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2021.08.31Vol.509 夏の終わりに彼について書こう(前編)

 私立に通う中2の男の子が、中間テストの数学の代数で学年平均が60点ぐらいであるにも関わらず9点を取って帰って来た。以前からゲーム中毒になっていたため、家のWi-Fiを切らないと手遅れになる、もう待ったなしだ、とお母様にお伝えした。6月中旬のことである。テストが5月にあったにも関わらず、なぜ手を打つまでに1か月近くもの期間を要したかに関しては後述する。高3になる双子の姉たちにはポケットWi-Fiを与えるなりして対処して欲しい、とお願いしたのだが、その必要は無かった。つなげる電子機器とそうでないものを区別する便利な機能があったからだ。彼はまるでそれが当然のことであるかのようにお母様に文句を言ってきた。約束が違う、と。やるべきことをやらない奴に限って、屁理屈をこれ以上ないぐらいにこねくりまわして自分の権利を主張する。その約束、親から口頭で言われた程度では成立したことにならないのは言わずもがなだが、「分かった」と返事していた場合でさえ、言った覚えがない、そんなつもりじゃなかった、と白を切る。末っ子の男の子としてこれまで甘やかされてきた付けが、そのような形で如実に表れてしまっている。昔から、「男の子は単純でかわいいですね」ということをおっしゃっていた。口の立つ姉と比べてそのようになるのはよく分かる。だからと言って、禁断症状が出たときに厳しくなり切れずに「じゃあ、今日だけだよ」としてしまえば、元の木阿弥となる。それゆえ、何かあればお母様の方で勝手に判断せずに私に直接交渉させるようにしてください、と釘をさした。そこだけはどんなことがあっても守って欲しい、と。
 お母様との付き合いは、高3の2人が小1の頃からなので12年目に突入している。「学校名が分からないようにした上で、この件をブログに書いてもよろしいでしょうか」とお伺いを立てたら、「バレても大丈夫ですよ」と返って来た。そして、「人の話を全然聞かないあほなお母さんがおりまして、という一文から始めます」と軽口を叩くと、「全然大丈夫ですぅ。そのブログ楽しみです!」と続いた。相談をされた際、「そんなことしたら後々~になりますよ」と事前に伝えているのに私の意見を聞き流し、「どうしましょ。先生の言った通りになってしまいました。助けてください」、「だから言ったじゃないですか」というやり取りをこれまでに幾度となく繰り返してきている。このお母様に限らず親御様に私の提案が受け入れられなくても全然構わないのだが、責任を持って真剣に考えてのことなので悪くない程度には的中する。それとは別の選択をして何か問題が起こった場合、「勝手なことをした結果なので知りません」と突き放すわけにもいかない。そう考えると、そこからが私の、志高塾の本当の出番なのかもしれない。せめて軽症のうちに知らせてくれたら良いのだが、十中八九かなり悪化してからになる。しかし、それも仕方がない。その経緯からして、再度相談を持ち掛けるにはそれなりに思い切りがいるからだ。
 話を戻そう。それよりも遡ること1か月。彼は、それまで一度家に帰ってから塾に来ていたので止めさせた。最寄り駅と自宅との往復で1時間ぐらいは無駄になるからだ。制服でウロウロするのが嫌とのことだったので、「じゃあ、学校に私服を持って行けば良い」と提案をした。こういうときに大人の役割として大事なのは、前提条件を設定した上で適切な選択肢を与えてあげることである。単純化するためにも、やはり2つが理想であろう。今回の場合であれば、直接来るということを前提条件にして、制服で来るか、どこかで私服に着替えるかのどちらか。そして、彼は後者を選んだ。Wi-Fiを切断してしばらくして、いつもより2時間ぐらい遅く来たことがあった。理由を尋ねると、「掃除で残されてました」と返って来たのだが、その数日後、姉からの私への報告で、実は途中下車して、街中の無料Wi-Fiを利用して友達とゲームをしていたことが判明した。その日に限らず、家でできなくなった分を外でしていたのだ。私は子供の嘘容認派である。嘘を付いて失敗をして学んでいけば良いからだ。ただ、それには条件があって、まずは大人が極力嘘を付かなくて良い状況にしてあげなければならない。「怒らないから正直に言いなさい」と言っておきながら怒れば、正直に言わなくなるのは当たり前のことである。実際、そのような状況になってようやく我が子が自己申告してきたときには、「今度は言われなくても自分から報告しなさい」と忠告して終わりにした。もう1つが、ばれたら知らないよ、ということである。それだけの覚悟を持った上で嘘を付きなさい、ということである。そこは真剣勝負である。
