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2022.03.29Vol.537 実線を先行する点線

 あれは確か大学生の頃の話である。正月にあまりにも暇だったため、女友達を誘って2人で初詣に行った。その時、にぎわう屋台の並びで手相占いをやっていたので面白半分でお願いした。「あなたたちの相性はものすごく良いですよ」、「俺たちどうもそうみたいやから試しに付き合ってみる?」などという流れを期待してのものだけでなかったことだけは断っておく。占い師が私の手相をじっと見て、「あなたは相当気が強くて、頑固ですね」。瞬間、「それ、絶対に手じゃなくて最初に顔見たときの印象やーん」と心の中で突っ込んだ。それなりに笑いを取れる鉄板ネタの1つである。占い好きをとやかく言うつもりはないが、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるように、やるべきこともせずに望まない結果を運命だと受け入れるのであれば、それには大いに疑問を感じる。
 これはきっと開校2、3年目の頃の話である。甲陽を目指していた6年生が、夏休みの終わりに行われた甲陽模試で3位以内に入った。毎年数十人は合格している進学塾においてのことであった。その結果が出た直後ぐらいにお母様から「先生、最近の息子はどんな感じでしょうか?」と尋ねられ、「完全に気が抜けてるので、間違いなくすぐに成績は落ちます」と返した。受験後、「あの時の評価が私の感覚と合っていたので、信頼が深まりました」とおっしゃっていただいた。彼は成績が良くて油断したのではなく、地域のだんじり祭りに参加することで浮かれていたのだ。進学塾ではそのような気の緩みはご法度なのだが、私は結構好きである。こればかりは性分なのでどうしようもない。受験生だからとすべてを犠牲にするのではなく、最低限の遊びは必要だし、それを良い結果に結び付けてあげるのが我々の役割である。また、その時は経験不足で分かっていなかったのだが、いずれにしても9月は、夏期講習、学校が始まったこと、運動会の練習、による3つが重なってどっと疲れが出る時期なので、それを折り込んだ上で10月以降、再度気力を充実させていけば良いだけの話なのだ。ちなみに、その彼、お父様の転勤で中1の春から東京に行くことが10月ぐらいに決まった。そのタイミングで首都圏では一般的な4教科受験に備えて社会の勉強を始め、練習のために受けた大阪星光(当時は4教科が必須であったはずである)に難なく合格し、結果的に第一志望の海城に進学した。引っ越し後、お母様から「中学生になってからも続けさせたかったのですが、こちらには志高塾のようなところが無くて」との言葉もいただいた。当時、受験後も続ける生徒などいなかったし、実際には見つけられなかっただけで東京に我々のような塾があることは間違いなかったのだが、何の実績も無かった我々にとっては随分と励みになった。
 それは間違いなく1週間前の話である。逆L字型の成長曲線について述べた。その場合、低空飛行の期間がそれなりに続くことになる。いつか結果が出る日が来ることを期待して、ただただじっと待っていましょう、ということを訴えたかったのではない。前回、ブログをHPにアップした後に、あれでもまだ説明不足だったな、となった。その曲線が示しているのはあくまでも結果なのだ。成績が上がる前には、間違いなく取り組み姿勢が変わる。言われなくても自ら勉強するようになったり、繰り返されるケアレスミスのあほさ加減に気付き、その原因であった字が丁寧になったり、必ず変化が現れる。仮に、未来を見通せる占い師がいたとして、そんな特殊な能力は必要ない。数値に現れないだけで、注意を払いさえすれば誰にでもちゃんと見える。結果の実線に対して、それは言わば点線で表されるようなものなのだ。成績表の折れ線グラフを見て、「上がって(下がって)きましたね」なら小学生でも言える。親御様に、「絶対に上がってくるので、焦って変な手を打たずにもう少しだけ辛抱してください」を信じていただけること、「今は結果が出てるだけで、このままだと間違いなく下がってくるので手を打つ必要があります」とその対策を任せていただけること。志高塾としてそのような信頼感は備えておかなければならないし、そのレベルも上げて行かなければならない。
 開校当初を振り返ってみると、何も実績の無かった我々に対して上向きの点線を見てくださった親御様に支えられていたのだろう。当時は、その期待に応えたくて、それが間違いでないことを証明したくてどうにかこうにか頑張れていたような気がする。
 前回、子供にとって大事なこととして、「好奇心」と「集中力」と「前向きに継続する経験」の3つを挙げた。いくつかある中からあえてその3つに絞っただけのことなので、1か月後には違うものになっているかもしれない。「前向きに継続する経験」について、とても重要なことは感覚的に間違いなかったのだが、自分の中でもその理由をうまく掴み切れていなかった。今回のことを絡めるとうまく説明がつくかもしれない。小学生であれば周りの大人が点線を見てあげなければいけないのだが、成長し続けるためには、それを自らで見えるようにしなければならない。優秀な子ほど、中学生以降、その時が早く来るのではないだろうか。
 最後にお知らせを2つ。先週、「来週1週間は教室がお休みのため、ブログもお休みさせていただきます」という一文を入れ忘れたため、旅行先の沖縄からお届けいたしました。代わりに4月19日はお休みです。そして、もう1つが字数について。通常を1,800~2,000、4回に1回を2,800~3,000としていましたが、それぞれ2,000~2,400、2,800~3,200と若干の変更をいたします。

