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2022.08.02Vol.553 ドラえもんvsのび太君

 「十人十色」の大学生版、正確には大学生以上版「beforeとafterの間」のトップバッターをお願いしている元生徒から、夜中に何の前触れもなくラインがやって来た。「こんばんは。夜遅くにすみません。なんか急に思って書いてみたので、ネタ切れてたらブログの参考にでもしてください。」ネタは常に切れているので、参考ではなくそのまま利用する。

「のび太最強説」
 老若男女問わず慣れ親しまれているアニメ「ドラえもん」だが、主人公のび太は最強なんじゃないかとふと思った。もしある日突然自分の机の引き出しから、未来の知能ロボットが出てきたら、われわれはのび太のように即座に受け入れ、仲良く暮らすことができるのだろうか。ドラえもんはいつも助けてくれるというわけではない。のび太がピンチに陥って、ドラえもんに助けを求めない限り、なにもしてくれない。逆に言えば、自ら絶体絶命の状況を作り出して、ドラえもんの情に訴えることで、ねこ型ロボットは最大限の力を発揮する。
 人工知能が日常に少しずつ溶け込んできている現代社会において、われわれはどれ程AIを使いこなせているだろう。YouTubeをみていたら、ついつい関連動画をクリックしてしまうことはないだろうか。AIによって生活が豊かになった気がしているだけで、実はAIを本当の意味で使いこなすことはできていないのではないか。
 のび太は本当は出木杉君よりも賢いのかもしれない。いじめっ子のジャイアンも、嫌なお金持ちのスネ夫も、ドラえもんの道具を手にしたのび太とは仲良くしようとする。のび太は、ドラえもんの力をMAXでかりるためにあらゆる犠牲をはらって、最終的にしずかちゃんとの明るい未来を作り出すことができた。確実に人工知能が進歩している今日、われわれはのび太から多くのものを学ばないといけないのかもしれない。

 元の文章で「出来過ぎ君」となっていたのを「出木杉君」と修正した以外は何も手を加えていない。苗字が漢字と平仮名の組み合わせは無いだろう、と調べてみて、フルネームが「出木杉英才(ひでとし)」であることを初めて知った。名前負けしていない出木杉君のメンタルこそ最強なのかもしれない。
 彼女は、この春に筑波を卒業し、慶応の法科大学院に進んでいる。「まだ読み始めたばっかりですけど」と断った上で、『AIの法律』を私に勧めてきたので、それを読んでいて書いてみたくなったのではないだろうか。「頼まれたら断らない」ならぬ「勧められたら試してみる(読んでみる、行ってみるetc.)」の精神で、早速購入したがいつになったら手を付けられるのやら。と言うのも、この一か月で買った本が手元に5冊以上はあるからだ。何週間か前に、軽い気持ちでリベラルアーツについて触れた。山口周著『自由になるためのリベラレルアーツ』を読破したら書く予定だったのだが、さすがに後何冊か読んでもう少し勉強してからでないとまずいな、となった。
 閑話休題。2年ほど前から、私立の小学校で週1回2時間、私ともう1人の講師で国語の集団授業を行っている。1学期の終わりぐらいのことだっただろうか、その講師が生徒たちに向かって、ドラえもんを例に取って説明をしていた。それがきっかけでドラえもんについて考えた。タイトルを付けるのであれば「ドラえもん教師の鑑説」となる。『ドラえもん』について詳しくないのだが、私の記憶が正しければ、ドラえもんというのは日頃のび太君を助けはするが、ここぞという大事なところでは「自分でどうにかしなよ」と突き放す。ドラえもんは、のび太君の能力を踏まえた上で手を貸すかどうかの判断をしているのだ。そして、のび太君は死力を尽くして難局を乗り越えていく。そういう経験の積み重ねが、高嶺の花だったしずかちゃんに見合う男に成長させたのかもしれない。のび太君にとってドラえもんは、お守りのようなものだ。冷静に振り返れば、「あれっ、実はドラえもんって肝心なときには何もしてくれてへんやん」と気付けたかもしれないのだが、「ドラえもんは困ったときには絶対に助けてくれる」と盲目的に信じ続けていたからこそ、泣き言を漏らしながらも、やれるところまでやってみよう、という戦う勇気を持てたはずだからだ。
 浪人をしていた元生徒が7月になってようやく合格の報告を電話でしてきてくれた。彼は姫路に住んでいたということもあり、中学受験後は長期休みにスポット的に何度か見ていた。それも中学生の頃の話であり、高校生になってからはそれすらも無くなった。その間もお母様とは半年に1回のペースで連絡を取り続けていたのだが、おそらく合格の報告だけは自分の口から伝えるように促されていたはずなのだ。3か月以上遅れて本人から連絡を受けた旨をお母様に伝えたところ、「先生には感謝の気持ちしかありません」という言葉をいただいた。そして、私はその言葉をそのままちょうだいすることにした。「私はドラえもんのような存在です」などという気はさらさらない。さすがにそこまで面の皮は厚くはない。ただ、何かを頼まれればいつでも応える気でいたし、そのことは伝え続けていたので、その点において少しは役に立てたのかもしれない。
 特別な道具は出せないが、助け舟を出すところと突き放すところを適切に見極め、生徒たちを人として成長させられる人でありたい。

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