 生徒と大事なことを話すとき、みんなの前でするか、面と向かって2人だけでするかのどちらが良いかを考える。今回は、嘘を付いたらどのようになるかを他の生徒たちに示すためにも、迷わず前者を選んだ。教室に来るなり、「お母さんには本屋に行ってたから遅れた(お母様は掃除で長時間残されないことを知っているからであろう)、と説明してたらしいけど、俺に言ってたこととちゃうやんけ?どういうことやねん」と問いただしたら、「掃除と本屋の両方ですよ。話がややこしくなると思たったから、本屋のこと言わなかっただけです」と訳の分からないことを、表情も変えず、まるで「分かってねぇな」ということを示すかのように鼻を小さくフンッと鳴らしながら言い返して来た。「本屋で長時間何しとってん?」、「友達と面白い本の勧め合いです」と。「分かった。校門を出た時間とピタパの履歴を送ってもらうから、それ見てからや」と伝えて、一旦話を止めた。その後、お母様からの情報提供を受けて、「いつもと学校出てる時間いっしょやんけ。俺のことなめてんのかっ?」と詰め寄って、最終的に白状させた。
 電話でお母様にその日の出来事を説明した上で、「あれ、嘘が顔に張り付いちゃってますよ。テレビで見る犯罪者の顔と同じです」と率直な意見を述べた。冗談ではなく脅しでもなく、本当に恐ろしかったのだ。例のごとく、「先生、助けてください」となった。翌朝、帰宅後の様子を尋ねると、これまで通り言い訳はしていたものの、泣いていたとのことであった。それを聞いて、「まだどうにかなるかもしれませんね。まあ、どうにかします」と約束をした。
つづく

2021.08.24Vol.508 がんばることの見つけ方

 高1の女の子から「先生、どうやってがんばること見つけたら良いん?」と問われ、「それは難しいなぁ」と返した。
 就職活動のとき、そのことで私自身すごく苦労した思い出がある。履歴書の自己アピール欄では、がんばってきたことについて触れるのが一般的なので、必死になって材料を探してみるのだが見当たらない。面接でも往々にしてそのことを尋ねられる。もし、大学入学直後に同じ質問をされたら「高校時代は、勉強だけでなくクラブ活動もがんばりました」と自信満々に答え、どのような工夫をしたかも雄弁に語れたであろう。しかし、その勉強も怪しいものである。悪くない程度の結果が出たから時と場合によってアピールの材料にできるだけで、がんばったかどうはまた別の話だからだ。その高校時代のことを履歴書に書けば良いかと言えば、話はそう単純ではない。大学生になってからがんばったことは何もありません、と言っているようなものだからだ。結果的にどうしたのか忘れてしまったが、今も昔もそのようなことで嘘を付くのは嫌なので、高校時代のクラブ活動のことを書いたような気がするし、そうでないような気もする。今、面接をする側なってみると、がんばっていることがないことよりも、どうでも良いことをさもがんばったかのようにアピールされる方がしらけてしまう。「この人は、この程度のことでがんばったと思うのか」となってしまうからだ。そんな私なので、「何をがんばりましたか?」という類の質問はしていないはずである。
 一体、どのような大学時代だったのか。それこそがんばれるものを見つけようとずっともがいていた気がする。しかも、それは結果的に20代の10年間続いた。私が10代の頃は、「良い大学に入って、良い会社に就職して」という考えがまだ社会にそれなりに根強く残っていて、同時に「もうそういう時代は終わった」ということも聞かれるようになっていたので、ちょうど転換点にあったのかもしれない。「良い大学に入れば安泰」なんて考える奴はアホや、と心の中で馬鹿にしていたのに、目標の無い自分も結局は同じではないか、と随分と情けない思いをしたような記憶がある。