2022.03.22Vol.536 逆L字型階段

 長文ブログ(通常の1,800~2,000字に対して2,800~3,000字)ファンの皆様、お待たせいたしました。高校生の男の子の「長い方が好きでした」ということをここで紹介したところ、「私もそうです」というお母様が1名おられたので、少なくとも2名はいることが確認できました。隠れファンが5名、いや10名はいると信じたい。その4回に1回を少しでも多くの方に楽しみにしていただけるような内容にすべく邁進してまいります。
 
 「先日、何の前触れもなく『俺のあこがれの人って誰やろ?』という問いが頭に浮かんだのですが、瞬間で答えが出ました。『明石家さんまや』と。ずっとあほなこと言いながら生きていたいな、と。そんな人の話やと思いながら、適当に聞いていただければ幸いです」
 「十人十色」で20分ほどいただき受験のことを中心に話をした。冒頭で、上のことから始めようとしていたのだが、見事にすっ飛ばした。後から振り返ると、「あれ話し忘れたな」というより、「聞いていた人は何も分からなかったんじゃないかな」というぐらい説明不足だったような気がしてきた。終わったことをあれやこれやと考えてもしょうがないので、一発目の長文のテーマとすることにして一件落着。では、始まり始まり。
 子供たち(生徒と我が子のことを指している)と接するとき、私はある成長曲線をイメージする。それにはいろいろな形のものがあるのだが、私の場合は、後から一気にギュンと伸びるものを思い浮かべる。「ノ」の字型のきれいなカーブを描くものというよりは、「L」を左右反対にしたような、最初はほぼ水平で、後から一気に上に向かっていくものである。早いうちからとにかく子供にいろいろとさせる親は、比例のような右上に向かって行く一直線を期待している気がしてならない。だから、飛び出し角をとにかく付けようとする。それはそうである。その幻想に従えば、水平に対して10度より20度、さらには30度となった方が高みにたどり着けるからだ。しかし、私に言わせればその角度というのは生まれつき決まっている先天的なものなので人工的にいじる過ぎるものではないのだ。早期教育を頭ごなしに否定する気はないが、そこにはとても恐ろしい罠があることを認識していなければならない。それは、早ければ早いほどライバルが少ないということだ。たとえば、KUMONを0歳から始める。そうすれば、幼稚園に入る前に漢字が書けるようになったり簡単な計算ぐらいであればできるようになったりするのだろう。すると、周りの大人たちから「まだ小さいのに、すごいねぇ」などと褒められ、親子で良い気分を味わう。本来、そんなものは成功体験と呼べるようなものではないのだが、その経験がその後の判断を狂わせる元凶となる。後ろから足音がひたひたと迫ってきたときに焦り始め、「うちの子は小さい頃あんなにできたのだから、もっとやらせればまた引き離せるはず」となる。そして、いつの間にか追いかける立場に変わり、そのうちに背中が遠のいていく。もし、海外のように学校自体に飛び級制度があればまだ理解できるが、現状、日本の場合は大学に1年前倒し入学できるだけで、受け入れをしている大学もかなり限られている。結局、「早期教育」は中学受験で少しでも良い結果を残すためでしかない。そこでの角度が付けば、大学受験、その後の人生と右上に向かって行けると錯覚するからだ。そういう親は、あるところを境に下降する「へ」の字型の成長が存在することなんて想像だにしない。なお、早期教育の対象は勉強だけでは無いので、区別するために「早期教育」とした。この話はこれぐらいで止めておこう。
