【卒業生】新宮悠(しんぐうゆう)
関西学院大阪インターナショナルスクール卒業
香港大学Global Engineering and Business Programme 在籍中
在籍期間;2024年11月~2025年11月、2026年2月~4月
2026.09.01
深層にある意図や構造を読み解く
「なぜこの表現はこのような意味を持つのか?また、このような意味づけは全体的な文章の主張にどう影響するのか?」このような問いをつい突き詰める文学分析が、私のIB高校生活における日本語の学びでした。
海外生活が長かった私にとって、当初日本語は最も苦手意識の強い科目でした。英語であればスムーズに説明できる一方で、とにかく漢字や文法が大嫌いで、日本語で自分の考えを表現することに大きな壁を感じていたからです。
一般的な受験塾であれば、あらかじめ決まった言葉の使い方や読解のパターンを暗記させる指導が多いかもしれません。しかし「受験塾ではない」志高塾は、私の帰国子女としての背景や日本語のレベル、そして最終試験が2つのエッセイと1つのスピーチで構成されるIB日本語という個別のリクエストに柔軟に合わせてくれました。
授業中、先生は「なぜそう思うのか?」とよく投げかけてくれました。私が答えを出しても、必ずそこから「他の視点はないか?」とさらなる追質問が続きました。分からないときは自分が答えに辿り着けるよう、絶妙なヒントをもらいました。このような問いかけを繰り返すうちに、自分一人で文章を読むときでも無意識のうちに問いを深め、多角的に分析するルーティンが自然と身についていきました。さらに、授業中だけでなく「問いを頭の片隅に置き、常に考え続ける」姿勢を教わったことで、日々の思考と授業での学びが噛み合い、単発の学習とは比べものにならない深い理解へと繋がる相乗効果が生まれました。このように「日本語で話して深く考える」癖がついたことで、私の表現力は大きく向上しました。
例えば、夏目漱石の『こころ』を扱った際、ある日の授業丸々一時限を費やして「先生の死」の捉え方やその背景にある視点について議論しました。先生の指導は常に柔軟で、私が学校の授業で扱った内容に合わせながら、社会や環境が「先生」という人物像にどう影響を与えたのかという視点に焦点を当て、新たな気づきを提示してくれました。先生からの「確かに!」と思わされるような提案のおかげで、授業が終わる頃には納得のいく理由を五つほど整理することができていました。絶対的な一つの正解が存在しないからこそ、試行錯誤しながら問いを突き詰める過程そのものが次第に面白く感じられるようになっていきました。このような対応は、志高塾だったからこそできたと感じています。
受験期には、数え切れないほどエッセイの添削をお願いしましたが、先生はいつも快く対応してくれました。私の意見を頭ごなしに否定することはなく、むしろ「こういう見方もできるよね」と別の視点を提案してくれることで、自分でも自信のなかった論点が説得力のある強いものへと磨かれていきました。このように何度も丁寧に向き合ってもらった時間が、私に自信を与えてくれました。
私はこれから日本の大学ではなく、海外の大学へと進学します。そのため、今後日本語を直接使う機会は以前より減るかもしれません。しかし、志高塾で身につけた分析力は、扱う言語や進路を問わず、私の今後の思考過程を支える土台になると確信しています。どのような環境に進もうとも、私たちの日常生活は常に「言葉」で溢れているからです。言葉の深層にある意図や構造を読み解く力は、単なる学問の枠を超え、情報を鵜呑みにせず自ら疑い思考する「メディアリテラシー」や、世の中の出来事をより深く多角的に理解する視点を与えてくれました。
そして何より、志高塾の先生方はとても話しやすく、どんな些細な疑問や自分の考えも安心して質問することができました。一人ひとりの視点や目標にどこまでも丁寧に、かつ親切に寄り添い、私の日本語に自信を持たせてくれました。志高塾での学びを通して、「言語とは単なる暗記ではなく、自分自身の目的に合わせて使いこなすべき『道具』なのだ」と心から理解することができました。