 昨日、高3の女の子の推薦入試用の志願理由書の添削を行っていた。「大学で学びたいこと」、「学業以外で力を入れたいこと」といったようなテーマが4つ、5つあり、それぞれ200~400字の字数制限があったので合わせて1,500字程度は書かなければいけない。提出期限がもう少し先なので完成までは至っていないが、「こういうのは期限があるのでそれに間に合わせる必要はあるけど、ただ書くだけでは意味がなくて、高校時代を中心にこれまでを客観的に振り返り、大学生活を少しでも具体的にイメージすることで、先につながるようにせなアカン」と伝えた。ふと、「俺は大学受験用の作文の添削をするのが結構好きなのかも」という気がしてきた。「俺と同じ轍を踏まないための手助けができている」という思いが前のめりにさせているのかもしれない。この手の作文に真剣に取り組むというのは、新型コロナのワクチン接種のようなものである。感染することではなく、重症化することを防ぐことを目的とした。大学生になってからの目標をどれだけ周到に立てようが、入学後に想定外のことはたくさん起こる。それにより変更を余儀なくされることもある。それはそうだ。どこの大学もパンフレットを見れば一様にキラキラしているのだから。淡い期待が打ち砕かれても、準備ができていれば立ち上がってまた前に進んで行ける。
 冒頭の話に戻る。「それは難しいなぁ」で終わってしまえば救いが無い。だから私は、「がんばっている人の多くは、見つけたのではなく、それに偶然出会っただけやで」と続けた。要は、そのようなものがない自分を必要以上に責めなくてもいい、ということを伝えたかったのだ。大谷翔平は常人では考えられないぐらいの努力をしている。それは間違いない。だが、そのこととがんばることを自ら見つけたかは別の話なのだ。もちろん、多くの人が見つけられていないからといって、自分もそれで良いとはならない。自分を見つめ、視野を広げることで出会えるようにしなくてはならない。その可能性を高めるのに、作文と読書ほど効果的なものは中々に見当たらない。
 これだけ「がんばるがんばる」と書いて来たが、そもそもその言葉が好きではない。努力と言う言葉も。ついでに言うと安泰という考えも。

2021.08.17Vol.507 「無思の知」という原点

 ある辞書に、「無知の知」とは「自らの無知を自覚することが真の認識に至る道であるとする、ソクラテスの真理探究への基本になる考え方」とあった。つい最近まで、「『無知の知』って知ってるか?」と問われたら、恥ずかしながら「聞いたことはある」という程度の答えしかできなかったであろう。体験授業に来られた親御様に「志高塾における語彙というのは、『知っている』ではなく『使える(書ける、話せる)』言葉の量を指しています。それを増やすために間違えても良いので聞きかじったような程度のものでも作文の中で積極的に使わせます」という話をよくする。そして、「進学塾から与えられた語句集のようなものを丸暗記して記号問題に答えられるだけではだめで、折角覚えたのであれば活用しなければなりません」と続けることも少なくない。
 この夏期講習期間中は、例年になく中高生と授業外でいろいろな話をしている気がする。自分でもその原因が何なのかを掴めていないのだがとにかくそうなのだ。昨日は、事務仕事をしながら私の周りで自習をしていた高2のAさんと高1のB君と雑談をしていた。彼らは、それぞれ小学4、3年から通ってくれているので、揃って8年前後の付き合いになる。それだけ長いこともありブログにも何度か登場させている。2人は小学生時代、驚くほど集中力が無く、共にかなり手を焼かされたのだが、まるで別人のように今ではしっかりとしている。高校生なので当たり前と言ってしまえばそれまでなのだが、彼らなりの目標を持って進んで行っている姿を見られるのは嬉しい限りである。そのような成長の過程を直に見届けられることで、似たような小学生のお子様をお持ちで困り果てている親御様にも、根拠のない励ましではなく、「人によって成長のスピードは違います。たとえば、私がこれまで見てきた生徒の中には」という話をすることができる。ただ、放っていて勝手に良くなっていく可能性は高くないので、「成長するはず」という期待を胸に試行錯誤しながらその都度しかるべき手を打ち続けていってあげる必要はある。
 さて、その雑談。B君が学校課題の1,000字の書評のことで「何を書けば良いんですか?」と私に質問をしてきたことに端を発している。山﨑豊子の『沈まぬ太陽』と迷って東野圭吾の『容疑者Xの献身』にしたのだが、それはミスチョイス、というのが私の意見であった。その理由も説明したのだが、それについては割愛する。語句のことと話を絡めると、「2人がそれぞれよく使う言葉知ってる?」、「知りません」というやり取りをした上で「山﨑豊子 三白眼(さんぱくがん)」、「東野圭吾 踵(きびす)を返す」でググるとちゃんとヒットした。いずれも頻出していた上に、「三白眼」は彼女の著作を読むまではおそらく見たことも無かったし、「踵を返す」は念のために調べたので記憶に残っていたのであろう。
