読んで、「自分たちも同じことをしている」とハッとして、それ以来、やり方を変えた。不採用通知の最後の一文に「今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。」を持ってくる企業があまりにも多いため、「お祈りメール」という名前がついた。そして、就職活動中の学生はそれを受け取るたびに傷つく、というようなことが書かれてあった。大企業のように大量の応募があるのであれば理解できるかが、我々の規模でそれをすべきではないな、と。
 常日頃から「意味がないことはしない」と考えているし、そのようなことを口にする。なぜか。意味がないからである。意味のあるなしをビジネス上のお金に換算することはない。たとえば、不採用になった方と今後関わりあう可能性はほとんどないわけだから、そこにエネルギーを費やすことは無駄だ、とは考えない。この時代、どこでどんな批判をされるか分からないから、とりあえず丁寧に対応しておこう、というのとも違う。先のメールにあった「この想像するというトレーニングは人と人との関わりで最も大切な、優しさや思いやりという感性を育むのではと思います。」という一文との関係が深い。我々は「優しさや思いやりを育てるぞ」と意気込んでいるわけではない。言葉が豊かになれば自ずとそうなるはずだし、いい仕事するためにはそれらは欠かせない。将来、社会でその子らしく活躍して欲しい、というのが、我々の教育の根底にある。教えている我々に、その子たちを思う気持ちがなければ、どうやってそういう人に育てていけるのか。授業の時だけ、そういう振る舞いをしようとしても、子供たちには響かない。いつもそれができているわけではないが、心を込めて不採用の通知をすることは、子供たちに言葉を届ける上で意味のあることなのだ。
 2年ほど前に、40代前半の男性から応募があった。人間的にも非常に優秀であったのだが、正社員希望であったため、残念ながら不採用にせざるを得なかった。そのとき、そこまでコンスタントに入っていただけるだけのコマを用意できなかったからだ。正直に不採用になった理由を告げた。その後その方から、丁寧な字で書かれた3枚ほどのお手紙をいただいた。そこには「あのメール(不採用通知のメール)をいただいて、自分が選んだところは間違いではなかった、ということを改めて感じた」というようなことが書かれてあった。今でも、その手紙は大事にとってある。そして、この話には続きがある。半年ほど前に、生徒が増えて来たこともあり、「誠に勝手ではありますが、志高塾で働いていただけないでしょうか」という内容のメールを送った。「現在、正社員として働いていて、充実した日々を送っている」という返信をいただいた。確か、その方はしばらく正社員で働いていない時期があったはずである。しばらく、がどれぐらいの期間であったかは忘れてしまったが、40代のそのような方が再び正社員として雇われることはそれほど容易なことではない。しかも「とりあえず正社員として」ではなく、仕事内容にも満足されているのだ。もちろん、残念ではあったが、そういう方に興味を持っていただけことに喜びを感じた。
 私が自分に都合のいいことを並べ立てているだけで、もし、過去に不採用になった方がこの文章を読めば「良いように書きすぎ」となるかもしれないし、「不採用になった上に、勝手に理由まで告げられて本当にムカつく」となっていたかもしれない。
 上で挙げた2人の方からの志高塾への評価は身の丈を上回っている。その過大な評価を厚かましくもそのまま受け取り、それをエネルギーに変換して我々は成長していく。
 「一期一会」というのは、会ったその時にではなく、その後にまでその温かみが生き続ける出会いに対して用いる言葉なのかもしれない。

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