 「子供にはこうなって欲しい」と親が願う。その前には、無意識のうちに、「自分は~だったから」というのが付いている。願望ではなく、私自身は我が子が普通に勉強したら東大か京大ぐらいには行ってくれるだろう、と考えている。元々は中学受験させる予定は無かったのだが、この春中2になる長男は中堅の私立に通っている。もし、私自身が中学受験で失敗しておらず、ぴかぴかの学歴であれば、中学受験は当然で、かつ少しでも上を目指させたかもしれない。親とは別に志高塾の代表しての立場からも我が子がそのレベルの学校に行っているのはちょうど良い気がしている。もし最難関校であれば、我が子の話を元に何かしらの提案をしても「先生のお子さんは優秀ですから」で済まされたかもしれないし、その逆だと「先生のお子さんよりずっと上を目指しているので参考になりません」と心の中で思われたかもしれない。
 A日程は不合格で、B日程も確か5点差以内の合格だったので正に滑り込みであった。その長男に入学前から言っていることがある。「最難関校ではないから、そんな優秀な奴はおらん(もちろん、我が子も含めて、である)。だから、せめて学年で10分の1ぐらいには入らなアカン。中学受験で大して勉強させてへんから他の子よりも疲れてへんわけやし」。脅しではなく1年で半分以内に入らなければやめさせるつもりであった。わざわざ遠くの私立に通わずに地元の公立に転校して、それこそ私の母校である北野高校を目指させれば良いと考えていたからだ。結果的に5回の定期テストで5教科の順位は、1回目が後ろから5分の1、2~4回目は見事なぐらい真ん中辺りをうろちょろ、そして、5回目の学年末で前から5分の1と最終的にはそれなりにはなった。1学期の中間テストでは次の日に何のテストがあるかすら分かっていないことに驚かされたが、この1年で自己管理する力が最低限身に付いたことに親として満足している。小学校時代、進学塾に通わせていなかったこともあり、量をこなすことに慣れていなかったが、それにも適応できるようになってきた。もしかすると、一番力を入れたのは朝自分で起きさせることかもしれない。1学期の間は、毎日のように「遅刻する遅刻する」とイライラしながら飛び出していたが、2学期からはそういうことも減り、3学期になるとほぼゼロになった。ただ、1年最後の日は前日が休みだったことで油断したのか2階から降りてくる気配が無かったので、妻が呼びに行こうとしたが「絶対にアカン」と止めた。結局、偶然目が覚めて、朝ご飯も食べられなかったが、入学当初のような焦りは消え、いつも通りに「行って来ます」と言いながら出て行った。成長したな、と。「それに何の価値があるのか」と思われるかもしれないが、私にとっては大事なことなのだ。
 「普通に勉強したら東大か京大ぐらいには行ってくれるだろう」に関して一番言葉足らずだったかもしれない。それを親の私が勝手に息子たちの目標として設定しているわけでは無い。闇雲にやらせることは無いし、逆算して何かをさせることも無い。あの場で、子供にとって3つの大事なことを挙げた。「好奇心」と「集中力」と「前向きに継続する経験」。「普通に」というのは、それら3つに大切にしながら、ということである。「早期教育」により「へ」の字型になってしまう子は、「好奇心」と「集中力」が欠如しているし、勉強以外「継続していること」はないし、その勉強ですら前向きな訳では無い。逆L字をいくつもくっつけて、社会に出てからも階段状の成長をし続けられる子。そのベースを築くことに少しでも貢献したい。

2022.03.15Vol.535 代打T

 前回「3~5月の3か月間は、成長するために何かしら創造することに時間を割くように伝え、具体的な目標も各人で決めてもらった。」と述べた。豊中校を任せている社員が毎週文章を書くことに決めたので、今回はその1つを紹介して、最後に少しだけ意見を述べる。