 無思の知。「無思(むし)」とは造語で、「考えていない」という意味である。「無考(むこう)」では語呂が良くないのでそのようにした。
 ご両親が医者である中1の女の子が、意見作文において「将来、自分のクリニックを経営したい」と意気揚々と書き始めたのは良いが、説得力持って訴えることはできなかった。「将来の夢(目標)」がテーマとして与えられれば何かしら具体的なものを提示しなければならないのだが、それ自体は何も考えていなくてもできることである。ユーチューバー、サッカー選手、お金持ちなどであれば園児でも思いつく。医者になりたいという子供の多くが、「人の役に立ちたい」、「人の命を救いたい」というのを理由に挙げるが、それこそ前者であれば多くの仕事が当てはまるし、後者に関しては極端な例だがビルゲイツのように財団を作って支援する方が貢献の度合いは高くなる。彼女に限らず、このテーマに限らず、意見作文に取り組み始めた中1の生徒が頭を抱えることは少なくない。そういう時は決まって、「俺なんて、就活のときですら自分が考えていないということが分かってなかったんやから、現時点でそれに気づけているということにはすごく価値がある」という声を掛ける。前述のAさんも同じように医者を目指しているのだが、それ以外のものを知らない。だから、「そのこと(今回で言えば、医者になること)を考えようと思えば、そうでないこと(医者以外のこと)を知らなければならない」ということを1週間ほど前にちょうど伝えていた。Pだけしか知らなくてPを選んでいるのと、QもRも知った上でPを選んでいるのとでは思い入れの強さが変わって来るからだ。
 「無思の知」に至ることで、「無思の思」への道が開ける。だが、単に考えるようになっただけでは不十分で考えられるようにならなければならない。生徒たちの思考を深めるためのサポートをするというのは、とても「人の役に立つ」仕事であると自負している。

2021.08.10Vol.506 じゃあどうする?

 「松蔭先生は普通じゃない」と生徒が言うので、「そりゃ、平凡な人やと思われたくはないけど、いたって“普通”やと思うで」と返した。その話を他の生徒達にしてもほとんど同じようなやり取りを繰り返すことになる。普通という言葉の使い方は非常に難しいのだが、私はこの場合シンプルという意味で用いている。
 自分がいつから“普通”の道を歩むようになったのかを探るために記憶を辿ってみると中学時代に行き着いた。思春期と言われるその時期にご多分に漏れずいろいろなことに疑問を持ち始めたのだろう。ちなみに、「9歳からの」でググると、それに続くのは「学資保険」、「予防接種」の2つであり、「10歳」、「11歳」であれば候補は増えるが内容的には変わらない。「12歳」で初めて「現代思想」が出て来て、「14歳」になると「哲学」、「社会学」といったように思想に関するものが並ぶようになる。なお、「20歳」、「30歳」、「40歳」だと、一気に現実的でつまらないものばかりになる。70歳ぐらいまで働く人が増えることを考えると、40歳ぐらいでモデルチェンジをするために、小手先ではなく根本的な部分を見つめ直す必要がある気がするのだが世の中はそのような傾向にないようである。プロ野球で言えば、球速が落ちてきた時点で速球派から技巧派へと変身を遂げるピッチャーも少なくない。二刀流で大活躍中の大谷翔平も、体力面を考慮して30歳ぐらいで打者一本になるのではないかと言われている。
