【卒業講師】古田あさひ(ふるたあさひ)
膳所高等学校卒業
神戸大学国際人間科学部卒業
勤務期間;大学1年生の10月~大学4年生の3月
2026.06.29
好きな本を読むだけでは出会えない言葉
志高塾で働いていると様々な文章に出会います。生徒の作文はもちろんのこと、塾長や社員、講師の書いた文章を目にする機会がたくさんあります。授業課題を通じて一線で活躍する研究者や、ベストセラーになった小説家の文章を読むこともあります。好きな本を選んで読んでいるだけでは巡りあうことのなかった言葉の数々を通して、自分ではない人々の人生や思いに触れられたことは、生徒だけでなく講師である私自身の成長の糧にもなりました。この文章を書いているとき、以前塾長が胸を張って家族や友人に紹介できるような志高塾にしようとおっしゃっていたことを思い出しました。そのとおり一人でも多くの人にとって出会って良かったと思える場所になることを願っています。
意見作文
※卒業講師には、現役生徒の参考になるよう教室で扱っている意見作文のテーマの中から1つを選択し、作文を寄稿してもらっています。
選択テーマ:「ありがた迷惑」について自分の経験に触れながらあなたの考えを述べてください。
「あとは結婚して孫の顔を見せてもらうだけやなぁ!」…これは何年か前、家族で晩御飯を食べているときに父が発した一言だ。当時私は四年働いた非正規の職を辞め、正規社員として転職したばかりだった。新しい職場の同僚が良い人たちで仕事を変えてよかったと話していたところ、冒頭の発言が飛び出したのだった。このあまりにステレオタイプなセリフに私は衝撃を受けたが、徐々に怒りがふつふつと湧いてきた。
ありがた迷惑とは、親切心からの言動が相手にとっては的外れで、むしろ不快に感じてしまうということだ。父の常識では就職の次は結婚でその次は(妻の)出産、そして子が結婚して孫ができる。彼自身も含めてその時代の大多数の人が経験してきたことであるから、我が子も同じだろうと思っているわけだ。転職を祝えたので、親としては次に祝える機会を期待するのも当然といえば当然だ。
ではその言葉のなにが私にとって不快だったのだろうか。いろいろあるが、一番は「自分で選べないように感じた」ことだ。「あとは結婚して…」という言い方から、まるで進学、就職、結婚、出産というチェックポイントを配したお決まりのルートに勝手に乗せられているような気になったのだ。しかし現代ではこれ以外にも様々な選択肢があり、仕事に邁進することも家庭を守ることもできるし、住む場所、着る服、食べるものも自由だ。重要なのは「自分で決めること」で、誰かの言う通りにすることではない。私は父が悪気なく口にしたことに、自ら選択する権利が脅かされる予感をかすかに覚え、激しく反発したのだった。
本人が歩んできた道が人生観や価値観を形成するから、それを唯一の正解のように思い込んで、無意識にその価値観を誰かに押しつけてしまっていることもあるだろう。そんなときにありがた迷惑が生じるかもしれない。
この一件のあと私は自分の思いを伝え、父も理解して尊重してくれるようになった。そんな私もいつか誰かにありがた迷惑なことを言ってしまうかもしれない。それに気づいたときは、自身が経た道のり以外の無数の可能性にも想像を巡らせたいと思う。