「志高塾の一翼として」
 今回、自分の勉強のためにもう一度作文に取り組むことにした。3年前にもそれを行っていたが、その時は上手くまとめられないことばかりで早々に音を上げていた。しかし、豊中校を任され生徒はもちろん、親御様や勤務している講師と深くやり取りすることが増え、自分がどうあるべきか見えてくるようになった。先日の「十人十色」にて自分が舵を切ってやり抜いた生徒の親御様に話していただくことができたのは、教室として着実に成長を遂げていることの表れであると受け止めている。そのようになった今、また文章を書くことで、自分自身の思考の整理のみならず、授業の質や講師たちの働きやすさを高めることに一層寄与したい。
 今年で開校6年目に突入する豊中校でも、ありがたいことに年々生徒数が増えてきた。そんな中で今年はあと10人多くするのを目標にしている。無論ただ人数を確保したいという意味ではない。10人入っても10人抜けてしまえばそれはやはり良い授業ができているとは言えない。今通ってくれている生徒に対してより良い授業を行うことが何より大事なことであり、その積み重ねによって志高塾への期待が高まり、長く続けたいと思ってもらえるようになる。西北校でも勤務しながら、ずっとそのことを感じ取ってきた。また、生徒数の増加によって時間割が充実するので、講師の指導の質に関してもさらなる向上に繋がる。生徒にとっても講師にとっても、志高塾が何だか居心地が良いと感じられる場であってほしいと思う。
 さて、今回は講師のことから発展して採用に関する話をする。ここでの仕事を通じて達成感を得てほしいという思いから、学生、社会人からの応募を随時受け付けている。その人の持っているスキルではなく、良い働きをしてくれるかどうかという点で判断する採用方式を「ポテンシャル採用」という。その対極にあるのが「キャリア採用」なのだろうが、どちらか、と問われれば志高塾が前者に則っていることは明白である。社会人講師の場合、進学塾での指導実績のある人(それをアピールポイントにする人)からの応募は少なくないが、そこを評価して選考通過することはほぼゼロである。HPを見れば方向性が異なるのがはっきり分かるものに対して、そこを売りにするべきではない。即戦力的なものではなく、我々の大事にしていることに共感し、我々のやり方を吸収しようという気持ちがあるか、そこを重視している。そのような思いの有無は、志望動機やHPの読み込み方に如実に表れる。これからさらに規模を拡大していこうとしている企業にとって、そのような人に働いてもらえるかどうかが非常に重要である。
 もちろん、良い人材を採って終わりとなるのではなく、そこからが本番である。学生の場合、できる限り長く働いてたくさんの経験を積んでほしいという願いから、1・2回生を優先的に採用している。しかし、今年度、豊中校では6人の1回生からの応募があったにもかかわらず国語講師は1人も採れていない。その背景には応募者自身の準備不足があるし、「1回生がいないから誰かは取ろう」というような選び方は絶対にすべきでないので0人だからだめな訳ではない。が、私自身が、自分の中にある一律の基準で1人ひとりを見てしまっていたところもあるかもしれない。実際に指導していくことで志高塾への理解が深まる部分は少なくない。それを踏まえると、その時点でどれだけ理解しているかだけでなく、自分の形を変えていく柔軟性も必要である。質問への受け答えからどれぐらい成長しそうかを何となく捉えることができるのだが、一問一答のような形式では深まっていかない。その人の人となりを見ることができるかどうかは、こちらが相手の返答から広げていけるかどうかにかかっている。結果的に今在籍している講師陣は面白い人ばかりであるが、できることはまだある。良い授業が教室を大きくしていくために不可欠であるのと同様に、優秀な人を今後も集めていくために良い面接を行っていかなければならない。

 「10人」という具体的な数字が出てはいるが、志高塾に売り上げや生徒の人数を含め数値的な目標は何1つ無い。それらはすべて良い授業をしたことの結果でしかないと考えているからだ。3年、5年と通ってくれる生徒が増えれば生徒数なんかは自然と増加する。親御様にとっても生徒たちにとっても、色褪せない魅力的な塾でありたい。

2022.03.08Vol.534 OJTの重要性

 前回、報告しそびれたことから。あるお母様からいただいたメールは次のように締められていた。直近の『志高く』とは、「Vol.532自他」を指している。

追伸:直近の志高くですが、「教育熱心」のくだりで、「子育て熱心がくるな!」と思いつつ読み進めて「やっぱり」とにやけてしまいました(笑)
確か娘が4年生頃(2012~13年頃)のコラムだったような気がします。