 その中学生の頃、周りの男子が女子に対して距離を置き始めるのが不思議でならなかった。異性として意識するからそのように振る舞うのだが、「話したいんやったら話せば良いやん」というのが私の考えであり、それを実践していた。そして、もう1つ鮮明に覚えていることがある。中1の頃の校内の合唱コンクールで、中3の男子の多くが全然やる気が無さそうに歌っていたのには衝撃を受けた。めちゃくちゃダサいな、と。本人たちは、一生懸命歌うことこそ格好悪いと思ってのことだったのだろうが、見ている方からしたら全くの逆であった。その時に、同級生たちと、「俺たちは最高学年になってもおっきな声で歌おうな」という話をした。そして、実際そのようになった。恒例のプチ自慢をさせてもらうと、中学生時代、「あなたがこの学年のリーダーになりなさい」と先生から直々に指名され、生徒会長も任された。そのような意味では、自分の意見を通しやすい立場にいたので、かなり好き勝手やらせてもらえていたのであろう。何かの役をするときはその生徒会長含め、自ら立候補などしなくても声が掛かって「しょうがない、やるか」といった感じで引き受けていた。でも、内心ではそれがずるいことも分かっていた。負けることがないからだ。私と違って長男はどんどん自分から手を挙げる。確か、3年生の時点で6年生になったら運動会で応援団長をやりたいという希望を持っていて、そのためには4, 5年生でどのように応援団と関わって行けば良いのか、ということまで考えていた。結局、我が子は、体格が良く、いかにもスポーツができそうな子に選挙で負けて副団長にしかなれずに悔しがっていたが、私よりか余程良い経験を積んでいる。ここで述べた私との違いを長男にも説明した上で「お父さんより断然すごい。ただ、いつかは選ばれるようになりなよ」と伝えている。
 話を戻そう。生徒が私に対して、「(普通の)先生っぽくない」と言うことは少なくない。そりゃそうである。そもそも先生と思われることを望んでいないのだから。開塾当初は「塾の先生をされてるんですか?」と聞かれるたびに「いえ、経営者です」とわざわざ訂正していたぐらいである。私自身が先生に良いイメージを持っていなかったからだ。小学生時代、私の通っていた進学塾の教室長から、「このままだと2流で終わりますよ」というようなことを言われて母は個人面談から帰って来た。受験生にも関わらず、野球の試合があれば普通に土日の授業を休んでいたので、そのようなことを認めている親の教育方針も含めての批判であった。それを伝え聞いての私の感想は「3流のあいつに何でそんなこと言われなアカンねん」というものであった。
 先生という立場にあるからではなく、言うことを聞かないと怒られるかでもなく、この人の話だから、この人の話に従うことは自分にとってプラスになるから聞こうと思ってもらえる人でありたい。「先生っぽくない」と生徒が評する一因として、日頃私がくだらない話ばかりしているというのもあるが、常にちゃんとした話をしていたら話す方も聞く方も疲れてしまう。良い球を投げようと思えば、脱力した状態から一瞬だけキュッと力を入れる必要がある。最初からがちがちになっていたらボールに適切に力を伝えることができないからだ。それと同様である。
 能力が足らなかったり条件が整わなかったりで、実現できないことも多々ある。だが、中にはやる前から諦めてしまっていることも少なくない。思考停止にならずに、自分は何を望んでいるのか、それを実現するためにはどうすれば良いのか、という自問自答を繰り返せば、自ずと手にできるものは増えるはずである。
 生徒達には、作文を通して自分と向き合うことで、それぞれの“普通”の道を歩み続けられる人になって欲しい。

2021.08.03Vol.505 自分を見つめ、社会を見つめ

 「バレー女子、歴史的敗退 こだわりすぎた独自路線 攻撃の幅狭く」オリンピック関連のネット記事が多々ある中で、このタイトルが一際私の目を引いた。なぜか。前回「こだわり」について書いたからである。
 体験授業において親御様が、志高塾にお子様を連れて来られた理由として、「将来、自分の中にある考えをきちんと説明できるようになって欲しい」を挙げられることは少なくない。それに対して、「そもそも大人でも自分の考えなんてない人がほとんどなので、それを持てるようにしてあげることこそが大事です」と私は初対面であるにも関わらず否定的な返答をする。自分の考えを持っている人が、それを論理的に説明できないとは考えづらい。
 本すら読まない子への、新聞ぐらい読みなさい、はかなりハードルが高い。1冊読破するのにそれなりに時間がかかる一方、新聞の一面だけであれば毎朝10分ぐらいで済むので隙間時間でどうにかなるし習慣化もしやすい。時間だけの観点から言えばそのようになるが、そもそも興味が持てない。それは、中学受験をする子供に毎朝計算や漢字の勉強をさせることに似ている。小学生の時点で目標に向かって頑張るという経験をすることは大事だが(それはスポーツでも何でも構わない)、その「頑張る」は毎日つまらないことをコツコツとすることでは決してない。計算ができるようになったからと言って文章題が解けるようになるわけでもなければ、漢字ができるようになったからと言って記述が書けるようになるわけではない。何かができるようになるためには何かしらのコツコツは必要だが、闇雲にコツコツを続けても何かができるようになるわけではないということを言いたいのだ。
 なぜ大人は子供に新聞を読ませようとするのか。社会のことに興味を持って欲しいからである。その気持ちはよく分かる。しかし、前述の通り「読みなさい」で変化は生まれない。そこで作文の出番である。中学生以上に対して、以前は読売の中高生新聞を読んだ上で気になった記事を1つ選ばせて、それに対して自分の意見を400字程度で書かせていた。しかし望ましい結果は得られなかった。記者の意見に追随しただけのものになったり、何かしら自分なりの意見を述べようとしたものの中身のあるものにならなかったりしたからだ。だから、資料読解(以前は、論述問題と呼んでいた)に移行した。たとえば、人口問題に関して、グラフなどのデータが与えられ、それを踏まえた上で自分の意見を述べて行く。それも「今後日本は人口が減っていくから、それをどうにかして食い止める必要がある。そのためには子育て支援を拡充させなければならない」というようなどうでも良いことではなく、「じゃあ、なぜ今そのようになってへんの?」、「政治家が選挙で票を得るために高齢者向けの施策ばかりに力を入れているから」と原因を考えさせたり、「人口が減ると何が減る?」、「家」、「じゃあ、家が減るとどのようなプラスがある?」、「(住宅地が減るので)自然が増える」などと抱えている問題に対して、ポジティブな面に目を向けさせたりする。このような訓練を重ねることで、流行りのSDGs関連の小論文にそれなりに対応できるようになるが、私の中ではそんなものはおまけであって目的ではない。私が「こだわり」について書いたことで記事が目に留まったように、立ち止まって考えることで引っ掛かりを作ってあげることの方が重要である。今後さらに情報が溢れて行く中で求められるのは、自ら積極的にそれを取り行くことよりも、自分の方にたくさん飛んで来るものの中から必要なものを適切に選び取れる力である。引っ掛かりはその助けとなるのだ。
 何もそんな硬いものばかりを扱っているわけではない。「あなたの一番楽しい時間は何ですか?」や「優越感、もしくは劣等感について述べなさい」というようなものを扱ったテキストもある。「Aをしているときが楽しい」と書き出してみたものの、そのように考える根拠が挙げられなかったりする。それによって、Aは単なる暇つぶしで本当に楽しいのはBの方だということや、CやDに対して劣等感を抱いていたが、実はCは自分にとってはどうでもいいことであって、昔はうまくできなかったが努力したおかげでDはそれなりにできるようになり苦手意識は無くなった、ということに気付けたりする。
 昨日、ハロワーク主催の「合同就職面接会」に初参加した。隣のブースで集団面接が行われていたのだが、皆、“普通”のことをはきはきと語っていた。自己アピールをしているつもりなのだが、それは企業が求めているであろう自己であるから、皆似たようなものになっていた。
 また、我々のブースを訪れたある学生から履歴書に対してアドバイスを求められた。「『~ができなかったけど、・・・したおかげでできるようになりました』。0から5になりました、とするのではなく、こういう風にして-5から5になりました、とする方がインパクトはある。でも、これは皆がやることなので、採用担当者は『またか』となる」というような指摘をした。そもそも、実際はそうでないのに定型に当てはめに行こうとするから話が嘘っぽくなるのだ。もし、実際に1のものが3にしかならなかったとしても、そこで何を学んだかを読み手に伝わるように書けば良いのだ。また、「1つではなく、複数の例を挙げた方が説得力は増す」ということも付け加えた。そのインパクトの話も複数の例の話もつい最近中学生の添削をしている時に伝えたことである。
 志高塾で学んだ生徒達には、将来、自分の姿をありのままに伝えられるようになって欲しい。その自分を磨いていくために、自分を見つめること、社会を見つめることはいずれも欠かすことができないのだ。

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