10年近くも前に書いたことを覚えていただけているのはとても嬉しいことである。ちなみに、「2012~13年頃」をヒントに探してみたものの、まだ見つけられずじまいである。当時小4であった彼女は、お父様の転勤で確か小5のときに中国に引っ越すことになり、その後もオンラインで授業を続けた。中学入学のタイミングで帰国する予定だったのだが3年後ろ倒しになったこともあり、結果的に中2の終わりまで4年ほど続けたはずである。その彼女は、現在大学1回生になり大学生講師として働いてくれている。ただ、私としてはその仕事ぶりに全然満足が行っていないので、先日、面と向かって次のような話をした。

 大学を卒業してからの目標を持ってへんやろ?別にそれは無くてもええねんけど、今、何かに一生懸命になってへんのが問題やねん。小学生の頃から中2まで教え続けたから、その間どういう風に成長してきたかは掴んでいたし、その後のことはちゃんと把握してないけど、きっと中3の頃は高校受験に向けて勉強を頑張ったやんと思う。でも、そのときがピークになってへんか?そのまま行けば、高校の3年間できっとこういう風に成長してるはず、という俺の予測と大きくずれてしまってんねん。確かに、高校の3年間はクラブが忙しかったんやと思う。でもな、クラブの練習に参加しただけで頑張ったとは言わへん。俺は、高校の途中からサッカーを始めたというのはあったけど、毎日のようにあった部活の練習とは別に、誰よりも自主練をした、という自負がある。大学生の頃は、自分に足りないものがたくさんあったから本を読んだり、いろいろな美術館に行ったりもした。20代の頃は自分の思ったような結果を出せなくてめっちゃ苦しんだけど、あの時もがいたことが今に生きてると思ってる。
 (オンラインになってからは)マンツーマンで教えていたこともあり、俺がどういうことを考えているか、志高塾がどういうことを大事にしてるかは分かってるやろ?期待して雇ってるねんから、どうにしてそれに応えてくれ。

 会話の中で、「就職活動の際に行う自己分析のようなものをしてみれば、きっと何もアピールするものが無いことに気付けるはず」というようなことも伝えた。「無知の知」ではないが、自分に大きく欠けていることに気付くことはとても重要である。私自身、こうやって文章を書いたり生徒たちに教えたりする中で少しずつでも思考が柔軟になるよう訓練しているし、それは今後も変わらない。
 また、クラブ活動の練習に絡めて次のような話もした。プロ野球選手は、約半年間のシーズンが終わるとすぐに次のシーズンに向けての準備を始め(若手はとにかく練習をし、ベテランは体のメンテナンスなどを行う)、2月1日にキャンプインして合同練習がスタートする。3月下旬から始まるシーズン中も、練習をしたり筋トレをしたりする。試合に向けてどれだけ練習したか、しかも、全体とは別に個人でどれだけしたか、が重要になる。試合をしているだけではうまくはならないのだ(そもそも、練習をしない選手は試合に出られないのだが)。
OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)。きっと、私が新入社員の頃、20年ぐらい前によく聞くようになった言葉のような気がする。私に言わせれば、聞こえは良いが、「仕事の中でやりながら学んでくれ」と上に立つ者が責任放棄しているに過ぎない。
 志高塾には1年に2回繁忙期がある。夏期講習と中学受験を直後に控えた年末年始で、共に約1か月間である。その時期には当然のことながらたくさん授業があり労働時間も長くなるので、それ以外のときは社員が比較的ゆったりとした時間を過ごせるように配慮して来た。短い日は拘束時間自体が5時間ぐらいである。そうすれば、自ら進んで授業外でクリエイティブな仕事をしてくれると考えていたからだ。しかし、私が期待したような成果が得られていなかった。そして、次のように方針を変えることにした。2月の1か月間は英気を養うためにできる限り多く休みを取ってもらい、3~5月の3か月間は、成長するために何かしら創造することに時間を割くように伝え、具体的な目標も各人で決めてもらった。
 要は、志高塾でもOJTに力を入れ始めた、ということを伝えたかったのだ。もちろん、オフ・ザ・ジョブトレーニングのことである。

2022.03.01Vol.533 自事問題

 体験授業に来られた親御様に、志高塾がなぜ要約作文から始めるのかを理解していただくために、意見作文を小学生に取り組ませてもほとんど意味が無いことを次のような例を挙げながら説明する。
「戦争がテーマとして与えられると、大抵は『私は友達と喧嘩したとき、話し合いをして仲直りをした。だから、国同士も話し合いをすれば戦争はなくなるのに』などとして終わってしまいます。そんなどうでもいい意見を書かせるのであれば、なぜ戦争が無くならないのか、その原因を考えさせた方がよほど意味はあります。志高塾では、要約作文や読解問題を通して最低限の論理的な思考力や知識を身に付けさせた後に意見作文に移行させます」
修学旅行で広島に行くので、学びの一環としてそのような作文に取り組ませることを否定はしない。しかし、それは学校での話であって、志高塾には習い事として来ているのだ。もちろん、親の意思で嫌々という場合もあるだろうが、わざわざであることに変わりはない。それゆえ、中身のないものを書き上げた生徒に次のような声掛けをすることがある。「あのさぁ、せっかく来てるんだから、もう少し頭使ったら」
 あるテーマについて自分の意見を述べる場合、少なくとも2つのことが必要となる。1つは現実的に考えること。そしてもう1つがそれに関する知識。現実的に考える、とは何も理想的なことを言うな、ということではない。逆説的ではあるが、より実現可能な理想論を掲げるためには、より現実を厳しく見なければならない。現実的に考える最も分かりやすい方法は、自分の身近なことに置き換えることである。テーマが壮大になるほど、自分の方に引き付けないといけない。上で私が挙げた例はその条件を満たしてはいる。友達とのけんかについて考察をしているからだ。その一方で、知識が決定的に欠如している。それゆえ、実現不可能な理想論で終わってしまうのだ。実際の紛争では、話し合いが決裂することもあれば、停戦合意が結ばれてもわずか数日で反故にされることも珍しくはない。
 元大阪府知事の橋下徹が、ウクライナを支援するという類のメッセージを発していた国会議員に対して、「じゃあ、戦争に参加しろ」みたいな発言をして物議をかもしていた。そのネットニュースをきちんと読んだわけでは無いので経緯は分からないのだが、彼が言いたかったのは無責任な発言をするな、ということのはずである。そして、別にそのことだけを問題視していたのではなく、日頃から口先だけの発言をすることに業を煮やしてのことだったのであろう。愛聴している『辛坊治郎ズームそこまで言うか!』で、辛坊治郎が大阪在住のウクライナ人の評論家に「どのようにしたら、ロシア軍の侵攻を止められますか?」と尋ねた。ちなみに、彼の家族は首都キエフに住んでいる。日本人の専門家なら、厳しい経済制裁を課すべきだ、と答えるであろう。しかし、彼は「とにかく、たくさんのロシア軍人を殺すことです。彼らがアフガニスタンから撤退したのも死傷者がたくさん出たからです」と述べた。それを聞いてドキッとした。私が予想していたものと次元が違い過ぎたからだ。
 一昨日の日曜日、学年末が迫っている中1の長男が、地理のプリントを勉強していた。ヨーロッパが試験範囲であったこともあり、ウクライナがどこにあるかを聞いたら、「そんなん習ってない」ではなく、「ロシアの西側」と答えられた。ニュースになっているので、それぐらいは知っていて当然である。ついでにCNNを見せながら、「英語を勉強しているのはテストで点数を取るためではないんだから、こういうのが聞き取れるようになりなよ。今は1割ぐらいだろうけど、1日5分でも聞いていれば中3になったぐらいには半分ぐらいは分かるようになるかもよ。日本はようわからん芸能人がコメントしているが、海外はキャスターと専門家が一対一でやり取りすることが多い」というような話をした。へぼい成績しか取ってこないが、点数に結び付くかどうかではなく、時事問題も含め世の中のことに興味を持つように育っていることには一定の安心感を覚えている。
 3月13日(日)に延期になった「十人十色」。5人の中学受験を経験された親御様にスピーカーを引き受けていただいた。今回は、初めて15分ほど時間をいただいて受験全般に関する私の考えなどを話させていただく予定にしている。ブログを読んでいただいている方には、「それ前に書いてたやん」ということばかりになること必至だが、自分の口で語ることには一定の意味がある気はしている。
 最後に、戦争や宗教のようなデリケートな問題をあえて題材として選ぶことはほぼ無い。それだけに、日頃ニュースなどに触れながら自ら考えて欲しい。それをできるようになるためにも、物事を様々な角度から考えられるようになるための訓練を授業の中でしていってあげたい。

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